第3話 姉ちゃんが現れてしまった。どうする?
バタン! という音と共に、鎖カタビラを着た女――姉ちゃんが現れた。
「泣かしちゃダメよ!」
姉ちゃんから放たれた木の棒――おそらくこん棒――が僕を襲う。咄嗟に身を傾けたことで、僕の肩の横を通り過ぎて行ったこん棒は、ほがらかを直撃することとなった。ほがらかの泣き声がさらに上乗せした。
姉ちゃん――小翼――はほがらかに近づき、頭をなでている。
「あらタンコブ、ひどいわねぇ」
「姉ちゃんのせいだろ」
「勇気、ほがらかちゃんの気持ちもわかってあげないとダメよ。結婚しなさい」
「話飛びすぎだよ」
「ほがらかちゃんのこと好きなくせに」
するとさっきまで号泣していたほがらかが、満面の笑みを向けてきた。
「ほがらかのこと好きなの!?」
「いや」と素早く、きっぱりと断る。
さらに声を大きくして泣き始めるほがらか。
「泣くなよ……めんどくさい」
思わず本音が出た。
その言葉に姉ちゃんは、鋭い目で僕を睨みつけてきた。
――言い過ぎたかな。
そんな僕の思いとは裏腹に、姉ちゃんはほがらかを払いのけ、さらに僕までも突き飛ばして、後にあるファミコンに食らいついた。
「これ、勇気が買ったの?」
そう言って、興奮する姉ちゃんの手には、“マの男の者”が挿入さえたファミコンが握られていた。
あの鋭い視線はファミコンに向けられていたんだ……。
「こんなソフト、私のリストにはまったくないわ! マの男の者? よし、こうなったら早速プレイよ!」
姉ちゃんは声を上ずらせ、画面に浮かぶ「はじめから」を選択した。
「キー! このソフトもか!」
いつものヒステリックが始まった。
姉ちゃんは名前入力にひとつの悩みがあった。このソフトにもそれが当てはまってしまっていた。
姉ちゃんはブツブツと文句を言いながらも、ゲームを進めていく。
「……オーソドックスなロールプレイングみたいね」
「姉ちゃんが買ったんじゃないの?」
「買ってないわ」
「……なら、なんでここにあるんだろう」
「!」
姉ちゃんは何か思いあたる節があるのか、驚愕の顔を浮かべた。
「ひょっとして季節はずれのサンタクロース!?」
――身内で言うのもなんだが、姉ちゃんは電波的だ。
「……姉ちゃん、何歳だよ」
姉ちゃんのあまりにも子供染みた言葉にため息をついた。
「……あんたサンタクロースを否定した?」
「サンタクロースなんているわけないだろ」
「言っちゃったわね! 言ってはいけないことを言っちゃったわね! サンタクロースはいるわよ! だってお姉ちゃん見たもの!」
「うそばっかり」
「うそじゃない! 真っ赤な顔をしたおじいさんが、そこの道路にいたもの!」
「それただの酔っ払いだろ。それにサンタが赤なのはコーク・コーラの宣伝だよ」
「なにそのちょっとした豆知識は!」
「サンタはいないんだよ。いい歳なんだからそんなこと言わないでくれよ」
と、背中にイヤな気配を感じた。振り返ると、ほがらかが恐ろしい形相で立っていた。姉ちゃんとのやりとりで、床に倒れていたほがらかの存在をすっかり忘れていた。
ほがらかの視線はファミコンに向けられている。
するとテレビからカタカタカタと文字が書き込まれる音が聞こえた。テレビ画面を見ると、「ケスナ」という文字が見えたような気がした。ただ次の瞬間には、ほがらかの指が電源を消していて、その文字はテレビから消えていた。
「勇気のばか!」
吐き捨てるように、ほがらかは部屋から出て行った。
「……電源消すあのクセ、立ち悪過ぎだよ」
僕はファミコンのコントローラに手を伸ばした。ただその手をぐっと掴む手があった――姉ちゃんだ。
「まだサンタクロースの議論は終わってないわよ」
「まだ言ってるの」
「……実はねぇ、サンタクロースがいるっていうすごい証拠があるのよ。ただ、これを見せると『マジェスティックテュペルピュ』に捕まると思って隠してたんだけど……」
「それって、トゥウェルブのこと?」
「……でも勇気の『サンタクロースなんていない』っていう、そのひねくれた性格を治すためには仕方ないわね」
そう言って、姉ちゃんは辺りをしきりに見回し始めた。
「あまり大声出して驚かないでよ。お姉ちゃんだって自分の身を危険にさらしてまで見せるんだから」
「……ならいいよ」
すると姉ちゃんは、今にも泣きそうなくらい、物凄いがっかりとした表情で、僕をじっと見つめてきた。
……見て欲しいなら、そういえばいいのに。
「……で?」
「……これよ」
そう言って、姉ちゃんは白いヒゲを僕に見せてきた。そのヒゲの両側にはゴムがついていた。
僕は姉ちゃんに呆れた視線を向けた。その目の意味に気付いたのか、姉ちゃんの目は「これ……違うの?」と訴えていた。僕の目は「ドンキホーテ」にあるよと訴えていた。
「何してるのあんた! ほがらかちゃんを追いかけなさい!」
「……いいよ、すぐ戻ってくるよ」
「勇気、ほがらかちゃんがいつまでも見つめてくれてると思ってたら大間違いよ!」
「別に構わないよ」
「そんな人を傷つけるような悪いコのところにはサンタクロースは来ません!」
「くどいな! 一人でいたいんだよ、でてけよ!」
僕はイライラしながら、勢いよくファミコンの電源をつけた。
画面に一瞬、「デンゲン ケスナ」という文字が浮かんだように思えた。
「え?」
しかしもう画面には文字は映っていなかった。変わりにテレビ画面には、僕の後ろに立つ真っ赤なカッコをした、まるでサンタクロースのような人影が映りこんでいた。
僕はその異様な光景に慌てて振り返った。