十四話:二人の弟子
「ここがロイドの工房かぁ。相変わらず散らかってるなー」
応接間でのやり取りの後、レティーシャたちは工房へと移動した。
早速魔力水を作ってしまおうというわけだ。
地下へと通じる階段を下りて突き当たりのドアを開けた直後、レティーシャは見たままの感想を零した。
「工房なんて基本的に外部の人間はいれねえんだから、俺がよければそれでいいんだよ」
ロイドの主張を聞いて、レティーシャはくすりと微笑む。
「別に不満な訳じゃないよ。逆に綺麗に整理されていたら違和感があって作業に集中できなかったかもしれない。ロイドはこれぐらいがちょうどいいよ、うん」
「なんだよそれ、誉めてねえだろ」
幼なじみの言葉にロイドは不満げにそう返す。
その態度に、レティーシャは思わず苦笑いを浮かべた。
「! ……この杖」
工房の中を歩いていたレティーシャが、近くの机に立てかけられた一本の杖を視界に捉え、驚きの声を上げる。
そしてゆっくりと手に取り、ロイドに向き直った。
「まだちゃんと使っていたんだね」
「当たり前だろ? なんだ、欲しいのか?」
「いや、いいよ。それはロイドが私たちの師匠から受け継いだものなんだからね」
懐かしむようにしばらく杖を見つめるレティーシャ。
二人の会話を聞いていたアイラは、一つのことを疑問に思い、声を上げる。
「あ、あの……っ、私たちの師匠って……」
「あれ、聞いてなかったの? うん、私とロイドは同じ師匠の下で魔法を学んでいたんだよ。私がロイドの妹弟子」
衝撃の事実にアイラは驚きの声を漏らす。
「大賢者を二人生み出した師匠……すごい人ね。って、あれ? その人の杖をロイドが持っているってことは……」
「そう、三年前に亡くなったよ。アイラちゃんも知っている人物だ。――当時、大賢者だけでディアクトロ大陸に乗り込み、魔王討伐を為した戦い。そのときに亡くなった一人の大賢者。その人こそが、私たちの師匠だ」
今でこそ三人しかいない大賢者も、三年前までは四人存在した。
一人が言わずもがなロイド・テルフォード。
彼の妹弟子であるレティーシャ・メイシー。
二人と共に最後まで戦い抜いたセオフィラス・ホールズ。
そして――ロイドとレティーシャの師であり、魔王討伐の戦いで唯一命を落とした大賢者、メリンダ・キャロル。
「すみません、変なことを……」
「気にしないで、もう過ぎたことだから」
悪いことを聞いたとばつが悪そうにするアイラに、レティーシャは慌てて体の前で手を振る。
そしてすぐに話題を変えようと、視線を周囲にさまよわせる。
その最中、すぐ近くの机に積まれている紙の束に目が止まった。
「これって……」
手にとって、そこに書かれていることに目を通そうとしたとき、ロイドが突然レティーシャの手を掴んだ。
「勝手に触るな。たくっ、崩れるだろ?」
「ご、ごめん」
謝りながら、レティーシャはそっと紙を元の位置に戻す。
「ほら、さっさと魔力水を作ったらどうだ。夕食が遅くなっちまう」
「う、うん、そうだね。いい加減作業にとりかかろう」
頷きながら、レティーシャは懐をごそごそとして一本の短い棒を取り出す。
それはただの棒ではなく、先端に小さな赤い鉱石が取り付けられていた。
ロイドのものとは違い、二本の指で持つことのできる小さな棒こそ、レティーシャ・メイシーの杖だ。
レティーシャは小瓶に水を入れると、それに杖を向けて魔力を流し込んだ。
◆ ◆
「アイラちゃん、料理上手だね!」
レティーシャが魔力水を作り終え、三人は夕食をとっていた。
アイラの用意した料理に舌鼓をうちながら、レティーシャはアイラに賞賛の声を送る。
誉められたアイラは僅かに紅潮しながら、
「あ、ありがとうございます……」
と返した。
そしてアイラのその対応に、ロイドは不満の声を上げる。
「おい、アイラ」
「な、なによ」
「俺とは態度が違いすぎないか? 俺が料理を誉めてもそんな返し方しねえだろ」
「当たり前でしょ。だってレティーシャ様は大賢者の一人なのよ?」
「俺も大賢者なんだけど!?」
思わず身を乗り出して突っ込む。
そんな二人の会話を聞いていたレティーシャはくすくすと笑う。
「仲がいいんだね、二人は」
「そんなことねえよ」「そんなことないですよ!」
同じことを同時に叫ぶ二人にレティーシャはさらに笑みを深くする。
それから少し、悲しげに目を伏せた。
「いいなぁ、ロイドとアイラちゃんは。いい師弟関係が築けていて。私のところは全然だよ」
「なんだ、レティも弟子をとってたのか」
「うん、二年ほど前にね。……というか、私も今日までロイドが弟子をとってたなんて知らなかったんだけど」
「お前と連絡をとる手段がなかったんだからしかたねえだろ」
「手段があったとしても教えてくれなかったでしょ」
「まあな」
飄々と肯定するロイドにレティーシャは膨れっ面になる。
拗ねる彼女をみて、ロイドは仕方なく会話に乗ることにした。
「で、レティのところはどんな感じなんだ?」
「私のところはこことは全く違うよ。そもそもロイドと違って私たちは世界中を回っているからね。私が戦うときに、弟子のフィルはいつも傍にいるから」
「へぇ、実戦経験が豊富ってわけだ」
「私としてはまだ早いと思うんだけどね。たぶんフィルはアイラちゃんと同じ年じゃないかな、十七歳なんだけど」
「わ、私も十七です」
アイラは頷き返す。
「その年だとやっぱりアイラちゃんみたいに料理とか、そういうことをするのも大切だよ。今の時代に魔王はいないんだから、急いで魔法をおさめないといけないってわけじゃないんだから。……でも、フィルは違う。あの子は力を求めすぎている。強くなれることにしか興味がないんだよ」
「……ま、お前の懸念はわからないでもねえな」
そう呟きながらロイドはアイラをちらりと見る。
その視線の意味がわからず、アイラは首を傾げた。
「今日だって、フィルを近くの町に置いてくるのは大変だったんだよ。私が行くなら自分も行くって。でもさすがに今回は連れてくるわけにはいかなかったからなんとか説得したんだけど」
「色々大変だな、お互いに」
「ちょっと、その言い方だとまるで私が手がかかっているみたいに聞こえるんだけど」
「いや、まるでじゃなくて事実だろ。この間の一件といい」
「……それは、そうだけど」
確かに先日の騒動ではロイドに相当世話になった。
それを自覚しているからこそ、アイラは否定の言葉を失う。
「まーなんだ、なんか困ったことがあったら相談に乗ってやるよ。と言っても俺なんかが力になれることなんてそうそうねえけどな」
「うん、ありがと」
ロイドが口にした言葉に、アイラは驚きを示した。
彼が進んで面倒事に首を突っ込むような発言をしたのが衝撃だった。
二人の間にある確かな信頼関係。
それを感じ、アイラは少しだけ羨ましく思った。