天然元気っ子(向井光の場合)
三人目です。今回の話は少し苦労しました。楽しんでいただけると幸いです。
本当に、桜みたいにきれいな人だな。
向井光は、窓際に座っているあの人に目を遣った。何を隠そう光の思い人である。
「―かる、光!」
「わっ!」
思わず声を上げた光に、教室に座っていた全員の視線が集まる。教壇に立っていた先生が呆れたように
「向井くん、ちゃんと聞いてる?」
「へへへ、ボーッとしてました」
と、光は頭を掻く。教室は笑いに包まれた。先生はため息をつく。ちらりと、あの人の方を見ると、例によって彼女も静かに笑っていた。
「光、また、須藤先輩に見惚れてたな」
幼馴染みで、さっき名前を呼んでいた隣のクラスの良介がからかう。光は、それに腹を立てることもなく、ふにゃりと顔を崩した。
「だって、先輩のことなら、いつまで見てても飽きないんだもんなー」
「だったら、コクればいいのに」
「先輩と話したことなんて、委員会の時くらいしかないんだよ」
先程、皆に笑われたのは、保健委員会の集まりの時。入学して、保健委員に立候補した光は、初めての委員会で、須藤先輩に出会った瞬間から恋に落ちたのだった。そして、その思いは、彼女のことを知れば知るほど深くなっていく。
バスケを一生懸命やっていて、真面目で、頑張り屋で、優しくて可愛くて…。
「俺的には、普通な感じに思えるけどな」
良介の言葉に、光は目に力を込めて睨む。良介は、驚くことも怖がることもなく笑った。
「怒るなよ」
「先輩は、唯一無二なんだよ」
「はいはい」
良介の適当な対応に腹を立てながらも、光は彼女のことを考え、笑みを漏らすのだった。
私は、先生に頼まれた保健の栞という冊子を持ち、教室へと向かっていた。
「重いな~」
クラスの人数分の三十冊の束は、両腕にしかと負担を与えていた。保健委員は、文化委員や体育委員よりもやることが少ないと聞いていたが、その実態は雑用が多く面倒くさいという印象。毎月ある保健便りも、三ヶ月に一回は担当して一部を書かなくてはいけない。
選ぶ委員会間違えたかな。
「先輩!持ちましょうか?」
私は、声のした方を振り返る。同じ高さの目線。後輩の向井くんだった。
「向井くん、どうしたの?ここ二年の教室がある階だよ」
この学校は、北棟と南棟に分かれていて、北棟に教室、南棟に美術室や音楽室などの特別教室がある。そして、教室は、三階に一年生、二階に二年生、一階に三年生と決まっている。
「先輩に会いに来ました!」
太陽のような向井くんの笑み。
いつも元気だな~。
しかし、向井くんの言葉を頭の中でかみ砕くと混乱した。
「え?私に会いに来た?」
「あ、保健便りの担当、先輩と俺だったので」
「あぁ、そうだったね」
「荷物、持ちます」
「え、いいよ。重いか―」
私が言うよりも前に、向井くんは冊子の束を奪うように持つ。
「俺、チビだけど力はあるんで」
向井くんの白い歯が覗く。私は、ありがとう、と微笑んだ。
「確かに、書き方わかんないよね。放課後、一緒に書く?私、今日部活ないけど、向井くんは?」
「俺、帰宅部です!一緒に書きましょう」
その後、向井くんは、荷物を私の教室へ届けてくれると、楽しそうに手を振り、帰っていった。
肩にかかっている髪が風になびいた。
きれいだな。
光は、そのさらさらとした髪に思わず触れそうになった手を引っ込めた。先輩は、不思議そうに首をかしげる。そのしぐさもまた、可愛い。光は、曖昧に笑ってごまかす。光のクラスの教室には、もう誰も残っていなかった。
「出来ましたね」
「うん。はは、それにしたって」
先輩は、光の描いた絵を見て、肩を震わせて笑っている。
やっぱり、そうですよね。
光は、苦笑いをする。絵は昔から苦手だ。絵のみならず、細かい作業もだ。良介いわく、光は恋愛に向いてない、だそうだ。なんで?と聞くと、いかにも偉そうにこう言った。不器用だろ。お前。そういうやつは、恋の駆け引きも苦手なんだよ。残念だったな。光は、呆れて、お前もな。と言い返しておいたが、あながち、良介の言っていたことも間違いではなかったのかもしれない。高校に入るまでにも、それなりにモテてはいたし、女の子と付き合う機会がなかったわけではない。ただ、いつも相手から振られる。女心に疎いのだ。だから、今こうしているときも、先輩が何を考えているのかわからない。俺のことをどう思っているのかもだ。ふと、悩んでいる自分に嫌気が刺した。自分らしくもない。
「先輩!」
「ん?何?」
先輩は、大きな目をまあるくさせ、こちらを見る。
「先輩は、俺のこと、どう思っていますか?」
先輩は、腕を組む。小さく首を傾けた。真剣に考えてくれているようだ。
「そうだな~」
「はい」
「可愛い素直な後輩、だと思ってるよ」
「はい」
「何か弟みたい」
光は、がっくりとうなだれた。身内。身近な存在ではあるが、恋愛対象外の身内。
「さ、帰ろうか」
先輩が席を立ち、鞄を肩に掛ける。
「そうですね」
光も立ち上がった。外を見ると、夕暮れ時であった。
「きれいだね」
先輩が外を眺め呟く。
「そうですね。きれいです」
先輩は光に向かって、笑いかける。
夕日がじゃありません。先輩が、ですよ。
「帰ろうか」
先輩がもう一度言う。大きく頷いた。
不器用であろうがなんだろうが、弟脱却しますから。
光は先輩の横に並ぶと、大きく伸びをして、スマイルを作る。そして、彼女の手を取り、走り出した。
「向井くん!?」
「行きましょう。日が暮れちゃいます」
二人は、オレンジの道を駆けていくのであった。
ご覧いただき、ありがとうございます。
まだまだ続きます。楽しみにしていていただけたら、嬉しいです。