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Endless.wonder  作者: 桜月


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10/16

同棲解消から始まる恋に戸惑ってますーー文香

長くなったので分けました。続きはなるはやで。はい。

「永峰さんが好きです」

 給湯室から聞こえた声に足が止まった。

 私の目的地からする声は後輩のもの。告白された相手は3つ上の係長。どうやら肉食女子にロックオンされたらしい。

「悪いけど」

「永峰さんが好きです」

「いや、わ」

「彼女いないんですよね? 私尽くしますよ? だから今夜食事行きましょう。待ってますから」

「行けないから」

「待ってますから」

 断りきれずに押されてる上司の困惑と迷惑そうな声音に、私はヒールの音を響かせて給湯室に入った。

「あら、サボりですか?」

 明るく問いかけると、驚いた顔で見られた。

「待ってますから」

 係長にささやいて、返事を待たずに出ていく後輩のやり口に呆れればいいのか関心すればいいのか。あら素敵。

「滝野、あれは」

「彼女、噛みつき亀よりしつこいですよ」

 カップを洗いながらだから、視線は合わない。

「永峰係長、彼女いらっしゃらないから断る理由もないですしね」

「滝野」

「失礼します」

 係長の脇をすり抜けながら、そろそろ潮時なのかなとぼんやり思った。



 私と彼がつき合って4年になる。2年前からは同棲していた。

 もう4年だ。私は来月27歳になる。

 潮時だと思ったのは誕生日がくるからかもしれない。ここ2年、祝ってももらえない誕生日が。

 いつからだろう。一緒に食事をしなくなったのは。

 いつからだろう。デートらしいお出かけをしなくなったのは。

 いつからだろう。顔を合わせることすらない。

 そんなので、本当につき合ってると言えるんだろうか。

 最初は作っていた食事を作らなくなったのすら、いつだったか記憶にない。

 同棲じゃないな、これは。同居だ、もしくはシェア。

 だから、この部屋を出て行く。そして別れよう。

 そう決めるまで半年近くかかった私は、今日ようやく動き出した。




 無機質な着信音が響く。ベランダにいた私は一回目をスルーした。

 街の光が明るすぎて空にある星が見えない。光害って確かに迷惑。

 長く震えていたスマホは、二回目の呼び出しを知らせている。

 ベランダから部屋に戻った私は、スライドした指で拒否を選ぶ。

 ぷつ、と途切れるそれは、すぐさま同じ人からの呼び出しを震えて主張した。

「出なきゃだめか……」

 できるならこのまま切れてもうかけるのを諦めて欲しい。無理だろうけど。

「はい」

『今どこだ』

 低い声に怒りが混じってるのを知る。久しぶりの会話だと言うのに、甘さの欠片もない。

「部屋?」

『誰の』

「私の?」

 おかしくないかな。問いかけてる方からのクエスチョンはなくて、なぜ私の方が疑問系なのか。

『……言い方が悪いのか。お前は今どこにいる』

「私の部屋」

『…………』

 間違ってはない。私の部屋だ。

 大きなため息が聞こえた。

『お前の部屋にお前はいないんだが』

「いないだろうねぇ」

 いたら私もびっくりだ。

『…………どういうことだ』

「…………そういうこと?」

 いつまでもはぐらかしてはいられないんだけど。わかってるけど。

『………………』

「つまり、あなたの部屋から引っ越しました。鍵はテーブルの上に置いといたし、もらったものも全部一緒に置いておきました」

『なぜ』

「私はもう、あの広い部屋に一人ではいたくない」

 二人でも広いあの部屋は、私の趣味は一切入ってない。彼が住む部屋に私が連れ込まれたからだ。そしてなし崩しに同棲。うわ、住み辛いはずだわ。

『……わかっていると思うが』

「そうね、お仕事忙しいんですよね。けど、つき合って2年。同棲して2年。4年の間に一緒にいたの一年もあった?」

 黙ったね。考えなくてもわかるでしょう。私はあの部屋であなたの顔を見たの、もう一年くらい前だと認識してるけど?

「あれは同棲とは言わないよね。たんなるシェア、ただの同居。私は一部屋間借りしてただけ」

『…………たき』

「ねえ、知ってる?」

 話しかけたのを遮って、私は問いかけた。

「専務の姪の彼女、永峰係長とつき合ってるんだって」

『……は?』

「今年中には婚約するそうよ? 式はジューンブライドがいいそうで」

『なにを』

「今回の海外出張も、プライベート込みでついてきて欲しいって言われたそうで、婚前旅行だって会社中の噂。……私はおめでとうと言わなきゃいけないの? ねぇ……永峰係長?」

 部屋で逢う時間より回数より、間違いなく会社で会う方が多い。なんの関係もない上司と部下として。

文香(ふみか)

「潮時だと思うわけよ。彼女からはさりげなく釘をさされたし?」

『……それをお前は信じたのか、文香』

「それ以前の問題じゃない?」

 そう、そんなのは問題じゃない。

「今回のはただのきっかけ。遊馬さん……別れましょう、いや別れます」

『……文香、今どこにいる』

「もう逢いませんから、言う必要はありません。あと名前で呼ばないでください」

 ほんとなら電話でこんな話するべきじゃない。でも、会ったら話なんて聞いてもらえない。またあの部屋に逆戻りになる。

『文香』

「係長、私27歳になったんですよ」

『…………』

 潮時と思った日から4ヶ月。誕生日がきてから3ヶ月。あなたにはどうでもいいことなんだろうね。

「昔描いた未来図なら、もうとっくに子供がいる歳になったんです」

 入社して、好きになって。不釣り合いだと諦めて。なのにあなたは自分のやりたいように私をあの部屋に住まわせただけで放置。それは20代を無駄に過ごしたと言えるかもしれないことで。たとえそんな風に思っていないとしても。

「係長が望んでないのは知ってます。でも私は晩婚も高齢出産も嫌なんです。好きな人に好かれたい、愛する人の子供が欲しい。それは、望んではいけないことですか?」

 最後の方の声がかすれた。

 泣くな。堪えろ。気づかせるな。

 泣いてすがるような無様なことはしたくない。それで、じゃあしよう、とか言う言葉も望んでない。

「私達は、一緒にいても同じものを同じようには見れないのよ。たとえ、違う場所から見る月が同じ光だとしても、私とあなたでは感じかたがちがうのだから」

『ふみ……』

「……もう、連絡しないでください」

『文香』

「さよなら」

『文香!』

 通話を切ると、電源も落とした。

 これでいい。やっと、終われる。やっと……泣ける。

「……っ、ふ」

 壊れた涙腺から溢れた涙はしばらく止まりそうにもない。止めるつもりもないけど、自分でもどうかと思ってしまう程の量に、なぜだか笑みがこぼれた。

 あの人を想ってた分を流してしまわないと、先には進めない気がした。

 好きだった。私は。

 愛してた。私だけが。

 こんな風になるのなら最初からなかったことに、とは今でも思わない。

 あの人を想ってた心を否定したくはない。彼の心が私を想ってなくても。


 私は確かに彼を愛してたのだから。




 あれだけ泣いても、朝はまたくる。

 くるけど、起きれなかった。寝不足に水分不足に目は真っ赤にお岩さん。たんに泣きすぎだけど。

 会社に行かなくていいだけましだろう。時間に余裕があるから。稼ぎはなくなるけど。

 会社は昨日付けで辞めた。今日みんなに報告されるだろう。口止めに応じてくれた部長には感謝です。

 スマホは電源を落としたままだ。早いとこショップに行って番号変えるか解約してこないと。あと職探し。

「……明日にしよう」

 さすがにこの顔で外出は恥ずかしいものがある。

 瞼の腫れがひいて、普通に化粧できるようになって。普通の日常が戻ってくるように、きっとこの想いも空に溶けていくようになくなるまで。


 この想いは私のもの。



永峰のヘタレ! これにつきるな、と。

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