第8話 戦いに巻き込まれそうになってる。どうして?
「なにこれ?」
ああああが、“マの男の者”を片手に首をかしげている。
ファミコンのカセットと答えたけど、ああああは首をかしげたままだ。確かに僕がファミコンを知っているのは、マニアな姉ちゃんがいるからであり、全盛期の頃にプレイしていたわけではない。だからファミコンのカセットを初めて見るというのも、仕方ないのかもしれない。
「昔のテレビゲームだよ」と言ったけど、ああああの首は戻らない。どうもテレビゲームというもの自体を知らないらしい。
まぁ、自称千年前の人だもんな……。
ちなみに姉ちゃんは、ファミコンを知らないという言葉を受けて、長々とああああにその素晴らしさを説明していたけど、途中から陶酔してしまって、説明というより弁論になっていた。そこまでの熱意を別のところで活かしてほしい。
ああああはファミコンの電源を入れていた。
テレビ画面には“マの男の者”の文字が浮かんでいる。
ああああは色々試すけど、ゲームが進行するだけで、何も変化は現れない。
僕はじっとその画面を見ていた。
「……そもそも気になってたことがあるんだけど」
ファミコンに夢中になっているああああに声をかけた。
「本当の話と前提した場合、どうしてくだらない魔法ばかり使っているの? お互い、相手を倒そうとしてないでしょ」
何か大事なことだったのか、ああああはファミコンを動かす手を止めた。
そして、テレビに目を向けたまま話し始めた。
「あの体はね、元々はホタルって人の体なの。……かつて勇者と呼ばれていた。千年前の戦いで、魔王に乗っ取られてしまって」
「……だから殺すことはできない?」
殺す--勇気の言葉に、ああああは一瞬険しい顔になったが、その気持ちを押し殺すように静かに笑った。
「だからね、取り返さないといけないの」
勇気はふーんとだけ言って、言葉を続けた。
「……魔王は?」
勇気の言葉にああああは少しだけ考えているようだった。
「……弱くなったからだと思う」
「……へぇ」
興味があるのかないのか、気の抜けた言葉を返した勇気だったが、しばらくの沈黙の後、今度は気持ちがこもっているのか、こもっていないのか、そんな風に笑って言った。
「傷つけ合わないことに、越した事はないね」
僕は、自然と言葉にしていた。
僕の横では、姉ちゃんの演説がまだ続いていた。
ちなみに説明兼弁論は以下のとおり。
「ファミコンとは任天堂が1983年7月15日に発売したファミリーコンピューターの略よ。ドンキーコングやマリオブラザーズから始まり、ドラクエなどの数々の名作を作っていった、一時代を築いたひとつの文化といっていい。しかし、時代の流れというのは残酷なもので、常に向上を求める需要者は、16ビットのPCエンジンやメガドライブへと目を移し、ファミコン自体はディスクシステムの限界を境にスーパーファミコンへと姿を変えていった。そしてその後も64やゲームキューブ、WIIと姿を変えていったけど、もうそこにはファミコンの面影はなくなっていた。ファミコンがあらゆる媒体を開発、そして進化させていったのは事実であり、今となっては、この当時のソフトは一枚のソフトに複数入れられてしまうほどの「ちゃちさ」だけど、今もその情熱は消えることなく、むしろ燃えている。ビデオ端子のファミコンが発売されており、あの接続不良の苛立ちも改善され、中古屋では昔懐かしく、またこんなゲーム知らんぞと言わんばかりのソフトが並ぶ。影ながら人気のあるソフトは破格の値段を誇示し、失敗作ディスクシステムすら高額を示す時もある。どこで書き換えするの!? ただ時代が再びファミコンを求めているのは事実である。ファミリートレーナー。一時流行ったダンスダンスレボリューションの先駆けであり、WIIでもリバイバルされたような商品が現われている。時代が求めるニーズに、古ぼけたこの過去の栄光が輝きを取り戻しているのだ! 私は思う。WIIやPS3などの次世代ハードに立ち向かえるのは、この初代ファミコンのみだと。なぜなら、人々は進化の中でも故郷を求めるからだ。これから進む未来に期待をしながらも、思い出を振り返えらずにはいられないからだ。どうかみんなも探して欲しい。物置の奥で眠るこの小さな輝きを見つめなおして欲しい。小さいながらも強く、そして激しく輝いている!」
「で、この『マの男の者』って一体?」
僕の質問に、ああああは少し困った顔をしたあと、ニコッとした。
「わからない」
「……わからない?」
「うん」
その表情から何かを隠しているとは思えなかった。本当に分からないんだろう。
僕はマの男の者を手にとった。
これが何か分かれば、多少なりとも彼女たちが何なのか分かるかと思ったけど、逆に分からないことが増えてしまった。なら、なんでこれを探していたんだ、ああああは。
僕の素朴な疑問を投げかけたが、
「だ、だって魔王が手に入れようとしてるから!」
と、単純な答え。つまりは、魔王が探し求めてるから、渡さないようにしてるってことだろうか。
「だって危なそうじゃない!」
君たちの存在が危ないよ……。
「なんかへんな雰囲気が流れてる。……信じてないでしょ?」
僕は頷いた。
ああああは少し悲しそうな顔をしたけど、気持ちを立て直したのか、僕の手を取り、意気揚々とまるで何かの勧誘のように微笑みを向けてきた。
「でも、これがあなたの手にあるってことは、きっと何かの縁だわ! いっしょに戦いましょ!」
……僕をそっちの世界に巻き込まないでくれ。
が、その僕のその願いも空しく、最初の戦いが訪れることとなった。
――最初の敵、それは僕の部屋の入口で、唇をワナワナさせたほがらかだった。
ほがらか VS 僕とああああと弁論中の姉ちゃん。
……だから僕を巻き込まないでくれ。