あえて言おう。どうしてこうなった! ーー文香
文香さん編完結です。
「……てか、どうしてこうなった」
お昼のピラフをつつきながら呟く。揚げたてエビフライについてるタルタルソースが絶品なのよね。至福だわ。
目の前で蕎麦をすする永峰は突然の発言に首をかしげた。
どうして私は麻木コーポレーションの社員食堂で彼を前にお昼ご飯を食べているのかしら。しかも社員IDを身につけて!
いや、社食に罪はないわ。美味しいもの。また食べれるなんて思ってなかったから嬉しいし。でもね。
「私辞めたはずなんだけど」
「……受理されてない」
なんですと?
あれから、それこそ有無を言わさず、私は彼の家に連れ込まれた。
問答無用で貪られーー避妊は男の義務って昔聞いたんだけど!? 今までこんなことなかったのに!! しかも何度も!ーー抱き潰された翌日、ぴらりと目の前にボールペンと一緒に置かれたのは、茶色いペラペラの紙で。
なんなのなにがしたいのいまさらなんだって言うの、と回らない頭は、夫になる人の欄が記入済なことだけは理解した。
てか、どゆこと?
「昨日言っただろう。年内に婚約、年明け結婚と」
聞いた、けど。いや、聞いただけで言われてない。大体プロポーズもなしに婚姻届にサインする女がどこにいるの。
「……それは、彼女との話でしょう。私は聞いてない」
そもそも、腰が痛くて身体を起こせない私は、ダルさのあまりベッドに横になったままだ。こんな格好でする話なのかしら。
私を思うがままに貪った男は、スウェットにシャツをはおっただけの、割れた腹筋を見せつけて垂れ流した色気を回収しようともしないで私の前にいる。
「言う前にいなくなっただろう」
「私のせいじゃないと思うけど」
この一年間ろくに顔を合わせなかったのは私のせいじゃないし、あのお騒がせ姪っ子の件は自業自得だろうし。
別れを決意させるほど私に無関心だったのは自分じゃないの。
「サインを」
「嫌です」
「文香」
「帰りたいので服返してください」
「断る」
「じゃあシーツ巻いて帰ります」
「だめだ」
「……いい加減にしてもらえる」
いくら全てを諦めた私でも、怒りを抑えるのに限界があるのよ。
「私は言うことは言ったわ。あなたは私になにも言わなかった。あれは当然の結果なの。言わなくてもわかるだろうなんて言葉は、その前にさんざん会話をしたからこその発言なわけ。この一年間人をスルーし続けた人が言える言葉じゃないの。愛想がつきるのに十分な時間と態度に決断しない女がいるとでも? ひたすら待てと? どの面下げて言うつもり? ……ふざけないでほしいわね」
どれだけ私を都合のいい女扱いするつもりなのか。
気合いで腰を立たせると、シーツを身体に巻きつけた。久し振りに入った永峰の寝室に、私の服は見当たらない。昨日どこで脱がされたんだっけ、と記憶をたどりながら部屋を出る。
相変わらずの白と黒の部屋は、モデルルームのごとく物が少ない。
そのキレイな部屋に落ちてる私のスーツやら下着は、とてつもない違和感を覚えるもので。
その違和感がそのまま私達の距離なのかもしれないな、と思う。
ぼんやり、点々と落ちてる服を見ていると、後ろに気配を感じた。
「……あなたがなにを思ってたのか、私にはわからなかった。すれ違いもあそこまできたら自然消滅を狙ってるんだと
思うものよ。だから、あなたは彼女を選んだんだと、そう思った」
言われなきゃわからないわ。言われないから、勝手に想像したのよ。会話も、一緒の食事もなくなって、このキレイな部屋に一人でいるのに耐えられなくなるまで、私は待ったわ。それでもあなたはなにも言わないから、終わりを決めたのに。
「今さら、話なんて私にはないのに」
なんだっていうの。
「文香」
永峰は私の前に膝まづいた。
「すまなかった。今さらだが、もう遅いかもしれないが、でも言わせてくれ。すまない、それでも君を愛してる。愛してるんだ、文香」
ほんとに、今さらで遅いのに、ね。
「彼女がやっていたことにも気づけなかった愚か者だが、あの件はきちんとケリをつける。俺は文香以外の女と結婚するつもりはない。最初から、ずっとそう思って根回しをしていた」
根回し?
「いや、だから出張から帰ったら落ち着いてプロポーズができるはずたったんだ」
「……できたでしょう、彼女に」
「文香。あの女の醜い策略に嵌められた俺は、帰ってお前がいない部屋に愕然としたよ。あの女は当然のようにそばによろうとするし、そこで初めて噂を聞いた。お前を探しながら、落とし前をつける所を探ってた」
……久々によくしゃべるわね。
「そもそも、あの女があの噂に便乗しなければ、ここまで話はこじれなかったんだ」
……ん?
「まあいい。まどろっこしいことはやめだ。ようはイエスと言わせればいいんだろう?」
……なんか、あくどい顔であくどいこと言ってる気がする上に、なんで私を横抱きにして寝室に戻っていくのかがわからないんだけど。
「イエスと言えばやめる。手加減はなくていいよな?」
「は? え?」
なんの話か、と問う前に押し倒された。
そしてさんざん啼かされて泣かされてイエスと言わされた。そのまま婚姻届にサインをさせられ、また抱き潰された。……私の未来が見えたような気がしたけど、気のせいだと思いたい。
「受理されてない、ってどゆこと?」
フォークを永峰に向ける。お行儀が悪いが、今はスルーで。
今朝会社に行く前に役所に行って婚姻届を提出ーー出す出さないで一悶着あった、当然のことだけどーーしたから、私も永峰なんだけど、かなり癪だから言わないし呼ばない。
「お前の辞表は部長の懐にずっとあったからだ、な」
なんと。
「え、じゃあ今までの間は欠勤?」
「溜まりにたまった有給と傷病休暇」
「…………通りで部長がにこやかに見送ってくれたわけだ」
やられたわ。呟くと、お茶をすすった永峰がこっちを見た。
「あの女よりお前を選んだってことだろ」
部長はどうやら、あの姪っ子ちゃんがやらかしてることに早々に気づいていたらしい。
社長に報告ついでに永峰にお仕置きと言う名のカツを入れてくださった部長は、どうせなら一石二鳥さらに三鳥を狙い専務を泳がせるために、私の辞表を預り影でこっそり暗躍していたようだ。
さすがあの若さで部長やってるだけのことはある。
「あの女は、社長経由で田崎の副社長に頼んで嫁ぎ先探してもらったから。かなりな条件つけたのにどんぴしゃな相手紹介してくれてな」
嫁ぎ先? まさかそれが罰だとでも?
私の視線で言いたいことがわかったのか、永峰はニヤリと笑った。
「チビデブハゲの三重苦に童貞こじらせた性的オタクな顔面凶器のアラフォー男。お前を貶めた女にはお似合いの縁談だろう?」
チビで? デブでハゲで。顔面凶器の? 性的オタクってなに? ……う、想像だけで気持ち悪。
前言撤回。かなりの罰だわそれ。イケメン好きな20代になにその地獄。死なせたいの?
「同情はいらないぞ。お前だって似たような目に合うとこだったんだから」
「……どゆこと?」
「お前があっさり消えたから話だけで終わったようだが、どこぞの後妻として嫁がせようとしていたらしい」
「うわ、余計なお世話」
「外堀にお前も入ってたんだろう」
なんていうか、一人の惚れた男を手に入れるためにそこまでやる彼女がわからない。そうまでしてフラれることは考えなかったのか。そして結末はバッドエンドだなんて、泣くになけないわ。私じゃないけど。
「社長からはあいつらから慰謝料ふんだくるから、希望金額言うようにと。もちろん、社内には専務含む奴らの悪事は筒抜けだし、俺達の入籍も社内ニュースで流してある」
慰謝料って言われてもよくわからないし、なんだか私の方が外堀埋められてる気がする。
「部屋は早めに引き払おう。で、うちの部屋をお前の好きに模様替えしよう。文香がそこで料理して、なるべく早く帰る俺と一緒に食べよう」
とろけそうな笑顔で語る永峰に、やっぱり丸め込まれた気がするけど、毒気を抜かれる幸せそうな彼を前に、まぁいいか、なんて。
ああ、流されてる。
あえて言おう。
どうしてこうなったーー!!
ヘタレなのか腹黒なのか永峰……。
そして田崎の副社長はムーンさんの某腹黒さんな弟の方です(笑)




