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17 ウィルム・コート

この章には地震と津波の描写がふくまれます。

 ネルの物語が終わるころには、あたりはうっすら白みはじめていた。そのあと、眠っていたらしい、まぶしい光に目が覚めた。

 つぎの瞬間、ウィルムは飛び起きた。

 天井の上げ蓋が垂れ下がり、ハシゴが壁ぎわに飛んで、寝わらがあちこちに散っている。正面の窓のふちから、放射状にひびが走っている。まるで大きな地震があったみたいじゃないか……。

 はっと、ウィルムはあたりを見まわした。イシスの姿がなかった。

「最初の地震が起きたんだ。イシスは、処刑台に立つネルを助けに出かけたよ」

 レムが説明した。

「だが、ぼくは地震に気づかなかった。ひととき、うたた寝をしていただけだ。塔にひびを入れさせるほどの揺れなら、気づかないわけがない」

「ほんとうに地震が起きる必要はないんだ」

「どういうことだ」

「この都市はもともとレムの記憶から創られたものだ。それを破壊しなくても、被害を受けた状況に再現しなおせばいい」

「そんなことができるのか」

「外に出て、自分の目で確かめればいいじゃないか」

 ウィルムはうなずき、出入り口のある2階に降りた。出口にかけてあったハシゴは、どこかになくなっていた。下までの距離は15フィート(約4・5メートル)ほど。ウィルムは開口部のふちにぶら下がり、飛び下りた。

 中庭は廃墟のように閑散としていた。かがり火の架台が、そこらじゅうに散らばっている。城館や壁沿いの礼拝堂は頑丈な石造りで、見た目の被害はなさそうだ。兵舎や厩舎はつぶれていた。

 ウィルムは城館に近づき、なかをのぞいてみた。木造の天井が抜け落ち、梁が折り重なって、とても入れる状態ではない。

 ウィルムは中庭に戻り、城門へ向かった。

 城壁はところどころひびが走っていたが、崩れていなかった。太い閂の下に肩をあて、力をこめてはねあげる。そうしながらウィルムは、アミリアを城館から救い出し、この門を突破した日を思い出した。

 門扉に両手をかけ、ぐっと左右に押し開く。

 外に広がっていたのは、あの日、アミリアと見たカロンではなかった。

 遠くにのぞむ市壁こそ無事だが、多くの建物が倒壊し、屋根わらが街路をうめつくしていた。神殿の大きなドームまで見晴らせ、中央広場のあたりから黒煙が上がっている。

 城門の橋を渡り、ウィルムは堀沿いの道を進んだ。つないであった馬の姿はなかった。変わり果てた街を見ながら、ウィルムは歩く。

 石畳がひび割れ、めくれたり、陥没したりしている。全壊し屋根だけになった家が、街路の両側に連なっている。屋根わらにうもれる人、瓦礫に向かって声をかける人、負傷者を荷車で運ぶ人――。

 全ては600年前の出来事を再現したものだという。

 ウィルムはメインストリートを進み、中央広場に出た。ネルの物語では、火刑台にかけられたネルを、地震に乗じてイシスが助ける場面だ。

 火刑に集まっていたある者は倒れ伏し、ある者はしゃがみこみ、ある者は立ち上がろうとしている。誰もがどうしていいかわからないような顔つきだった。

 火刑台が炎を上げ、その周囲に兵士たちが這いつくばっている。ネルとイシスの姿は確認できなかった。

 太陽が傾きだした。この都市の時間の流れはさらに速度を増したらしい。夜明けには2度目の地震が発生し、大津波が押し寄せる。

 ふいに感情がこみ上げてきた。

「なぜなんだ」

 ウィルムは大声を上げ、石畳に両手をついた。力まかせにこぶしを叩きつける。

 なぜ、この街をつくり、市民を住まわせた。地震で壊滅し、大津波にのみこまれるものを、どうしてわざわざつくる? なぜだ。なぜなんだ。

 ウィルムはその場にうずくまり、こぶしを叩きつけつづけた。日はさらに傾き、ウィルムの影を長く引き伸ばしていく。

 ついに太陽は沈んだ。ウィルムは施療院に戻る道を歩きだした。地震があったとき、総石造りの建物にいるのが一番安全だと考えたのだ。いや、危険か。もはや、どちらでもよかった。

 津波が押し寄せたとき、あの巨大帆船にいれば安全だと、レムが教えてくれた。それをウィルムは、うわの空で聞いていた。

 施療院の前で、ウィルムは足を止めた。

 地震のあと、負傷者が運ばれて慌ただしいはずだが、しんと静まり返っている。震災のあったとき、レムは施療院にいなかったので、そこまでは再現できなかったのかもしれない。

 カロンでの最後の夜は、かつて自分にあてがわれた部屋で過ごした。ウィルムは寝わらに倒れこんだ。心も体も疲れきっていた。

 頭に浮かぶのは、城塞都市カロンで過ごしたアミリアとの日々だった。しかし、そのアミリアは、ウィルムの記憶からつくられた複製(レプリカ)なのだ――。

 じわり、と目頭が熱くなった。

 いつのまにか寝ていた。あまりよく眠れた気がしない。時の流れが速くなっているので、4時間ほどで夜は明けてしまったのだろう。

 ウィルムは、朝の光に目をしばたたいた。

 ちいさな窓の周囲に亀裂が走っている。窓の上の、天井と接している部分から、ひびが入っている。2回目の地震が発生したらしい。その揺れにも、この建物は持ちこたえたようだ。

 レムの姿が見当たらなかった。寝わらのなかを探したが、どこにもいない。きっとネルのもとに戻ったのだろう。

 そうだ。ネルにたずねれば、アミリアの安否がわかるかもしれない。このさい、はっきりさせないと、不安で頭がどうにかなりそうだ。

 ウィルムはベッドから立ち上がった。

 1階の土間はひどいありさまだった。テーブルは倒れ、大がまは引っくりかえり、水瓶は粉々に砕けていた。横倒しになったテーブルの下に、門番が倒れていた。ウィルムはテーブルをどかし、門番を助け起こした。

「これは騎士殿、助かりました。大変な揺れでしたね。よくご無事でした」

 揺れてもいないのに、門番はそんなことを言う。

「心配するな。歩けるか。先生のところへ連れて行こう」

「わたしは平気です。それより、ネルさんが心配ですね」

「――ネルが?」

 ネルの姿に変わったアミリアを指して言っているのだろう。ウィルムの妻だと紹介した女性が、ネルの役割を演じはじめたので、門番は混乱しているのだ。

「ネルがどうした」

 とウィルムは話を合わせた。

「明け方近く、忘れ物を取りにあらわれ、修道院の宿舎へ向かわれました」

「ネルがここに来たんだな」と確認した。

 だが、なにを忘れたんだ? ウィルムは眉をよせた。

 ネルはまだ修道院にいるだろうか。ネルに会えるなら、訊きださなければならない懸念がある。本物のアミリアはどうしたのか――。

 ウィルムは施療院を出た。とちゅうで修道院長と出会った。

「アミリアは……ネルはおりますか。彼女はどうしました?」

 ウィルムは院長にたずねた。

「地震の少し前に、大切なものを忘れたと宿舎を訪れました。やっぱり女性なんですねえ、彼女が取りに戻ったのは(くし)でしたよ」

 ウィルムは、はっとした。ぼくが作って贈ったものだ。

「それから彼女はどうしました」

 勢い込んでたずねた。

「すぐ表に出て行きましたよ。地震の被害にあっていなければいいんですが」

 ウィルムはすでに駆けだしていた。

 彼女はぼくとの思い出の品を取りに、ここに戻って来たんだ。彼女はアミリアじゃない。それはわかっていた。だが、その姿かたちが変わろうと、ぼくが彼女の騎士であるのに変わりはないんだ。

 ひび割れ、でこぼこになった道を、ウィルムは走った。

 これから津波が、この都市を襲う。

 600年前のネルの物語では、イシスが津波から人々を守るため巨大帆船に乗り込ませる。レムの言うとおり、船のなかにいるのが一番安全なのかもしれない。だが、ウィルムにそうするつもりはなかった。

 ぼくは彼女の騎士だ。ぼくの守護すべき女性が命を投げだそうとしているのを、黙って見過ごすわけにはいかない。

 ネルの役をつとめる彼女は、大津波をくいとめるため市門の上に立つ。かつて世界を支配した種族のまつえいでも、津波をふせげたとは思えない。レムの記憶はそこで途絶えていた。その先はないんだ。

 レムがいなくなった理由もわかった。

 ネルと2人で巨大津波に立ち向かうため出かけたんだ。

 門前広場に出て、ウィルムの足は止まった。

 市壁の上に、アミリア――ネルが立っていた。長い髪をひるがえす後ろ姿が、逆光でシルエットになり、アミリアかと錯覚した。

 大津波はみるみる迫る。巨大な黒い壁が立ち上がり、あっと思った瞬間、ネルが両手を広げて津波を止めた。波頭は見上げるほど高く、市門の上にそびえたつ。ネルが空を支えているように見えた。

 その足もとでは、壁のあちこちが崩れ、大きな門が蝶番からぶら下がる。そこから波が侵入しないのが不思議だった。

 ウィルムは恐るおそる近づいた。

 ネルは背をわずかにそらし、両手を高くさし上げ、襲いくる津波をしっかりとおさえていた。波の起こす風圧が、ネルの栗色の髪を巻き上げる。その腰には、あの生意気なレムもいるはずだ。

  ――ネルは、あの大津波をくいとめたんだ。

 600年前、ネルという少女は、市民が帆船に逃げ込む時間を稼ぐため、こうして壁の上に立った。その全てを、レムは目に焼きつけたんだ。

 壁の崩れる音に、ウィルムは、はっとなった。

 門のあたりから小石がこぼれ、その周囲に亀裂が走る。地震でもろくなっていた壁のほうが、ついに耐えきれなくなったんだ。

「アミリア」思わず、叫んでいた。

 ネルが振り向いた。驚きの表情だった。

 つぎの瞬間、市壁がくだけ、彼女は弾きとばされた。

 ウィルムはすぐさま前に飛びだしていた。彼女の背中が舞い上がる。その体を受け止めると同時に、すさまじい力がぶつかってきた。

 全身がつぶれ、5体がばらばらになりそうだ。肺から酸素が押し出され、息ができなくなる。ものすごい速さで押し流される。意識が遠のいた。

 ……。

 どれだけ時がたっただろう?

 気づくと、ウィルムは透明な球体のなかにいた。膝を抱える恰好で包まれている。うず巻きにつかまる前に見た、巨大クラゲにそっくりだ。

 周囲は見渡すばかりの海で、波のまにまに漂っていた。津波は都市の大部分をのみこんでいた。市壁は完全に水没し、遠くに主塔の三角屋根がのぞく。

「本当にごめんなさい」

 アミリアの声が言い、ウィルムは首を左右にめぐらせた。

「あなたを包んでいるのがわたしです」

「そうか。きみがアミリアの複製(レプリカ)だったそうだね」

「あなたの記憶からアミリアさんを再生しました」

「レムのレプリカから聞いたよ。きみはこの都市でネルの役を演じるはずだった。それなのにどうして、ぼくの妻になった」

「ごめんなさい。だますつもりはなかったんです」

「城できみを助けたとき、記憶を失っているらしく見えた。初対面のぼくに、どうふるまったらいいか、わからなかったのだろう」

「いつもの妻とは違うと言われ、不安になりました。よけいな言葉から、見破られるんじゃないかと心配になったんです。わたしは、あなたの思い出のなかにあるアミリアさんしか知りませんから」

「そうか」

 ウィルムは、聞かなければならない質問を先延ばしにしていた。真実を知るのが恐ろしかった。だが、たずねないわけにはいかない。

「ぼくはうず潮に呑まれ、目覚めるとカロンの広場にいた」

 ウィルムの質問の意図に気づいたのか、周囲の膜が細かく震えた。

「うずに呑まれる前に、ぼくの乗った帆船は、いまぼくを包んでいるような球体を追いかけていた。あれはきみだったんじゃないのか」

「わたしは帆船から逃げようとし、あなたがたをうずに巻き込んでしまった。あのとき海底では、城塞都市カロンのなかに酸素を取り込む作業をしていました。それで潮流が大きく変化し、うず巻きが発生したんです」

 そういうことだったのか。

 カロンはさほど大きな都市ではないが、都市全体を包む膜を満たすほどの酸素の流入が、あの大うず巻きを引き起こしたんだ。

「そのうず潮に飛び込んだぼくを、きみは助けてくれた。その前に、うずにのまれたアミリアはどうなったんだ」

 ウィルムは、ついにその質問をした。

 なかなか返事がなかった。それが答えなのだろう。

「……アミリアさんは間に合いませんでした。すべてはわたしの責任です。わたしがあなたがたの前に現われなければよかったんです」

 やはり、そうだったのか――。

 ウィルムは固く目を閉じる。真実を知る心の準備はできていた。

「アミリアを救えなかったのは、ぼくの判断ミスのせいだ。あのとき、きみはこうしてぼくを包み、カロンの中央広場に降ろしてくれた」

「そこでアミリアさんの記憶と出会いました」

「きみはどうしてアミリアになろうと考えた」

「城塞都市カロンは、レムの記憶から、創造主(クリエーター)の体内につくられたものです。そしてクリエーターの細胞(セル)のそれぞれが、都市の人々を複製しました。わたしもそのセルのひとつです。わたしたちはいやおうなく役割を決められ、従わなければなりません。わたしは再現する記憶を自分で選びたかった」

「それでアミリアを選んだのか」

「あなたは、うずにのまれた彼女を、命を犠牲にしてでも助けようとした。わたしはその想いに衝撃を受けました。個人を愛し、守りたいという気持ちを、すばらしいと感じました。わたしたちセルに個人の区別はなく、ただその役割があるだけです。わたしもアミリアさんのように想われたかった」

 それが自分をセルと呼ぶ彼女の真意だった。

 アミリアも彼女も、自分の自由は許されず、他人の目的のために利用されてきた。アミリアは政略結婚の道具に、彼女はクリエーターの課した役割に。

 そしてアミリアが吟遊詩人の物語のなかに自分の居場所を見い出したように、その複製(レプリカ)もまた騎士道ロマンスに飛びついた。教会で4人の追手を切り倒したとき、彼女が手を叩いていたのを思い出した。

「わたしはクリエーターの押しつけに反発しました。それで都市が完成したあと、海上に逃げだしたんです。そのせいでアミリアさんを失わせてしまった」

 セルの声が震える。

 彼女を責めても、妻は戻ってこない。

「わかった。きみはぼくを広場に降ろし、ぼくの記憶からアミリアのレプリカになった。そのまま姿をくらましたのはどうしてだ」

「酸素の取り込みが終わったカロンでは、住民の複製がはじまっていました。わたしがアミリアさんになったと知られれば、他のセルがとらえにきます」

「あの朝、きみは兵士につかまったのだろう」

「兵士が広場に来る前に、自分から出頭しました。わたしが騎士を連れてきたのが知られ、あなたまでつかまるのを避けたかった」

「ぼくを助けるために、自分からつかまったというのか。そんなことをして、やつらにひどい目にあわされたかもしれない」

「ウィルムさえ無事なら、きっと助けにきてくれると信じていたから」

 その言葉に胸をつかれた。

「もちろんだ」

 ウィルムは、ためらわずに応えた。

「そのために、おれだって手助けしたんだぜ」

 レムの不平の声が聞こえた。

 そのセルもまた、この膜にふくまれているのだろう。

 確かにレムは、ぼくをカロン城に案内したり、土牢に短剣を届けたり、いろいろ手引きをしてくれた。アミリアが兵士につかまる前に、レムをぼくのもとにおいていったのは、そのためだったんだ。

「最初は生意気なやつだと思ったが、いまでは感謝している」

 ウィルムは心からそう言った。

「われらはおおいに迷惑した」

 天をゆるがす声が響いた。それまさに大空から降りそそいできた。蒼い空にゆらめく陽光が乱反射する。ウィルムはまぶしくて目をすがめた。

「おまえがこの都市をつくったクリエーターか」

 ウィルムは大声で問うた。

「しかり。われらは全てのセルをすべるものである」



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