第5話 信じられない話を語られてしまった。信じる?
「千年前、世界に危機が訪れた。今の、魔王パルプフィクションによって」
そう話し始めたああああ――本名と言い張る彼女に、もう突っ込むのはやめることにした――の話を、当然信じることはできなかった。千年前といえば、平安時代。いろいろ乱はあったようだけど、魔王だとかそんなのは歴史の教科書に載っていない。
僕の疑惑の目を感じたのか、ああああは「信じてないのね」と残念そうに言った。
そんな僕とは反対に、姉ちゃんは「私は信じる」と言った。その言葉に、ああああは目を輝かせて喜んでいた。
「魔王なんでしょ?」という姉ちゃんの問いに、「ありがとう」と、素直に喜ぶああああの表情からは、人を騙しているような感じはしなかった。ただ、だからと言って信じられるわけでもなく、僕は踏み込んではいけない“あっちの世界の話”だと割り切ることにした。
「礼はいらない、私は勇者だからね」
いつのまにか姉ちゃんは勇者になっていた。もうあっちの世界の住人だ。いとも簡単にログインしてしまったみたいだ。
ただその姉ちゃんの言葉に、ああああの表情が曇るのがわかった。姉ちゃんはそれに気付かないのか、話を続けた。
「前から私は他の人と何かが違うと思ってたんだけど、まさか勇者だったなんて」
興奮した姉ちゃんは、おそらく本人の中における華麗なる舞を踊った。ただ、そういうのに疎い姉ちゃんの引き出しでは、どこからどうみてもフォークダンスが限界だった。
それを遮るように、ああああが立ち上がる。
「勇者は私よ」
その目は真剣だった。
「勘違いはやめなさい」と姉ちゃん。
ああああは、羽織っていた唐草模様のマントをバサッと広げた。
「このかっこうを見なさいよ、明らかに私が勇者じゃない!」
「がま口みたいなカッコのどこが勇者よ!」
「Tシャツに言われたくない!」
「Tシャツって、こう見えても七分丈よ!」
「それがなによ! なに、こいつ!」
ああああの言葉が僕に向けられた。まいった、話をふられてしまった。
ああああは激昂して顔が真っ赤だ。姉ちゃんは「ゆうしゃ」と言えと口バクをしている
なにがなんだか。
僕は小さい溜息をついて、ああああに言った。
「目立ちたがり屋のゲームバカ」
その言葉にああああは冷たい目を姉ちゃんに向け、言い放った。
「なんだ、バカか」
「……バカ? 言ってはいけないことを言っちゃったわね! 私はゲーマーなる勇者、狭鯖小翼よ!」
「小翼? ださ」
その言葉に姉ちゃんの膝がガクッと折れた。姉ちゃんのトラウマに触れてしまったからだ。姉ちゃんの目が遠くを見ている。
「……確かにナマエ入力がつきだした頃、4文字しか入らなくて“こつはさ”だった。時には“てんてん”を捨てきれなく“こつば”だった。そんな“さ”が不憫でよく歌ったわ。『さあ、行くんだ、このドアを開けて♪』 ……私の“さ”はどこに行ったの!?」
「さぁ?」と言ってやりたい。
が、そんなどん底の中、姉ちゃんはああああを指さし、言い放った。
「あんただってダサい名前じゃない!」
今度はああああの膝がガクッと折れた。今この部屋でどん底の二人がいる。アスキーアートを思い出させるほどの、見事なガクッとぶりだ。
でも次の瞬間、合わせたかのように同時に顔をあげ、見つめあった。そしてがっちり握手し、「ださい名前同盟!」と言って、妙な連帯感を帯び始めた。
まぁ、喧嘩するよりかはいいけど。
「だから、さっきナマエのことで私をかばってくれたのね」
「……何のこと?」
「言っていいことと悪いことがあるって。……私が名前をああああってバカにされた時」
「そうだ! あいつあんな事言いやがった! Aボタン連射だ? Aボタンは連打だ! 連射は連打の結果だ!」
……そこだったのか、少しでも姉ちゃんを見直した自分が情けなかった。
ふと、ああああの目線が僕に向けられているのを感じた。僕はああああの方を見た。ああああは「あなたの名前は?」と聞いてきたので、「狭鯖 勇気」と答えた。
この時点で、僕もログインしてしまったのかもしれない。
*
カタカタカタ。
テレビ画面に、文字が表示される。
ドウイウ コトダ?