第4話 魔王たちも現れてしまった。どうする?
「ベイビー、いいコにしてたかい? 」
その真っ赤な人は、僕に満面の笑顔を浮かべ近づいてきた。
「ほらいたじゃない!」
姉ちゃんは興奮気味に言っている。
サンタクロース!? いや、サンタクロースなんているわけがない! じゃあ誰だ、こいつは!?
「この真っ赤な服からして、答えはひとつだろ。ベイビー、いいコにしてたかい?」
姉ちゃんはこの真っ赤な怪しいやつに、歓喜の目を向けている。その真っ赤な怪しいやつは、姉ちゃんが持つ、マジェスティックテュペルブに捕まるとされる、ドンキホーテに売ってるものに目を向けていた。
「これは私のひげじゃないか!」
そう言って姉ちゃんのゴム付ヒゲを、さっと顎に付け、イヤッホー! と歓喜の声を上げている。
「なんだこいつ!?」
あまりにも危険な雰囲気のこの存在に、僕は動揺していた。
姉ちゃんはというと、なぜか僕の方を見て、驚愕の表情を浮かべていた。
そして言った。
「言っちゃったわね! 言ってはいけないことを言っちゃったわね!」
「何を!?」
僕の声に呼応するように、低い、ゆったりとした声が部屋に響いた。
「そう、お前は言ってはいけないことを言ってしまった」
と、謎の声がしたかと思うと、突然コンポから、ギターとドラムの音が高速で弾かれる激しい音楽が流れ始めた。
こんな曲持っていないけど!?
さらに部屋のドアがバン! と開く。
そこには黒いマントを来た、これまた怪しい男が立っていた。
「私は魔王、魔王パルプフィクション。お前の言葉により、千年の時を超え目覚めた」
「だから言っちゃいけなかったのに!」
姉ちゃんが僕を非難した目で言う。
すると、先ほどの真っ赤な怪しいやつの声が女性の声に変わり、高らかに話し始めた。
「感謝するぞ、魔王様を永き眠りから解放してくれたのだからな」
「これも必然という事か。フフ、ついに我ら魔の力がはびこる時がきた」と黒い怪しい人。
「目が覚めてからサンタクロースとして暮らした千年間、あまりにいい事をしすぎて魔物ということを忘れてしまいました」と赤い怪しい人。
「苦労をかけたな、ギューン」と黒い怪しい人。
な、なんだ、この小芝居は!?
頭が整理されていない中、黒い怪しい男が、僕と姉ちゃんを見てきた。
僕は咄嗟に目をそらした。姉ちゃん以上の電波な人だと思い、目を合わせたくなかった。
「そこの人間、我が僕として使わそう」
「ありがたきシアワセ、魔王様」
姉ちゃんは黒い怪しい人の前で膝をついていた。電波同志は、引き合ってしまうのか!?
僕は事が大きくならないうちに、日本、いや僕の生活の治安を守ってくれる警察に電話した。これほど警察に頼りたくなった事は、人生で一度もなかった。
ただ、僕が受話器を持ったことに気付いたのか、黒い怪しい人が僕を睨み、叫んだ。
「電話にでんわ!」
黒い怪しい人から発せられた、驚きのダジャレ。しかし、さらに驚きなのは、その言葉と供に電話が切れたことだ。
受話器から聞こえる、プープーという音。
「我が魔法の威力思い知ったか、したたかまったか!」
「素晴らしき力、魔王様」
「魔法!? 電話を切る魔法!?」
魔法を使ったことより、実用性の低い魔法のことに突っ込んでしまう自分に嫌気がした。
「クク、それが噂の電話か」
「電話?」
「コペルニクスがリンゴが落ちるのを見て『その木の枝を折ったのは私です』と言って発明されたそうだ」
「勉強家ですね、魔王様」とすっかりシモベ気分の姉ちゃん。
「姉ちゃん! そんなうさんくさい人たちから離れろ!」
僕の心からの叫びに呼応するように、またひとつの声があがった。
「魔王をあなどるな!」
今度は三味線や尺八等が入り混じった和風な音がコンポから流れ――当然こんな曲を持っていない――三度笠を被り、唐草模様のマントを携えた、どこぞのダンジョンに挑んでしまうようなカッコをした女の人が現れたかと思うと、「闇に住みし魔の心 導き照らすかお星様」と、ヒーローとかのお決まり台詞のようなものを語り始めた。
「夜な夜な暗闇包もうと いつもあなたが見守って たとえ行く道なくしても 知らず知らずに気付かずに 一人でいるときゃ見上げなよ 光るあなたが一番星! 貴様の悪事、星に変わっておしおきだ!」
「でたな! でちゃったな! でてしまったな!」
確かに怪しい人がまた出てしまった!
「さあ、今日こそホタルの体を返してもらうぞ!」
銀色に輝く剣を黒い怪しい人に向けている。銃刀法違反なんじゃ……。
そんな彼女に黒い怪しい人は冷静に答える。
「……なぜお前がここにいる」
「ホタルの体を返してもらうまで、諦めると思ったの!」
その時、黒い怪しい人は複雑な表情を浮かべているように見えた。ただ、すぐにそれが僕の勘違いだったとわかる。明らかに敵意を持った視線を、三人目の怪しい人に向けていた。
「……お前に構っている暇はない」
「“マの男の者”か!?」
と、置いてけぼりを食らっていた僕の中に、聞き覚えのある言葉が入り込んだ。
「そのとおり! 『マの男の者』を我が手に!」
「私が先に見つけてみせる!」
「ほう、邪魔をするか?」
ファミコンにささっているソフトを見ると、そこには『マの男の者』の文字。
「やっぱりこれのことか……」
今思えば不用意な僕の言葉に、全員の目がこっちに向けられる。と、耳をつんざくような声が一斉にあがる。
「探していた物がこうも見つかるとは!」
「それを渡しちゃダメ!」
「黙れ、小娘! シャルウィーダンス!」
と、女の人はその場でクルクル踊りだした。なんで踊りだしたかは知らない。この電波な人たちに深入りしないんだ。
「さあ、渡せ!」と必至の形相の黒い怪しい人。
なんだろう、この必至さ。すごいプレミアなソフトなんだろうか。
「生まれたてのヤギ!」と、踊りながら女の人。
すると黒い怪しい人が、足をガクガクさせながら立ち上がろうとするヤギのモノマネを始めた。なんでモノマネしだしたかは知らない。そうこの電波な人たちに深入りしないんだ。
「邪魔をするな、勇者気取りのへっぽこムス、メェ~ッ」
「……気取りだと? 私は勇者だ! 勇者『ああああ』だ!」
ああああ!?
「前から言うように勇者の名メェ~ッが『ああああ』のわけない!」
「まるで名前登録がめんどくさいから、『ああああ』になったと言わんばかりだ。どうせ兄弟に『AAA』とかいるんだろう! ハハハッ!」
「メェ~ッ! メェ~ッ! メェ~ッ!」
「……魔王様、その笑い方はいかがかと」
ああああと言われた人は、肩をワナワナと揺らしている。
「気にしていることをズケズケと!」
本当にそんな名前なわけがない。国の審査が通るわけがない――くっ! この電波な人たちに深入りしないと決めたはずなのに、突っ込んでしまう!
「Aボタン連射で入力済む簡単な名前だな、ハハハ!」
高らかに笑う二人。女の人を見ると、涙を浮かべている。
その時僕は、ちょっとかわいそうという気持ちが湧いた。
「むきー!」と剣を振り回して魔王に襲い掛かる女の人。
危ない! 僕は床に倒れこむように剣の軌道から逸れた。
パキッ!
女の人の剣が僕の大事にしていたプラモデルを直撃する。ドッキングしないはずのロボットが、初めて分離を行った――やっぱりかわいそうじゃない!
振り回す剣が魔王を襲った時、その軌道がぴたりと止まった。
「……お前にトドメはさせまい?」
不適に笑う黒い怪しい人。
「バナナ!」という赤い怪しい人の声に、女の人はすべるように転んだ。
そして黒い怪しい人は僕を睨みつけ、そして手を伸ばしてきた。
「さあ、その『マの男の者』を渡せ!」
じりじりと近づいてくる黒い怪しい人。電波的な怪しさとは別に、確かに僕を圧迫する強い何かの力を感じた。
と、その時、これまで黙っていた姉ちゃんが、肩をワナワナと揺らし、怒りの形相で黒い怪しい人を睨んでいた。
「言っちゃったわね。言ってはいけないことを言っちゃったわね! Aボタン連射で済む名前ですって! ゆるさない! 侮辱するヤツはゆるさない!」
自分の名前にコンプレックスを持っているからかもしれないけど、名前を侮辱したことに怒る姉ちゃんを見て、僕は少し見直した。
パラララララランラン♪ パラララララランラン♪
コンポから流れる、ファミコン版『スパルタンX』のテーマ曲――どうやらこれは姉ちゃんのテーマ曲らしい――もう何が流れても驚かない。
姉ちゃんは少々猫背に構えた。そして黒い怪しい人に歩み寄ったかと思うと、連続の正拳突きをかました。
「は! は! は!」
ぐあ! と吹っ飛ぶ黒い怪しい人。
「魔王様!」慌てて赤い怪しい人が駆け寄る。
「ふしゅぅ、スパルタンXパンチよ」
「つ、強い!」と、ああああという人。
正直、強いというより、黒い怪しい人が弱いんじゃ……と、僕は心の中で突っ込んだ。
「やるな貴様! 次は私が相手だ!」
赤い怪しい人が姉ちゃんの前に立ちはだかる。少しばかり腰を落とし、何か繰り出しそうな気配を出す赤い怪しい人。ひょっとしたらこの人は強いのかもしれない。
「姉ちゃん、気を付けて」
「かかってきなさい! 11人目は飛び蹴りで二千点!」
僕の心配とは裏腹に、コアなネタを言えるほど姉ちゃんには余裕があった。
赤い怪しい人は大きく息を吸って、一気に言葉を吐き出す。
「みんながきらいな納豆のにおい、スメールスメールどこに住めーる……」
「危険よ! Aクラス魔法よ!」と、ああああという人。
が、姉ちゃんは復唱中の赤い怪しい人に「あちょう!」と、思いっきり飛び蹴りをかました。
きゃ! と吹っ飛ぶ赤い怪しい人。
「なんて強さ」と、ああああという人。
魔法ひとつ唱えるのにあんなに長かったら……突っ込む僕。
黒い怪しい人が姉ちゃんを睨みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……まだ力が戻らないか。ここは退くぞ」
黒い怪しい人は、部屋の窓に足をかける。
「あぶない」という僕の呼びかけを無視して黒い怪しい人は、勢いよく飛び出した。
窓の下から「いたっ! いったぁあああ!」という断末魔。
それを見た赤い怪しい人は、申し訳なさそうに「あの……出口はどこですか?」と聞いてきた。
僕は丁寧に玄関を教えると、赤い怪しい人は一度深々とお辞儀をした。けれど、顔を上げると、またさっきの表情に戻っていた。
「また会おうぞ!」
足早に赤い怪しい人は去っていく。
「待て、まだホタルのことを聞いてない!」
ああああという人は道路まで追いかけていた。窓を除くと、既にそこに二人の姿はなく、ああああという人が道路に立ちすくんでいた。
僕ははっとして、鍵を閉めようと慌てて階段を下りたが、ああああという人は既に玄関で座り込んでいた。
……この人は帰ってくれなかったか。
「はははは、はは、ははははは」
姉ちゃんの繰り返し止まらない笑い声が二階から聞こえてくる。
「……大丈夫か、姉ちゃん?」
僕は二階の姉ちゃんに声をかけた。
姉ちゃんの笑いは徐々におさまり、息を切らし「誰か、タイムボタンを押したわね」と意味の分からないことを言いながら、降りてきた。
……何だったんだろ、あの人たち……いや、ああああという人も含めて、この人たちか。