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十話:本当の意味

「ロ、ロイド……?」


 振り返ったアイラの視界に映る黒いローブとそれを羽織る人物。

 アイラたちを守るように魔獣との間に割って入って来たのは紛れもなくアイラの師――ロイド・テルフォードだった。


「どうして、ここが……」


 ロイドに森に行くと告げていない。

 いやそもそも、告げていたとしてもこの真っ暗な森の中で自分を見つけることは難しい。


 アイラの問いに、ロイドは不敵に笑った。


「お前が俺を信じてくれたからだよ。お前が直前に放った魔法のお蔭でどこにいるかがわかった。ま、間一髪だったけどな」


「じゃ、じゃあこの魔法って……」


 ただの光を放つだけの魔法。

 それが持つ本当の意味とは――


「そんなの、お前の位置を知るために教えただけに決まってんだろ? 例え昼間であっても、《閃光(フラソール)》の光は見える。アイラがピンチの時でも、居場所さえ分かれば俺が助けることができる。――ほら、何も嘘は言ってねえだろ?」


 おどけた調子でロイドは語る。


 つまり、《閃光(フラソール)》という魔法そのものにピンチを乗り切る力はない。

 だが強烈な光を放つことでロイドに居場所を伝え、結果としてピンチを乗り切ることができる。


「ま、要するに俺がアイラにとってのピンチを脱するための魔法みたいなもんだな。お前がピンチになるときは俺が傍にいないときぐらいだ。そうだろ?」


 ロイドは自信に満ちた表情でアイラに問う。

 だがアイラはその問いに答えることなく俯いた。


「ん? どうした、アイラ。いつものお前なら調子に乗るなぁとか言いながら殴りかかって来るだろ? どこか怪我でもしたか?」


 予想に反してしおらしい弟子の姿にロイドは困惑しながら心配の声をかける。

 丁度その時だった。アイラの瞳から涙が溢れ、地面にポタリと落ちた。


「ロイド、ロイドぉ……」


 いつの間にか涙がとめどなく溢れ出し、アイラの顔を濡らしていく。

 見ると彼女の全身が震えだしていた。


「――ッ」


 それを見て、努めておどけた表情と態度でいたロイドは真剣にアイラを見つめる。

 彼女が背後に庇っていた三人の子供たちも視界におさめて。


 ロイドは片膝をつき、目線の高さをアイラと合わせると彼女の頭に優しく左手を乗せる。


「――よくやった。後は俺に任せろ」


「……うん」


 ロイドの言葉に、アイラは小さく頷く。

 それを見届けて、ロイドは杖を強く握りしめて立ち上がった。


 振り返った先の地面には、数十の魔獣の死骸が転がっている。

 アイラと合流したとき、一瞬でこの場にいた魔獣全てを倒したのだ。


 だが――


「――まだ出てきやがるか。……いいぜ、相手してやるよ。俺も久しぶりに暴れたい気分だからな」


 奥からわらわらと現れる魔獣の群れ。

 その数は先程よりも更に増している。


 たった数十分の間にこれだけの魔獣が現れるなど明らかにおかしい状況だ。

 しかし今のロイドにとってそんなことはどうでもいいことだ。


 杖を上に掲げる。


 ロイドの体から魔力が噴き出し、草木を揺らす。


 その魔力に魔獣が怯んだ時には――上空に巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。

 ロイドの魔力で白く輝くそれは、ゆっくりと回転し出し、次第に加速していく。

 魔法陣に描かれている紋様が見えないほど高速で回転するのに合わせて、ロイドは告げた。


「――消え失せろ」


 術者の認識によって魔法陣から生み出されたのは数十、数百の土の槍。

 それらはとめどなく地に降り注ぎ、間にある木々の枝葉をものともせず地面に蔓延る魔獣たちを穿つ。

 圧倒的な物量による範囲殲滅。


 本来魔法を放つ際にはそのタイミングでだけイメージすればいい。

 だがこの魔法は違う。

 持続的に魔法陣から土の槍を放つ魔法は、行使している間ずっとそのイメージを保ち続けなければならない。


 物量で押し切る乱雑な魔法に見えるが、その実賢者としての実力とそれに見合う魔力が必要な超高難易度の魔法だ。


 ロイドはそれを事もなげにやって見せる。


 涙で滲んだアイラの視界に映る師の背中は、いつになく頼もしい。


 最終的に数千の土の槍が地面に降り注いだか。

 それだけの攻撃を受けて、最早地上にいた魔獣に立っているものはいなかった。


 周囲にいたはずの数十の魔獣はこうして一掃された。


「……ふぅ、意外にあっけなかったな」


 念のため周囲を警戒するが、魔獣らしき気配は感じられない。

 これだけ倒してもまだ出てこられるとなると、さすがのロイドでも驚くしかない。


(暫くは、アイラの実戦形式での修業はお預けかもな)


 倒すべき魔獣がいなければやりようがない。


 小さく息を吐き、ロイドは振り返った。


「終わったの……?」


「あぁ、これで終わりだ。動けるか?」


「……平気。魔力切れでフラフラするけど」


 ロイドの気遣いに対するアイラの応答は酷く素っ気ない。

 先ほど泣き喚いたことを気にしているのだ。


 弟子のそんな可愛らしい一面にロイドは苦笑する。


「な、何よ……ッ」


「なんでもねえよ。ほら、さっさとガキ共連れてこんな場所退散するぞ。――っと」


 そこでようやく、アイラの後ろに隠れていた三人組が小さな寝息を立てて眠っていることに気付いた。


「魔獣の住処で寝るとか、豪気にもほどがあるだろ」


 呆れ交じりにロイドがそう呟くと、アイラはいつになく優しい笑みを浮かべてそれに応じる。


「ロイドが来たから、きっと安心して疲れが一気に襲ってきたのよ。魔獣の住処でも、ロイドの傍以上に安全なところなんてないもの」


「……何、お前やっぱり頭打ったか? 急に素直になりやがって、怖い、すげえ怖い」


「どうせ私は素直じゃないわよ!」


 ロイドを睨み返しながらアイラは吼えた。


「さてと、こいつらは風の魔法で運ぶとするか。アイラ、お前は歩けるよな」


「さっき確認したでしょう? 大丈夫よ」


「ならよし。えーっと、こいつらを運ぶのに最適な魔法は……」


 三人組を村まで送り届けるための魔法を、脳内に蓄積された数百、数千の魔法の中から選ぶ。

 そんなロイドを、アイラは羨ましいと思った。


 まだ賢者見習いに過ぎないアイラの魔法のレパートリーは少ない。

 少なくとも今のロイドのように使う魔法を悩むことは絶対に起こり得ない。


 それに、先程魔獣を殲滅した魔法。

 あれの威力もすさまじかった。

 ゆくゆくはああいう魔法を扱えるようになりたい。


 命の危機を脱したばかりのアイラは、しかし貪欲に新たな目標を抱いた。


 ――と、その時、


「ッ! アイラ、伏せろ!」


「え……?」


 突然そう叫んだロイドは空を見上げている。

 一体どういう意図でそう指示したのかわからないが、アイラは大人しくロイドの言った通り上体を低くする。


 直後、アイラの背筋を何かがゾワリと這う。それは悪寒のようで何かが違う。

 恐らく同じものをロイドも感じ取ったのだろう。


 ロイドは空の一点を見つめ――


「やっべ……! ――《防護(サンク)》ッ!」


 これまで過ごしてきた中で、魔法を教えてくれる時以外は絶対に口にしなかった魔法名の詠唱――名唱を、ロイドが口にした。


 その瞬間ロイドの杖の先から魔法陣が現れ、まるで盾のようにアイラたちの前方に構えられる。


 そして、夜空に溶け込むような漆黒の光の濁流が――ロイドが展開した魔法陣に直撃した。

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