前向きな自分を好きになろう
中村は茜を尊敬してます。
井川はそんな中村をずっと見てた模様。
「中村それ終わったら安藤手伝ってやって」
「いいっすよ。茜さん、そのファイルも自分やっときます」
大量のファイルを抱えた先輩にフォローを入れる。
茜さんは自分を追い込みすぎる。まあ、できる人だから仕方ないけど。
そんなできる先輩に育てられた自分もできる女でありたい、茜さんに頼られる後輩になりたい。というのは恥ずかしいから誰にも言わないけど。
努力はしようと思う、中村葵衣25才。
「そう? 大丈夫? 中村仕事早いけど無理しないでよまわりに振ってね」
「それは茜さんでしょ。ほらほら、ハネムーンの打ち合わせ行くのに残業できないでしょ? 早く早く」
「っ! 中村!!」
茜さんは破局の修羅場をくぐり抜けてようやく籍を入れた。
来月には式を挙げてハネムーンに行く。
正直あのバカ真鍋に茜さんはもったいないがーー修羅場の現場で真鍋を殴った自分偉い。後悔などないし奴を祝う気などさらさらないーー茜さんが幸せなら仕方ない。
またなにかやりやがったら今度こそ呪う。モゲロ。
「そ、そういう中村は? 彼氏と長いじゃない」
ものすごいスピードでキーボードを叩きながらーー動揺しようが、仕事に支障はきたさない。さすがっすーー茜さんは無意識に地雷を踏み抜いた。
「あー、奴とはないですね」
高校から付き合ってた彼氏は就職戦線に敗れフリーターになった。
倦怠期を飛び越えて古女房のような扱い、もしくは空気。彼氏のアパートで家事をするのがあたりまえになり、感謝も関心もしてもらえなくなった。
自分はそんなに優しい女ではない。現状を奴に突き付け別れを切り出した。
返事はどうでもいい。自分にとっては決定事項。変更はないありえない。
「中村、眉間にシワ」
優しい声に現実に戻る。
「明日飲み行く?」
「いいんすか?」
「これ片付いたらね」
俄然やる気出ました。ありがとうございます、茜さん優しすぎ。
「すみません」
聞きなれない声に入口を見た。棚で作られたカウンターに男性社員が立ってた。
「なにか?」
ここは総務課だ。雑用も含めれば一番他の課と接触がある。
「企画部開発課の井川です。A4のコピー用紙きれまして」
「ああ、はい。お待ちください」
「ごめん中村こっちもきらしてる」
確認してくれてた茜さんはすぐにも倉庫に行く準備を始める。誰だ補充しなかったの!
「茜さんは仕事してください。自分行きますから」
茜さんからカギを取り上げて主任を睨んだ。慌てた主任が腰かけ女子に仕事を割り振るのを確認して、企画部開発課の誰だっけ、に声をかけた。
「すみません、すぐに届けますので」
「あ、一緒に行くよ? 大変でしょ」
「ありがとうございます」
お人好しだな、よしありがたく使わせてもらおう。
エレベーターに台車ごと乗り込む。
総務課倉庫は地下一階にある。事務用品の在庫を置いておくその部屋は棚だらけ。ま、サボってる人がいてもわからないくらい人の出入りは少ない。
少ないけどっ!
「……あっ……ん」
これは予想外だし対処に困る。
井川さんと(ネームを確認した)そうっとのぞき込む。
う、わぁ……からまってるよ。
スーツの男と制服姿の女、あれは経理の制服だな。あれか、噂があったぞ。腰かけハンター共が企画部に狙いをつけたと。
営業課は有沢主任といいバカ真鍋といい、イケメンはすでに売れてる。企画部は金澤さんが結婚したのを知って受付嬢が倒れたらしいが、まだ独身が多い。
てか、うちの会社顔で採用か? イケメン多すぎないかアサギコーポレーション。
「あ~……高梨?」
……空気読めないのか井川さんや。話しかけてどうする!! お互いに困るだろうが!!
「え!?」
「きゃあぁ!?」
ほらみろ。知ーらない。
男は企画部開発課だったらしい。井川さんの後輩らしい。見たからにはと話をつけに行っていた井川さんは、大雑把に説明してくれた。
「ま、見込みないなとは思ってたけどまさかあんなことしてたとはねー」
「見込みないんすか」
「うん。ないな。金澤が匙投げたから」
「金澤さんが基準ですか」
「あいつ面倒見いいからなぁ。ま、次なんかする前に桂木主任に報告しとくから」
「お任せします」
「ありがとう。中村さんみたいな優秀なのうちにも欲しいよ」
長野くれないかなぁ。くれません行きません。
「茜さんに育てられましたから、総務しかできないすよ」
「総務課で優秀ならどこでも大丈夫じゃない? あんな腰かけ女子よりさ」
「自分も腰かけかもしれないすよ?」
「中村さんは違うっしょ。仕事ちゃんとしてるし、回りもよく見てるし? さっきだって長野の仕事他の奴らに振り分けるように主任に圧力かけてたろ」
……ばれてましたか。
「茜さんは仕事しすぎなんすよ。式の打ち合わせで忙しいんだから腰かけ共にやらせればいいのに」
「長野好きなんだな。中村さんだろ?
営業課の真鍋ぶん殴ったのって」
「そうっすよ。隠してませんし、真鍋嫌いですし。茜さんの想い人でなきゃ闇討ちしてますね」
それくらい茜さんは大事です。たとえ自分の右手がしばらく使い物にならなかったとしても。あの痛みより茜さんはもっと痛かった。
入社して右も左もわけわかんない小娘を親切かつ丁寧に指導してくれた。怒りたい時も絶対あったはずなのに、茜さんは怒らなかった。
茜さんのおかげで今の自分がある。
だからあんな優しい人は幸せにならないとダメ。
「あははは! いいねぇ」
笑って髪をかきあげた井川さんは切れ長の眼を細めて顔を近づけた。ん? この人もイケメンゾーンの人か?
「やっぱ中村さんいいわ。俺とつき合って?」
「……は? どこに?」
どこからそんな話になったんだ?
「俺諦め悪いから諦めて? とりあえず今日飯行こうか」
いや、それ自分が諦めるべきじゃね? なぜこっちが折れなきゃならん。
「逃げたら追うよ?」
……パブロフの犬か。子供じゃあるまいし。
「大丈夫、興味あるのしか追わないから」
「心ん中読むのやめてくださいよ」
「中村さん顔にでてるから」
なんと。無表情と名高い自分が? ありえん。
「葵衣ちゃんて呼ぶか……呼び捨ては有?」
「人の話聞く気あります?」
「愛の告白なら」
ないだろ、するわけないだろ!
「じゃ帰りね」
コピー用紙の束を軽々抱えて井川さんはご機嫌に去っていった。
……なんだったんだ? あの人。
いるか? いやまさか。いないだろ冗談だろ。
なぜかビクビクと総務課の出入口を確認して歩き出す。主任が腰かけに仕事割り振ったおかげで残業はなかった。
茜さんは迎えにきた真鍋と帰った。……デレすぎじゃね? あのバカ。
更衣室で着替えてため息をつく。
おかしい。なんでびくついてるんだ。待ってるとは限らないし行くとも返事はしてないのに。
でもあの眼。笑ってたけど眼だけは違った。なんか獲物をロックオンした獣みたいな……ヤバそうな感じ。
エレベーターで一階ホールにつくと、とりあえずまわりを見た。
「……」
いない。
よし、帰ろう。
早足で会社を出た時、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「……葵衣」
「なんでいるの」
元彼が立ってた。場違いなシャツとジーンズで。
「話がしたい」
「こっちにはない」
「葵衣」
「名前呼ぶな。もう関係ない、言いたいことは全部言った。そっちが変わらないのはあたしのせいじゃないし、あたしは家政婦じゃない」
全然わかってないのかこいつ。そんなカッコでこんなとこにいるのがどんだけ目立つと思うんだ。
「葵衣、帰ろう」
「っ!? はなっ」
腕に伸びた手を振り払った時、あたしの身体は誰かに後ろから抱き抱えられた。
「お待たせー。って、誰?」
「っ井川さ」
「葵衣、こいつ誰?」
なんか、変な雲行きだなこれ。
「とりあえず、場所変えよ?」
正論です、井川さん。
会社正面玄関前で修羅場? をみんなに見られたあたし達は、近くのカフェに来た。
井川さんのチョイスしたここは丸テーブルで、座る位置で揉めずにすんでホッとした。
こ れもふまえてのチョイスだったんだろう。店員さんに言って奥にしてもらったし。
「さて、と」
飲み物が来てしばらく邪魔は入らなくなったところで、井川さんが口を開いた。
「で? 葵衣、彼はどなた?」
大人な対応っすね井川さん。意外です慣れてますかそうですよねイケメンエリアっすもんね。
「葵衣、勘違いだよそれ。大人だけどね」
だからなんでわかるんですか心読まないでくださいよ。
「その人は元彼です。2か月前別れました」
素直に答える。事実っす。未練はないしヨリ戻す気もない。
「っ別れてない!」
「別れた。大体部屋に違う女連れ込んだ時点で終わってたんだし」
「あー、不貞ってやつね」
「プラス家政婦扱い、そしてただの空気。甘んじて受け入れる女じゃないっす」
あー、でもなんで井川さんにベラベラしゃべってるんだ? あたし。
井川さんはうんうんと相づちを打ってる。
「葵衣、そいつは誰だよ」
年上に対する礼儀がなってないな、お前。
「井川翔です。初めまして?」
「井川さん名刺はいいっすよ」
「そう?」
仕事じゃないんだからさ。
「あんた葵衣のなんなの?」
「恋人かな」
「は? いつから」
「今日から」
今日初めて話したからなぁ。
「いや? 今日初めてじゃないよ? 葵衣が覚えてないだけで何回も会話してる」
「え? マジっすか」
「うん、マジ。長野に紹介頼んだんだけどさ、彼氏いるって断られた」
茜さんには別れたの言ってなかったし。
「まあ、待つのも悪くなかったんだけどさ。年的に結婚も意識するわけで」
で、アレですか。
「これでも勇気出して頑張ったんだけどなぁ」
子供ですか。
「大人ですよ? だから諦めてって言ったでしょ……そういうことだから君も諦めて?」
最後は元彼に向けて言う。あ、そういやいたな、まだ。
「葵衣の気持ちはもう君にはないし、俺はこれから前向きに進む葵衣に葵衣自身を好きになってほしい。そしてそんな葵衣の隣で葵衣を愛したい」
…………ヤバイ。この人マジでなんつーこと言うんだ。
あたしは赤くなるし元彼は呆然とするし井川さんは穏やかに笑ってるし。
「っ葵衣はこんな奴がいいのかよ!? 俺より……俺のことはもう好きじゃないのか!?」
てか、井川さんを井川さんだと認識したのは今日が初だっつうの。
でも、まぁ、嫌いじゃないのが不思議。好きかって言われればまだわかんないけど、イヤじゃないのはなんでだ。
「もし、あんたが本気でヨリ戻すつもりがあったのなら、そのカッコでは来ないと思う」
「ああ、オフィス街にそれは目立つよね」
「せめてスーツで、就職決まったとか就活始めたとか言われれば、心も動いたかもしれないけど、その気ないっしょ?」
あんたはただ、惰性であたしを取り戻しに来ただけ。距離と時間を開けてほとぼりが覚めた頃を見計らっただけ。
迎えに来てやったんだぞ、って上からね。
「もう好きとかじゃなくて。いるのが当たり前なんてのは誉め言葉じゃないし、空気も然り。あんたは、空気のあたしは当たり前に自分の側にあるもんだと思い込んでる。じゃなきゃあんなことしない」
「葵衣……」
そうだよ。家政婦とか空気とかにだけ怒ったんじゃない。
なにやってもあたしは側にいるって思ってることにこそ腹が立ったんだ。
「だから、ヨリ戻すのはあり得ない」
「井川さん、今日はすみませんでした」
あれから、ガックリと肩を落とした元彼を置いて井川さんとご飯に来た。
居酒屋しか空いてない時間になってたけど、静かな場所よりはいい。
「気にしない気にしない。むしろ俺がいる時でよかったよ。生ひとつ」
ビールのグラスをあけてお代わりをもらった井川さんはやっぱり穏やかに笑う。
あたしはちびちびとカシスオレンジを飲みながら、沈んでく気分をなんとかこらえてた。
「飲め飲め、今日は飲んどけ。で明日からまた前向けばいい」
くしゃくしゃと頭を撫でて、井川さんは笑った。
あ、今のはいい笑顔だ。
「でもあたしあんま飲めないし」
「ん? ちゃんと送ってくよ。狼になりたいけど今日はやめとくし」
「今日は?」
「今日は」
なんだかなぁ。
あたしより大人なのに子供みたいな……落ち着くのにドキッとするっていうか。
なんかいつのまにか外堀埋められそうな気もしなくもないし。
なんなんだ? この人。
「葵衣が好きなだけのただの男だよ。まあ、手に入れるためには手段は選ばないかもだけど」
「だから人の心読むなと……いや、手段は選ぼうよ!?」
あ、敬語すっぱぬけた。
「敬語いらないよ」
だからなぜに。
「顔に書いてあるでしょ」
むむむ。
「わかるよ? 葵衣の言いたいこと」
いや、だから。
「うん。多分葵衣が考えるより先に答えでてるよね」
ん?
「だから、諦めてって言ったんだけど?」
え?
「幸せになろうね? 二人で」
あ、詰んだ。
余談ながら、この一年後あたし達は結婚し、さらにその一年後双子に恵まれることになる。
好きになってたの気づかないなんて、どんだけだよあたし。
「大丈夫。葵衣の言いたいことは俺にだけ分かればいいんだから」
……です。
やっとでてきた会社名(笑)
そしてイケメン多すぎないかアサギコーポレーション
男共の押しの強さと来たら……。




