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マの男の者  作者: はにぃ
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第2話 マの男の者が面白い。やってみる?

 次の日、気味の悪かった『マの男の者』をもう一度動かした。名前を入力してみたものの、やっぱりあの時の声は聞こえなかった。

 なんだかすっきりしないままだったけれど、僕はいつのまにか『マの男の者』にはまりこんでいた。勇者に選ばれた者が村と恋人を守るために魔王を倒しに行くというストーリー、コマンド式のバトル、その内容はオーソドックスだったけれど、そのオーソドックスさが逆に好きだった。


 サクサクと進む難易度だったこともあり、一週間もしない間に魔王との戦いまで進んでいた。


その日、僕がゲームしているところを、ほがらかは満面の笑みを浮かべながら見ていた。いつもは、不貞腐れてゲームをやる僕の邪魔ばかりするけど、今日は好物のプリンを食べているおかげか、ご機嫌なようだった。

 僕としては早く帰って欲しかったけど、そんなことを言ったら静観にゲームをやれるこのバランスが崩れると思って、特に話しかけるでもなく、ほがらかの言葉に相槌を打ちながら、ゲームを続けていた。


バナナ!

ゆうきはバナナのじゅもんをとなえた。

マオウ・パルプフィクションに156のダメージをあたえた。

マオウ・パルプフィクションはすべって、こうげきができない。


 どうしますか?


 たたかう。

 マオウ・パルプフィクションはゆうきのこうげきをかわした。

 マオウ・パルプフィクションはヒバシラをはなった。

 ゆうきは56のダメージをうけた。


 どうしますか?


――なんで、いつも一人でゲームするの?


 ほがらかの言葉に、僕は適当に相槌をうった。


テレビから会心の一撃のダメージを受けた音が鳴る。

ゆうきの残りヒットポイントが僅かになっていた。


やられた! そう思った次の戦闘で、やさしい歌――ピンチになると稀に発生する回復の歌――が流れた。


ゆうきのHPが200回復した、と表示される。


よし! 最高のタイミングで流れたことに、自然と声を出していた。


どうしますか?


と画面に表示されている。


どうしますか?


ゆうきはふと感じた――この戦いはもう終わる、と。


 魔王の息遣いとの同調を意図的に外し、ゆうきは剣を振り下ろす。魔王は身をひねり避け、両手を自身の前に構え、魔法を唱える。

 両手から発せられた赤黒い火柱が、ゆうきを襲う。ゆうきはそれを受けながらも、怯むことなく、なおも魔王に襲い掛かる。

 魔王は襲い掛かる剣を避けながら、暗闇さえも包み込むような漆黒の球体を、その世界に呼び込む――願う、世界の終わりを。


「カオスよ、発動しろ! そして人間どもを滅ぼせ!」

「そんなことはさせない!」

 ゆうきの剣が、詠唱を続ける魔王の体を貫く。顔を歪め、膝をつく魔王。ただ、その手は己に突き刺さる剣を力強く掴んでいた。


 漆黒の球体は空間に重みを持たせていく。


 魔王は己に刺さる剣を引き抜き、ゆうきとの距離を保とうとするが、ゆうきの「バナナ」という声に、その場に滑って倒れる。

 漆黒の球体カオスが、魔王の手から転がる。


 漆黒の球体カオスが転がっている。


 どうしますか?


 勇気は“拾う”“拾わない”の選択を迫られていた。


 ひろう? ひろわない?


 拾う? 拾わない?


 どうしますか?


 どうしますか?


 ゆうきは“ひろう”を選択した。


 ゆうきはカオスをてにいれた。


「聞いてるの!?」


 ほがらかの言葉に、ハッと我に返った。

 いつのまにか、ほがらかが横に座っていた。

 それに気づかないほど、ゲームにのめりこんでしまっていたようだ。

 ほがらかはつまらなそうな表情を浮かべていた。

手元にあった10個のプリンは、いつの間にかなくなっていた。


僕は自分を落ち着かせえるように、一息いれた。


「聞いてなかったでしょ!?」

 ほがらかは激しい剣幕を見せている。

「……イヤなら帰っていいよ」

 僕の言葉に、ほがらかは黙った。

 でも、いくら突き放しても、効果がないことは分かっていた。

 僕はまたゲームに目を向けた。

「浮気してやる!」

 ほがらかは、拗ねるように言った。

「浮気もなにも付き合ってないし」

「え!? ……冗談でしょ? 私たちとってもラブプリンじゃない」

 ほがらかに突きつけた事実に対して、得体の知れない言葉が僕を襲った。

 言葉の攻撃力は、ほがらかの方が圧倒していた。

「……ラブプリンってなんだよ」

「私と勇気みたいな関係♪」

「……どろどろってことか」

「どうしてプリンがどろどろなのよ! プリンプリンしてるからプリンなんでしょ!」


 プリンプリンってどんな関係だよ……。

自然とため息をもらしていた。


「なによ、そのため息!」

「……どろどろだろうが、プリンプリンだろうが、ラブプリンって意味はわからない」

「……わからないの?」

 わかるわけないだろ……。

「……そういうのめんどくさいから嫌なんだ」

 その言葉に、ほがらかが目を潤ませるのが分かったけど、僕はそれを無視した。


 どうしますか? という画面の質問に、僕は必殺技を選んだ。そう、これで終わり、だ、魔王。


「星に変わっておしおきだ、魔王!」

 ゆうきは剣を天に向かい掲げる。

「上を指して見上げれば、こんなに暗い空の中、瞬く星のささやきも、闇をてらすやさしさも!」

「どこまでも邪魔なやつめ!」

 魔王の叫びと共に放たれた炎がゆうきを襲う。

 火柱に包まれるゆうきであったが、それに動じる事はなかった。

 火柱の中で天に掲げた剣は、煌々と輝いていた。

「スターダストレビュー!」

 振り下ろした剣から放たれた閃光が、魔王を包み込み、そしてその体を光の空間に溶かし始める。

 断末魔を伴った魔王の抵抗も、光の力の前に次第に弱まり、その体がかすれていく。

 空間を包んでいた闇の気配も徐々に薄れていく。


 ホタルは長い戦いの終わりを察したのか、安堵の表情を浮かべ、白銀に輝く剣を静かに収める。


 これであいつと会える……。


 が、再びホタルの表情は険しくなる。魔王は溶けていく体を宙に浮かし、見開いた目でホタルを見つめていた。真っ赤な口は大きく開き、静かに笑っていた。

「……私は消えぬよ」

 ホタルは、魔王の体から異様な力が溢れだしているのに気付いた。


「その体、頂くぞ!」


 魔王の体から噴き出した大きな闇がホタルに襲い掛かる。

 ホタルは咄嗟に剣に手をかけた……。


 と、真っ暗になったテレビ画面が目に飛び込んだ。


 魔王との決着がつく瞬間に、異世界いや元の世界が突然入り込んだのだ。


 勇気は、今しがた自分に起こった出来事に、混迷していた。


何が起きたんだ?

今、確かに戦っていたような……


……戦っていた?


そんなわけない、僕はゲームをしていただけだ。


でも、息遣いとか、炎に包まれた熱さとか……


両手を見た。いつもと変わらない手だ。手をぎゅっと握る。


そう、この手で剣を持っていた。


ついさっきまで魔王を追い詰めていたことに、少しばかり興奮を覚える。


……あの後、どうなったんだろう。


それに、ホタルって?


僕はいろんなことを頭に思い浮かべながら、辺りを見回した。


そこにはいつもの部屋が広がっていた。


横には、うつむくほがらかがいる。


ほがらかがうつむく先に目を向けると、ファミコンの電源ボタンに乗せられた右手人差し指があった。


その光景に、もっと大事なことがあることを徐々に思い出していた。

僕は理解した――ほがらかが電源を消したのだと。


「エンディング間近だったのに、何するんだよ!」


 ほがらかを攻めたが、顔を上げたほがらかの修羅の表情に、逆に身震いしてしまった。


「勇気なんて、ずっとそうやってゲームをしていればいいんだわ! そのうちゲームが恋人になって、誰も構ってくれなくなればいいのよ!」

 ほがらかの口から怒涛の如くプリンが襲ってくる。僕はそれを寸でのところでかわしていく。

「そうなりたいね、プリン飛ばすな!」

「なんでそんなこと言うのよ! 私といっしょにいたくないの!?」

「ひとりでいたい!」

 ほがらかの潤んだ目から、ぼとぼとと涙が溢れ出した。


 僕は泣いているほがらかに背を向けた。


――泣くなら近づかなければいいのに。


 カチッとファミコンの電源を入れた。

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