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十六話:それぞれの苦悩

 いつの時代も、いかなるものの上に立つ存在であっても。権威ある者は大きなものを建てるのが好きなのだろう。

 あるいはそうすることで己の権力が確かなものであると再認識しているのだろう。


 テルミヌス海峡の東側に位置する、魔界樹(ディアボロス)に呪われ魔族に支配されし忌まわしき地――ディアクトロ大陸。

 空に迫るほどに巨大な黒い一本の大樹――魔界樹(ディアボロス)

 その近くに、大樹と並ぶほどの大きさの城があった。


 ロイドは共にこの地に来た仲間たちにその城までの道を切り開いてもらい、単身城に乗り込んだ。

 辺りの大気に舞う瘴素のせいか、周囲は暗く、重たい。


 立ちはだかる魔獣や魔人を排除して、城の最上階、玉座のある広間へとたどり着いた。

 そこでロイドは、玉座に不敵な笑みを浮かべて座す一人の男と対峙する。


 苛烈を極めた戦いの最期。魔王に終焉の一手を放ったとき、男は嗤った。

 そして魔王は死の間際――


 ◆ ◆


「――ッ」


 かつての記憶から目を覚ましたロイドを襲ったのは、全身に圧し掛かる妙な気怠さと、意識が鮮明になるにつれて増していく頭痛だった。


 レティーシャと酒を酌み交わした後、ロイドはなんとか意識のあるうちに自室まで足を運び、そのままベッドに倒れ込んだ。


 外からは鳥のさえずりが聞こえる。

 珍しく朝に目を覚ましたらしい。


「…………」


 普段はこのまま二度寝をするところだが、今日はすぐには寝付けそうにはない。

 ひとまず水を求めて、ロイドは一階へ降りることにした。


「なんだ、起きてたのか」


「うん、お風呂借りたよ」


 一階に降りると、既にそこにはレティーシャがいた。

 彼女の言う通り僅かに頬が紅潮している。


「それはかまわねえが、場所はわかったのか?」


「アイラちゃんに案内してもらったからね」


 なるほどとロイドは頷く。

 アイラはいつも、この時間には目を覚ましている。


「それで、そのアイラの姿が見えないが何か知ってるか?」


「彼女もお風呂だよ。なんだかすごく眠たそうにしたからね、眠気覚ましも兼ねているんじゃないかな」


「ほーん」


 適当に相槌を打ちながらロイドはキッチンに歩み寄り、コップに水を注ぐ。

 そしてレティーシャがいるリビングへと移動した。


「二日酔い?」


「かもな。まあ気分が悪いのはたぶん酒のせいだけじゃないだろうが……」


 そう言いながら、ロイドは顔を顰める。

 あまり思い出したくない夢だ。


「もう行くんだよな?」


「そうだね。本当はもっと早く出発する予定だったんだけど、アイラちゃんに折角なら朝ごはんをって言われたからね。お言葉に甘えることにしたよ」


「なんだ、俺に黙っていくつもりだったのか?」


「なに、拗ねてる?」


 おどけて言うレティーシャにロイドは「そんなわけねえだろ」と返しながらコップの水を一気に飲む。


「あ、おかえりアイラちゃん」


「は、はい……」


 物音に気付き、レティーシャが後ろを振り返るとそこには風呂から上がったアイラの姿があった。


「よ、アイラ。……? どうかしたか」


「な、なんでもないわよ。すぐに朝食の準備をするわ」


「? ああ……」


 確かにレティーシャが言った通り、ロイドの目から見てもアイラが寝不足に見える。

 だが特には気にも留めず、ロイドたちはアイラの用意した朝食を摂った。


 ◆ ◆


 朝食を終えたレティーシャは当初の予定との遅れを取り戻すためか、早々に身支度を整え始めた。

 それをロイドは一階に留まりながら見つめる。


 彼女はこれから、仕事をしに世界樹(オルビス)まで行く。

 大賢者にとっての仕事とは、この時代に置いては魔族の残党の討伐やそれに関わることだ。

 一体世界樹(オルビス)に行くことがどう関係するのかはわからないが、それでも彼女は自分が逃げた大賢者としての使命を果たし続けている。


「――――」


 その事実は、ロイドを締め付ける。

 あるいはこれがロイドの知らない全くの他人だったならば、こんなことを思うことはなかっただろう。

 だがレティーシャはロイドと共に同じ師の下で学んだ既知の友だ。

 自責の念に駆られるても仕方がない。


「じゃあ、行ってくるね」


 荷物を纏め終えたレティーシャは、ロイドとアイラに手を振りながら微笑みかけてくる。


「村の外まで送ってやるよ。アイラ、後は任せたぞ」


「う、うん」


 突然のロイドの提案が意外だったのだろう。アイラとレティーシャは驚きの表情を浮かべた。


「なーに? 分かれるのが急に寂しくなったの?」


 グランデ村の南門に向かう道すがら、レティーシャが亜麻色の髪を揺らし、意地悪な笑みを浮かべながらロイドを茶化す。

 それをロイドは肩を竦めることで誤魔化し、そして不意に立ち止まった。


 彼の予期せぬ行動にレティーシャもまた振り返りながら立ち止まり、「ロイド?」と首を傾げた。


「……なあ、レティ」


「ん?」


 視線を下に向けながら、ロイドが呟く」


「その、悪いな。お前にばっかり押し付けて」


「……気にしてたんだ」


「まあ、それなりにな」


 ロイドの言葉に、レティーシャは「そっか」と微笑む。

 それからおどけた調子で彼女は言葉を続けた。


「懐かしいねー、ロイドと師匠の三人で旅をしていた頃が」


「そうだな、あの頃は二人してよく師匠に怒られたもんだ。……あの人は最期の最期まで俺を怒ってたかな」


「私はその最期に立ち会うことができなかったけどね。でも多分、私がその場にいたとしても師匠は杖をロイドに渡したと思うな」


「どうした、急に」


 眉を寄せ、ロイドは戸惑いを見せる。

 それにレティーシャは笑いかけた。


「ううん、何でもないよ。ただね、ロイド。あなたが戦うのをやめる道を選んだように、私は私の意思で戦うことを選んだんだよ。それは師匠だって同じ。誰に強制されるでもなく、皆自分の力を振るう場所を自分で選んだ」


「……ああ」


「だからロイドが気にすることじゃないよ。それに、間違ってもロイドが私のことを気にして自分の意思にそぐわない選択をしたら、それこそ私はロイドに顔向けできない」


 レティーシャの言葉を、ロイドは黙って聞く。

 その場に流れる沈黙に溶け込むぐらいに小さい声で、レティーシャは言葉を紡ぐ。


「ね、昨日ロイドはさ、私にどうして戦うのかって聞いたでしょ? それに私は大賢者としての使命を果たすため、そして救えない命があることが耐えられないからだって答えた」


「そうだな」


「でも実は、一番の理由が別にあるんだ。――私は、ロイドの為に戦っているんだよ。それが私の夢だったんだから」


「――っ、それはどういう意味だ?」


「ふふっ、内緒だよ。――っと、ここまででいいよ。見送りありがとうね」


 ロイドの追及を躱すように、レティーシャは笑う。

 その態度からどれだけ聞いても教えてくれないだろうと悟ったロイドは、湧き出た疑問を胸の奥にしまい込んだ。


「また来いよ、アイラもお前なら歓迎するさ」


「うん!」


 その言葉を最後に、レティーシャはロイドに背を向けて南門へと向かう。

 遠ざかっていくその背中をボーッと見つめてから、ロイドは今来た道を引き返した。


「今戻ったぞ、アイラ。近いうちにレティがまた来るかもしれねえから、その時は歓迎してやってくれ」


 家に帰ると、リビングに立つアイラにロイドは声をかけた。


「……? おい、アイラ?」


 だが、彼女から返事はない。

 不思議に思い、ロイドは彼女の近寄った。

 するとアイラが小さく声を発する。


「……ねえ、ロイド。私に何か隠してることってない?」


「おいおい、どうした急に。……まさか、アイラに黙っていいベッドに買い替えたの、気付いていたのか!?」


 怯えるような表情でロイドがそう返すと、アイラは「ううん、やっぱりなんでもないわ」と首を横に振る。


「少し庭の掃除をしてくるわ」


「あ、ああ……」


 てっきり「何勝手にそんなもの買ってるのよー!」と叫びながら拳がとんでくると思っていたロイドは、予想と反した態度に虚を突かれた態度で立ち尽くす。

 それから玄関へと向かう彼女の背中を見て、拳を強く握りながら俯いた。

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