第7話 今日の星空はきらきらだ。見に行く?
一方、枯葉が舞い散る公園。
「大丈夫ですか、魔王様」
足を痛がっている魔王を、ギューンは心配そうに見ていた。
「痛いよ、もう」と、魔王は逃げこんだ公園のベンチに座り、半泣き状態で己の足をさすっている。魔王というには随分と華奢な足には、外傷は見られない。
「足をだして下さい」
ギューンは魔王に声をかけた。
「ほう、回復魔法か」
魔王はさすっていた足をギューンの方へ向けた。
ギューンは差し出された足に片手をのせると、まるで母親のように優しく魔王に微笑みかけた。
「痛いの、痛いの、飛んでゆけ」
「わぁ、母さん、痛みが飛んで行くよって、お前が飛んで行け!」
その言葉に対し、ギューンは魔王の目を真剣に見つめ、静かな声で答えた。
「飛びたいところですが、あいにく私には翼がありませんので」
「真面目に答えんでいい! ……私は魔王だよ。なんでたかだか2階から飛び降りただけでくじいてんの? 魔王って強いんじゃないの?」
「最強です」
「じゃあ、なんでこんなに痛いの?」
「泣かないなんていい子ちゃんでしゅねー」
「うん、ママ、僕がんばったよって、さっきから何、母親気取りなんだ!」
と、ギューンを突き飛ばす魔王。
ギューンは勢いあまって尻もちをついたが、すぐさま体勢を整え、申し訳ありませんと答える。
ギューンは、思っていた。
魔王様はホタルという男の体を奪ってから、様子が変わってしまったと。
――あの日、戦いから戻ってきた魔王様の体が、ホタルのものになっていたことは驚きだった。最初は皆、魔王様の姿が変わってしまったことに喪失感を抱えたが、魔王様の「勇者ホタルは、私が体を奪い封じた」との言葉に、歓喜の声をあげた。
しかし、現実は異なっていた。体を奪って以降、以前のような圧倒的な、何もかもを断絶するような闇の力が消失していたのだ。
魔王様は仰った――カオスを失い、力が漲らないと。
――そう、魔王様は闇の力の源であるカオスを失っていた。魔の世界を繫栄させるには大きな損失だった。
日が経つにつれ、魔王様の力も徐々に回復し、勇者の力を引き継いだという、ああああを幾度も退けていた。
ただ、カオスがないためか以前ほどの力はなく、止めを刺すには至らなかった。
そしてその目はどこか悲しげだった。
――魔王様は復活された。
力が回復し、私が復活するまで待つようにとの言葉を残し、眠りについた魔王様が復活されたのだ。
未だ力が復活した兆しは見られない。
ただ、復活されたということは魔王様にも何か意図があってのこと。
だから今は、まだ力が戻っていないと思うしかない。
2階から飛び降りただけでくじいてしまうような魔王であっても、魔の世界ではトップであることは変わりないのだ。
そう、自信を取り戻すことで、力も取り戻してくれることを願うしかない。
「第一、何でお前なんともないんだよ!」
ギューンは魔王の言葉に、我に返る。
――そう、私が魔王様の力を復活させるんだ。
「……玄関から出ましたから」
「そんなのありかよ!」
と、見る見るうちに魔王に驚きの表情が浮かんだ。魔王はギューンを指さしながら、ワナワナと声を震わせる。
「ひょ、ひょっとしてあなたが魔王様!?」
「は?」
「その頭の回転のよさ、そうだ、そうに違いない」
魔王はまるで何かに気づいたように、コクコクと頷き、そして頭を抱えた。
「この千年の間に、私はとんだ勘違いを起こしていたんだ! いつの間に私は魔王になっていたんだ? いつから魔王と思いこんでいたんだ!?」
「あなたは魔王です。まぎれもない魔王パルプフィクションです」
「私を洗脳するな!」
ギューンは、魔王がパニック状態になっていることを察した。
一体、どうなさってしまったのか……。
「こんな真っ赤な魔王がいますか! 魔王は黒いんです」
すると魔王は、先ほどから特異な視線を二人に向けている反対側のベンチに座る黒い服の人を指さし「なら、やつか!?」と問う。
「あれは野次馬というモノです。私たちを見物しに来た極楽集団です」
「私は見せ物ではない!」
興奮する魔王をなだめる様にギューンは続ける。
「そう、あなたは“見せ者”じゃない、“見られ者”です。あなたの華やかさを見られる“見られ者”です」
「言い方変わっているだけで、結局見られているではないか」
「そう、見られていることに代わりはない。しかし、前者は言うなれば大根役者、しかし後者は花形役者」
ギューンの言葉に、魔王は困惑の表情を浮かべている。しかしギューンの饒舌は止まらない。
「“見せ者”というのは上野のパンダでしょう。しかし、“見られ者”とは目を引かす輝きを持った者です。言うなれば夜空の星です。そう、スターです!」
「スター?」
魔王がぴくりと反応した。
「あなたはスターです。どこぞのあきらに負けないぐらいスターです」
その言葉に魔王ははじめ黙っていたが、やがて小さな笑い声とともに、歓喜の表情を浮かべた。
「そうだ、私はスターだ。誰にも負けないスターだ。フフ、スター・パルプフィクションだ!」
「スター!」と拍手を送るギューン。
「ってやっぱり魔王じゃないじゃん!」
「魔王ですよ!」
「だって、スターって!」
あっと声を上げるギューン。
疑いの目を向ける魔王。
あと一歩のところで、振り出しに戻りかけた。 しかしギューンは、咄嗟に言葉をつなげた。
「魔王のスターです!」
「……魔王のスター?」
ギューンは、魔王の疑念を払うかのように言葉を続ける。
「魔王の中の輝く魔王、魔王のスターです。かっこいい!」
「……かっこいい? ……かっこいいか」
魔王はかっこいいという言葉を復唱し始めた。そして、ニヤリと陰気な表情を浮かべる。
「そうだとは思っていたんだ、私は魔王のスターだと思っていたんだ!」
「魔王のスター様!」
ギューンは、ホッと胸を撫で下ろした。
「私は魔王のスター・パルプフィクション! 魔の世界を広げるため降臨したのだ!」
「よ、魔王のスター様!」
高らかな笑い声が響く公園。徐々に徐々にパトカーのサイレンが近づいていた。