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十五話:真夜中の悪夢

「…………」


 夜。

 ロイドは自室でベッドに腰掛け、壁に立てかけた杖を呆然と見つめていた。

 自分の師から受け継いだ杖。

 今日に限って、その杖の後ろに今は亡き師の影を見る。


「……ちっ、レティのやつが今更昔の話をしやがったせいだ」


 ロイドの師、メリンダ・キャロルが命を落とすその瞬間に彼は立ち会わせていた。

 だからか、瞼を閉じるとその光景が鮮明に呼び起こされる。


 かつての記憶、その悪夢にうなされてロイドは寝付けずにいた。


「くそ……っ」


 戦いの中で命を落とすのは仕方のないことだと自分に言い聞かせ、メリンダの死を受け入れていたはずだった。

 しかしその実、どうやら忘却の中に追いやっていただけらしい。


「はー、我ながらなんというか、情けねえな」


 疲れたように息を吐き出し、そのままベッドに倒れ込む。

 しかし意識は全く薄れることなく、どころか時間を追うごとに冴えていく。


 苛々しながら髪をかき乱していると、突然ドアを小さくコンコンと叩かれた。


「ロイド? まだ起きてる?」


「ん、なんだレティか。まだ寝てなかったのか」


 廊下にいるのがレティーシャであることを認識すると共に、ロイドは立ち上がり、ドアを開ける。

 そこにはネグリジェを纏い、普段は後ろで纏めている亜麻色の髪を下ろした姿のレティーシャが立っていた。


「今日久しぶりに話をしたからかな、中々寝付けなくてね。その様子だとロイドも同じみたいだけど」


「……たまたまだ」


「もう、見栄を張らなくてもいいのに。ね、少しだけどうかな?」


 言いながら、レティーシャは酒を呷る仕草をして見せる。

 ロイドは一瞬アイラの部屋に視線を向けてから、小さく頷いた。


「アイラを起こさない程度ならな」


「大丈夫だよ、私だって明日は大切な仕事があるんだから。本当に少しだけ」


 レティーシャの言葉に、ロイドは「それもそうだな」と苦笑しながら自室を出た。


 ◆ ◆


「あんまりいい酒はないぞ」


「大丈夫、私お酒の味わかんないから」


 リビングのソファに座るレティーシャにロイドはキッチンから声をかけた。


「なんだ、普段は飲まないのか?」


「言ったでしょ、世界中を旅してるって。当然魔人や魔獣と戦うこともあるんだから、好きに飲める日なんてそうそうないよ」


「いや、ご苦労様です」


 レティーシャとは対称的に魔人を倒すことに積極的な行動を起こしていないロイドは、彼女を拝んだ。

 その冗談めいた仕草にレティーシャは苦笑する。


「そういうロイドは?」


「ん? 俺も飲まねえな。アイラと二人暮らしだと飲む時間が取れねえからな。ま、飲むよりも寝ている方が性に合ってるってのもあるが」


 言いながら右手に丸い氷が入ったグラスを二つ、左手に酒の入った瓶を持ちながらロイドはリビングに向かう。

 そしてガラスのテーブルにそれぞれをそっと置くと、レティーシャの横に腰掛けた。


 同じソファに二人は腰掛けたため距離は近いが、今更そのことに羞恥を抱く関係ではない。


 ロイドは瓶の口をグラスに傾け、琥珀色の液体をグラスに注いでいく。


「ま、取りあえず久しぶりの再会に」


「ん、乾杯」


 グラスを合わせてチンッと鳴らし、そのままグイッと飲む。

 それから深く息を吐き、ロイドは天井から下げられた照明にグラスを照らしながら口を開いた。


「しっかし、俺だけじゃなくてお前まで弟子を取ってるとはな。……師匠が知ったらなんていうか」


「未熟者の分際で図に乗りおって! ……って、叱ってくるんじゃないかな」


「ははっ、だろうな。あの人はいつも俺たちを怒ってばかりだった」


「でも、時々褒めてくれたよね。それが嬉しくて私は修行を頑張ってたかな」


「ああ、そういえばそうだったな……」


 二人は懐かしむように目を細める。

 沈黙を紛らわすために、ロイドは再び酒を呷った。


「……なあ、レティはどうして今も戦っているんだ?」


「突然どうしたの?」


「いや、少し気になっただけだ。昼間言っただろ、大賢者の使命がどうのって。お前が本当にそんなもののために戦っているのか、戦えているのかって疑問に思ったんだよ」


「そんなものって、私は大切なことだと思うよ。この大賢者っていう称号は、私が賢者を目指した時に欲していたものだから」


 レティーシャの言っていることを、理解できないわけではない。

 事実、かつてロイドも大賢者という称号を得ることに憧れ、それを目指していた。

 自分が憧れていた師、メリンダ・キャロルが大賢者であったから。

 彼女に近付きたいと、そう思っていたから。


 そうして大賢者という称号を得て、魔王討伐という偉業を為したのだ。


「でも、そうだね。その使命を果たすために戦っているってわけでもないかな。ただ私は、私が戦わなかったことで救えない命があることが耐えられないだけだよ」


「……そうか」


 数百、数千、数万の命を救った人間ならばどうしても考えてしまうことだ。

 なまじ命を救えるだけの力を持っているがために、救おうとしなかった時に失われた命を自分のせいだと思ってしまう。

 本当は救えたはずだった。自分が見殺しにしたのだと。


 これは一種の呪いだ。


 ロイド自身、そんなことを頭のどこかで考えながら過ごしてきた。

 しかし戦わないと、そう決めたのだ。


「私の知るロイドも、そうだったはずだよ? ううん、むしろロイドの方がそういう正義感は強かった。だから魔王を討伐してすぐに、もう戦わないって言った時は驚いたんだよ」


「ならその認識はレティの勘違いだったってことじゃねえか。俺はそこまで出来た人間じゃない。それに、時々思うんだよ。魔獣や魔人がいてくれた方が、流れる血は少なくすむんじゃねえかって」


「…………」


「お前のところにも来ただろ? 利権争いに飢えた奴らの勧誘が。例えば魔族を殲滅したとして、次には人間同士の戦争が起きるに決まってる。そこで流れる血は、きっと今よりも多い。なら、魔人たちを倒すことに意味はあるのかって、そう思ったんだよ」


 ロイドの言葉にレティーシャは目を伏せ、グラスに注がれた琥珀色の液体を見つめる。

 そして小さく呟く。


「それは、考えるだけ無駄じゃないかな。未来がどうなるかなんてわからない。なら、私たちは今を救うべきだよ」


「ああ、お前の言うことは正しいよ。だがどうあっても俺は戦わない。アイラもいるしな」


「そう。……そう言えば、アイラちゃんって――」


 思い出したように、レティーシャが口を開いた。


 ◆ ◆


「……んっ」


 眠っていたアイラの意識がゆっくりと覚醒する。

 外はまだ暗い。

 曖昧な意識のままアイラは上体を起こした。


「喉、乾いた……」


 少しの間ボーッとしていると、喉の渇きを覚えてアイラはベッドをおりる。

 そして廊下へ出て、階段を降りていく。


「? リビングが明かるい……」


 こんな時間に何をしているのだろう。

 疑問を抱きながらアイラは静かに近付いた。


 そこにはソファに腰掛けたロイドとレティーシャの姿があった。

 すぐに声をかけようとするが、何やら二人の間の空気が重たいのを感じ取り、アイラは息を潜める。


「そう言えば、アイラちゃんってどこかで見たことがあると思ってたんだけど、確か四年ぐらい前にロイドが助けた子どもだよね」


「よく覚えてたな、そんな前のことを。……そうか、もう四年も前か」


 二人の会話に、アイラは胸が痛くなるのを覚えた。


 四年前。アイラの住んでいた村を魔人が襲撃し、家族も何もかもを失った。

 村で生き残ったのはアイラただ一人だ。

 もっとも、アイラ自身も魔人に殺されるところだったのだが、寸前でロイドに助けてもらったのだ。


「俺はアイラを孤児院に預けて魔王を討伐し、そしてこの家で引き篭もってた。それから少ししてだ、突然アイラが訪れてきたんだよ。弟子にしてくださいってな」


「それで断れなかったんだ」


「ああ。あいつの親父さんとも約束したからな。俺なんかと過ごすより、孤児院で同年代の同じ境遇の奴らと過ごした方が普通の幸せな生活を送れると思っていたんだが、アイラから俺の所にきたら断れるはずがないだろ?」


(約束……?)


 ロイドの口にした言葉に、アイラは首を傾げた。

 彼が今口にしていることは、これまで一度も聞いたことがない。

 何より、ロイドが自分の父のことを知っていたことに驚いた。


「アイラちゃんのお父さん、か。……アイラちゃんはあのことを知っているの?」


「……いや、まだだ。もう少し大きくなってから話そうと思い続けてたらいつの間にか三年経ってたよ。正直、どう切り出していいかもわからねえ。最近はこのまま伝えないでいた方がいいんじゃないかとさえ思ってるよ」


「…………」


 ロイドの自嘲交じりの呟きを、レティーシャは真剣に受け止める。

 そんな彼女に縋るように、ロイドは弱々しく呟いた。


「だって言えるか? 弟子に向かって、お前の父親を殺したのは俺だ――なんて」


(……!?)


 思わず、アイラは口元を両手で覆った。

 危うく声が漏れるところだったが、すんでのところで堪える。


 今、ロイドはなんと言ったのか。


『父親を殺したのは俺だ』


 言葉は理解できる。だが内容が頭に入ってこない。


 聞き間違いではないか。

 そんな現実逃避じみた思考まで浮かび上がってくる。


 だが、確かにロイドは口にした。

 自分の父親を殺したと。


「――――――――」


 気付いたときには自分の部屋へと逃げ込んでいた。

 アイラは、いつの間にか喉の渇きを忘れていた。

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