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十七話:答え

 レティーシャが世界樹(オルビス)へ旅立ってから一週間が経った。

 その間ロイドたちはいつも通りの日常を過ごしていた。

 ……表面上は。


「…………」


 グランデ大森林の、いつもの修行場所。

 そこで魔法の鍛錬に励むアイラを、ロイドはいつも以上に厳しい眼差しを送っていた。

 それは弟子がミスをして危ない目に遭うのを心配して、ということだけではない。

 アイラのここ数日の様子の変化、それを訝しんでのことだ。


(やっぱり様子がおかしい……)


 今日の鍛錬だってそうだ。

 見かけ上はきちんと魔力を放出し、魔法を発現させてはいるものの、心ここにあらずといった様子だ。

 平素のアイラであれば考えられない。

 彼女の魔法に対する執念は相当なもので、特にロイドの目の前での修行とあらば時々油断することはあれど、手を抜くようなことはない。


 何かあったのか。


 このところそればかりを考えていた。

 アイラの様子が変わったのはレティーシャが世界樹(オルビス)へ向かった日からだ。


 彼女と別れるのが寂しかったからか。


(……いや、それはまずないな)


 その程度のことで魔法の鍛錬が疎かになるはずがない。

 とするならば――


(――もしかして、レティと会話を聞かれていたか? いや、あの時アイラは寝ていたはずだ。何より聞いていたならそれこそ激昂してくるはずだ)


 ロイドに掴みかかり、洗いざらい吐かせる。

 仮に自分が逆の立場だったならそうしていたはずだ。


 ロイドは小さくため息をつき、髪をガシガシと掻き乱す。


(参ったな、思春期の子供を持つ親ってのはこんな気持ちなのか……)


 恐らくアイラが聞けば怒るであろうことをロイドは心の中で呟く。

 ひとまずこのまま見守るしかないだろう。

 そして、それだけでもいけない。

 近いうちに、彼女にすべてを話す必要がある。


 その上で彼女がどのような選択に出ようとも、ロイドはそれを受け入れる必要があると思っている。

 それがどのようなものであっても。


 そっとロイドは自分の胸に手を当てた。


「《其は世界の理を示すもの、摂理を司り、万物を支配するもの。我は請う、理の内にあるものに、流動の理を》」


 アイラが朗々と《迅雷(パラサン)》の詠唱を紡ぎあげている。

 標的は目の前の崖だ。


 ロイドはその詠唱中の魔力の動きに、「ん?」と眉を寄せた。


 心なしか、魔法の発動に使用する魔力が多過ぎるような。


 だが今更魔力制御に失敗するとは考え難い。

 事の成り行きを見守る。


「――《迅雷(パラサン)》!」


 アイラの手の先に魔法陣が現れ、そこから紫電が放たれる。

 それは高速で宙を駆け――莫大な威力を伴って目の前の崖にぶつかった。


 辺りに響き渡る轟音。その音に重なるように、崖が崩れる音が二人の鼓膜を激しく揺らす。

 そして、明らかに加減を失敗した強力な威力の紫電によって崩れた岩の山が、真下にいるアイラに降り注ぐ。


「きゃぁっ!」


「――んのっ、バカ!」


 反射的に悲鳴を上げながらその場にうずくまるアイラを見て、ロイドはすぐさま杖を握り、彼女の下へと疾駆する。


 そして、ロイドがアイラの下に辿り着いた直後、岩石の雨が降り注いだ。


 ガラガラガラと削り取られた岩石があらかた降り注いだ後、しばしの静寂が訪れる。

 その静寂を切り裂いたのはロイドの焦燥に満ちた声だった。


「おい、大丈夫か!」


「ロ、ロイド……」


 ロイドは杖を宙に掲げ、アイラを抱き寄せていた。

 彼が握る杖の先からは白く光る魔方陣が展開されている。

 それは魔竜との戦いと同じく、盾となってロイドたちを岩石から守った。


「――っ、あ、ありがと……」


 アイラはロイドに抱き寄せられていることを認識すると、肩を震わしながらすぐさま彼から離れる。

 そんなアイラに、ロイドは珍しく心配そうに声をかけた。


「アイラ、どうしたんだ。最近のお前はなんだかおかしいぞ。こんな初歩的なミス、少なくともいつものお前なら絶対にしないはずだ」


「…………」


 ロイドの言葉にアイラは俯き、口を閉ざす。

 そんなアイラに、ロイドは小さくため息を吐く。


「とにかく、今日の修行はこれで終わりだ。《迅雷(パラサン)》程度の魔力制御もミスる状態のお前に、このまま魔法を使わせるわけにはいかない。……お前がそんなだと、俺まで調子が狂っちまうんだよ。何があったのか話せとは言わねえが、どうしても俺の力が必要な時は遠慮なく言え。言っただろ? 弟子は師匠に助けられるもんだって」


 優し気なロイドの声に、アイラは顔を上げる。

 彼女の瞳は不安で揺れていて、いつもはうっとうしいぐらいに快活な少女はとても儚げな雰囲気を持っていた。


 それは――かつて自分の下を訪ねて来た時のような。


 ただ単に今起きたことを認識して怯えているだけだろうと、ロイドは自分のバカな考えを一蹴する。

 そうしているロイドに、アイラは口を開いた。


「……ねえ、ロイドって私の味方よね?」


「何当たり前のこと聞いてんだよ。俺がお前の味方じゃなく何なんだ。……ま、確かにお前は師匠である俺に対して敬語も使わない生意気な弟子だが、それでも弟子であることには変わりねえよ」


「そう、よね」


 ロイドの言葉にアイラはどこか安堵したような表情を浮かべながら立ち上がる。


「ごめん、ロイド。もう大丈夫だから」


「あ、ああ……」


 アイラの言葉に頷きながら、ロイドはどうしても違和感を覚えずにはいられなかった。

 どうして急にこんなことを聞いてきたのか。

 その問いをするに至るような出来事など、ロイドの中には一つしか心当たりがない。


「なあ、アイラ。お前もしかして――」


「ん?」


「……いや、なんでもねえよ。それより帰るぞ。今の騒ぎで魔獣が出てくるかもしれないからな」


 ロイドの言葉に素直に従い、アイラは帰路につく。

 その彼女の背中を見ながら、ロイドは奥歯を噛みしめた。


 レティーシャとの話しを聞かれていた可能性は高い。

 だがどうしてもそれを切り出す勇気を持てない自分に、この上ない失望を抱いていた。


 ◆ ◆


「はぁ……」


 その日の夜、アイラは一通りの家事を終えてベッドにうつぶせの状態で倒れこんでいた。

 思い出すのは昼間の失態。

 ロイドの指摘通り、使い慣れた《迅雷(パラサン)》の威力調整を間違えるという初歩的なミスをしてしまった。


 ロイドの近くにいると、どうしてもあの夜に聞いてしまった会話が脳裏を過ってしまう。

 この話の真意を直接聞けたなら楽だろうが、どうしても聞く勇気が持てない。


 ロイドが自分の父を殺すわけがないという確信と、殺していたかもしれないという不安。

 それがせめぎ合い、アイラに迷いを生み出す。


 結果としてロイドと中途半端な距離で接することになっていた。

 どうやらそれは彼にも伝わっていたらしい。


「しっかりしないとっ」


 寝返りを打ち、仰向けになりながら天井を見る。

 そうしてアイラは自分の両頬をパンッと叩いた。


 よくよく考えなくとも、彼が自分の父親を殺す理由などないのだ。

 大賢者として魔人と戦っていた彼が、人を殺す意味などないのだ。


 そうだ、多分あの時の会話には前述があったに違いない。

 自分が立ち聞きする前の会話を聞いていなかったために、勘違いが生まれてしまったに違いない。


「もう、今日の様な失敗はしてられないわ。明日から、切り替えていかないと」


 ひとまずこの疑問は勘違いとして片付ける。

 あるいは勘違いでなかったとしても、いつの日かロイドの口から語られる日がくるだろう。


 アイラは一週間悩み続けたことに対する一応の答えを抱いて眠りについた。

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