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Endless.wonder  作者: 桜月


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1/16

オニかアクマか溺甘かーー旦那さんができました。

恋愛すっ飛ばしてある日突然結婚とか。


結婚決まってからのケンカとか。


オフィスラブとか。


色々な愛の形があっていい。


ああ。とか。うんうん。とか。


思ってくれたらこれ幸い。


 この世は不条理だ。

 簡単にことが運ぶ人もいればそうでない人もいる。

 あたしって言えば、世の中間違いだらけだと思う。

 短大を卒業する前から始まった就職活動は、なぜか終わりを知らず、夏が近づいても先が見えない恐怖と闘う日々になりつつあるし、恋愛面では何一つとしていいことはない。

 ため息のひとつもつきたくなる、小田部日色19歳。もうすぐ誕生日。

「どうしたの? ひぃちゃん、暗いわね」

 とぼとぼ商店街をあるいてたあたしを見つけて声をかけてくれたのは、40歳を越えてなおキレイな隣のおばさん、美魔女なりつママだった。

「もしかして、まだ決まらないの?」

 化粧品のセールスレディ(営業成績トップクラス)であるりつママは、スーツで大根を持ってた。なんてアンバランスなのに、それでもステキ。

 同じ女なのにこうも違うと、憎たらしい気持ちなんて持てないよね。

「……言わないで」

「重症ねぇ」

「も、今日はお惣菜買って帰る。作る気しない」

「……ねぇ、ひぃちゃん? ウチにいらっしゃいよ」

「ありがたいけどやめとく~。りつパパのテンションに今日は付き合えないし」

「そうじゃなくて」

 ん? 違うの。

「ウチにお嫁にいらっしゃいよってこと。えぇと永久就職? ってやつ」

 ほえ?

 ぽん、と手を叩くりつママをあたしはきょとんと見つめた。

「ヤだなぁ、りつママのお嫁さんになんてなれるわけないじゃん」

 あははは。ぱたぱたと手を振って笑うあたしの背中をバシバシ叩いてりつママも笑う。

「いやぁね! あたしじゃないわよぅ? ウチの律よ律、律斗!」

「……ほえ?」

 冗談なのか本気なのか、わからなくてあたしは固まった。


 りっちゃん、金澤律斗は6つ上の幼なじみだ。

 産まれた時から知ってる、物心つく前から覚えてるその人は、母親よりも父親よりも近い人。

 気がついたら追いかけてた。

 でも追いつけなかった。

 立ち止まって、振り向いて。そうしてちょっと困ったように笑って手を差しのべてくれないと、あたしなんてりっちゃんの眼中になんて入らない。

 6つの差は大人と子供の差で。

 二人とも大人になってしまえば気にならないことも、当時は厳しい現実で。

 そうして否応なしに、りっちゃんの目には女として映らないと自覚しても、諦められない恋心をもてあますこと10年。

 就職活動中の19歳のあたしと、サラリーマンの26歳のりっちゃんは、今ではあんまり会うこともなくて。

 久しぶりに聞いたりっちゃんの名前が、母親であるりつママからのそれだったりして。

 だから冗談なんだとあたしは笑うしかなくて。

「あら、イヤ?」

「とんでもない! ただりっちゃんの方がイヤでしょ こんな小娘となんて」

「そんなことないわよぅ! 大歓迎よ!」

 そりゃりつママはね。でもりっちゃんは違うと思う。あたしみたいなの迷惑だよ、きっと?

 かみあわない会話に疲れて、あたしは適当に話を切り上げて家に帰った。

 シャワーを浴びてベッドに入る。

 買ったお惣菜は明日の朝ごはんにしよう。

 まさか、朝一番に大事件が発生するなんて思いもしないあたしは、この時が一番平和だったんだと後で思った。



 ピポピンポーン

 間の抜けたようなインターホンの押し方には覚えがあった。

 むくっと起き上がったあたしは、時計を見て寝ぼけたまま玄関に向かう。

「はいぃ?」

「……お前、不用心すぎ」

「……りっちゃん?」

 わあ。久しぶりな顔に眠気が吹っ飛んだ。相変わらずカッコいいお顔が眉をしかめて立ってる。てか朝の6時に完璧な出勤スタイルって今日はなにかあるの?

 まじまじと見ていたあたしをスーツ姿のりっちゃんもじろじろと見る。

「どしたの? こんな朝からなにかあった?」

「ん。とりあえずハンコ持ってこい」

 うちは純和風平屋で、さすがにインターホンと水回りはリフォーム済だけど、玄関は引き戸だし昔ながらのが多い。

 部屋数は少ないけど一人暮らしには充分だし。財産として遺してくれたお祖母ちゃんに感謝だよね。

 りっちゃんを茶の間にあげてあたしはハンコを持ってくる。なんに使うの?

「てかお前確認してから玄関開けろ?」

 がさがさとカバンの中を漁りながらりっちゃんのお小言が始まる。会社でもそんな口うるさいの?

「確認したよ? あの押し方はりっちゃんだなぁって思ったらそうだったし」

「不用心だろうが。それから男の前にパジャマで出てくんな」

 ああ、そう言えば。でもパジャマっていってもTシャツにハーフパンツだし?

 てかりっちゃんお父さんみたい。怒られるから言わないけど。

「で? どしたの?」

「ん。ここにサインとハンコ」

 指定された場所にサインとハンコを押す。

「ところで、これなに?」

 茶色の字って見にくいよね。あたしのサインの隣はりっちゃんのサイン? 字キレーだねぇ。

「ん? 婚姻届」

「ふー、ん?」

 ……今さらっとなんか言った? なんて言った? なんかすごいこと言わなかった?

「婚姻届!?」

「そう。今日出してくるから」

「だ、誰と誰の?」

「おれとお前の」

 さっきからなんでそんな冷静なのりっちゃん!?

「てかなんで婚姻届!? いつの間にそんな話に」

 思わずりっちゃんの手から薄っぺらい紙を奪おうとしてみたものの、腕のリーチで勝てるはずもなく。署名捺印入りのそれは、りっちゃんのカバン中に消えた。それ本物?

「昨日うちの魔女がそう言ってただろ?」

「魔女って自分のお母さんになんて呼び名を……りつママなら昨日会ったけど、え? あれ冗談じゃ……?」

 本気? りつママ本気なの!? てかそれで婚姻届持ってくるりっちゃんも本気!? なんで!?

「とりあえず、おれこっちに引っ越すから。荷物は休みに運ぶけど今日からこっちに帰るし」

 はい?

「遅くなるときは連絡するから。あと、保険の証書とか探しとけ? 名義変更とかあるだろ。保険証はおれの扶養に入るから会社に申請するし」

「……」

 えーと。なんだろ。あたしの頭が悪いせいか話についていけないんだけど。なんなのこれ。ウソじゃないの? りっちゃんマジなの?

「やっとかないといけないのは、後で魔女がリスト持ってくるから。……日色?」

 りっちゃんにのぞきこまれて、あたしは思わず後ろにのけ反った。

「は、はい?」

 近い近いちーかーい! りっちゃんの顔があたしの視界いっぱいに広がって鼻がくっつきそうになる。

 座ったまま後ろに下がったあたしに気づいたりっちゃんは、同じだけ間を詰めた。顔が近くてあたしはまた下がる。それをりっちゃんはゼロに戻して。

「日色?」

 何度か繰り返してあたしの背中は壁に当たった。にに、逃げられない。

「あああの、りっちゃん?」

「ん? 目ぇ覚めた?」

 いや、目は覚めてるし。それよか壁に手をつかないでほしいんだけど。顔の両脇を塞がないでほしいんだけど。逃げられないんだけど?

 どどどうしたらいいの?

「……まさか、ドッキリとか思ってる?」

 ちょっと不機嫌そうに眉をよせてりっちゃんが聞いてくる。

 不謹慎にもその顔に見とれながら、あたしはコクリとうなずいた。

「エープリルフールとか?」

 コクン。それも思った。けど今6月だし。

「婚姻届もにせ物って?」

 コ、ク。目に見えて不機嫌さに拍車がかかるりっちゃんに、あたしの視線は下がっていく一方で。

「……だってりつママ言い方軽かったし、りっちゃん騙し討ちみたいに署名捺印させたし、そもそもあたしにプロポーズしたのはりっちゃんじゃない、し……」

 結婚って好きになって付き合ってプロポーズしてするものじゃないの? あたしが変なの?

 ため息をついて黙ったりっちゃんと動かない両手に、あたしは下をくぐって出ようとした。

「……ほ、えっ!?」

 瞬間視界が一転した。

 目の前のりっちゃんの後ろに天井が見える。相変わらず両脇は顔を固定していて。

「りっちゃ……」

「……確かにおれは言ってないな」

「へ? あの、りっ……!」

 大きな手が頬をなでる。ビク、と震えたあたしの唇をりっちゃんの指がなぞった。

「日色」

 耳元で呼ばれて肩が跳ねた。

「おれの嫁に来な? まあ、嫌だっつっても逃がさないけど」

 ほえぇ!?

 返事なんてする暇なくりっちゃんに唇を塞がれた。

「んぅ!? ……!!」

 なんか入ってきた! なんか口の中好きに動き回ってる!! ……舌!? これって舌ですか!?

 息っ、息苦しいし! バシバシりっちゃんの身体を叩くけど、手を押さえられてお互いの指が絡まる。

 りっちゃんの舌があたしの舌を捕まえて。吸われてぞわぞわする背中に涙が出てくる。やだこれ力抜けるし。

「~~~~~~~~!?」

 初めてなのに! 初心者にディープキスはないと思うの! なんでりっちゃん楽しそうなの!?

「……残念。時間切れ」

 ぺろりと唇をなめてりっちゃんの顔が離れた。

「……う、ぇ……?」

へにょりと力尽きてるあたしは、りっちゃんの舌が涙をなめとるのにも逆らえず。

「このまま続きしたいけど、後ろ髪引かれながら俺会社行くし」

 さっきまで駄々漏れてた色気はどこへやら。いつの間にか緩んでたネクタイを締め直してりっちゃんは立ち上がった。

「続きは夜な? 楽しみだな~」

 なにその一方的な発言。てか力入らないし動けないし!

「砕けてんなぁ。腰抜けてんだから動けないだろ。見送りはいいぞ」

「……信じらんな、い」

「ん。じゃ、行ってくる」

 ニヤリと笑って出て行くその姿は、どちらかというと鬼畜というかドSというか。

 りっちゃんそんなキャラだっけ?

 寝転がったままぼけらっと考えてたあたしは、手をにぎにぎして力が入るのを確認して起き上がった。

「~~~~~!?」

 なにこれ! Tシャツは脱げてキャミだけになってるし、キャミもめくれあがってるし、ハーフパンツは半分脱げかかってるし!

「……キスしてただけなのに、どこにそんなヒマが」

 さすが大人の男と言うべきか。いや、りっちゃんだからすごいのか。

 もそもそと身なりを直して思わず正座なんかして。だけどすぐにゴロゴロ畳を転がる。

「…………~~~~~~~~~~~~!!」

 ドッカンと頭に血が昇るのがわかる。今あたし全身真っ赤かもしれない。

 だって今のなに!? 婚姻届とかプロポーズとかききききキスとかっ!!

 だから初心者にこの仕打ちは拷問だってば!! 絶賛大パニック中ですがなにか!?

 ゼーハーゼーハー

 ……なんか疲れた。朝からヒットポイント消費しすぎなんだけど。

 こんなんであたし身体もつのか。いや、違う。そもそも違う。

 なんだ、なんなんだ。今日は一体なんの日だ!?

 ……ダメだ。りっちゃんじゃないとわからない。

 ピィンポーン

 ……あれはりつママだ。

「おはよーひいちゃん! さて説明よー!」

 朝から元気なりつママの乱入で、あたしは脳ミソが迷子になったまま、夜をむかえることになる。



「ただいま~」

 がらり。玄関で声やら音やらして、キッチンにりっちゃんが入ってきた。

「日色、おかえりは?」

 ネクタイをゆるめるだけなのに、色気が出てくるのはなぜ?

「おかえり?」

「なんで疑問系?」

「なんとなく?」

「ご飯なに?」

「茄子の味噌炒めと、キャベツの冷スープと春雨サラダ」

「お、うまそ」

 着替えてくる~とりっちゃんが茶の間にむかった。

 着替えもってきたの? てか、バックとキャリーケース? 大量ですね。

 あたしは出来上がった料理をちゃぶ台に運ぶ。

「りっちゃん、お茶碗とかどうするの?」

 うち余分な食器ないし。なんせ一人暮らし。

「あー、買いにいくか。お揃いとか?」

「誰と?」

「……日色のかわいいピンクにしてやるよ」

「……ごめんなさい、ピンクはイヤです」

 手を合わせていただきますをする。

「ん。ウマイ。そういや、無事受理されたぞ」

「なにが?」

「婚姻届」

 うわぁ……マジか。

「てわけで、よろしく。奥さん」

「~~~~~~~!!」

 なんかよくわかんないけど照れるーーーー!!

「……よろしく?」

「だからなんで疑問系?」

「照れてるし、流されてる気がする」

「流されとけ~、逃げらんないから」

「……りっちゃん何気にキチク?」

「失礼な。今まで我慢してたから抑えが効かないだけだ」

 それもどうよ。

 美味しいはずのご飯なのに味がわかんない。

「あ、ちょいまち」

 りっちゃんが食器をシンクに持ってく。待てされたあたしはそのまま、麦茶を飲む。

 しばらくしてりっちゃんは白い箱とお皿とフォークとナイフを持って戻ってきた。

「ん。くずれてない」

 満足そうに笑って、ちゃぶ台にのせたのはケーキで。しかもホールの。

「ハッピーバースデー。日色」

 ほぇ? ……あーー!! あたしの誕生日! 二十歳だ。

「やっぱ忘れてたか。ま、サプライズ?」

 ほれ、火消す。言われてロウソクを吹き消す。

「おめでとう」

「ありがとう」

 なんか久しぶりにお祝いしてもらったな。

「はい、プレゼント」

「え?」

「いいから。開けて」

 小さな箱からはベルベットのケース。なかには、かわいいデザインのダイヤの指輪が入ってた。

 ……ほぇ?

「一応婚約指輪。休みに結婚指輪買いに行こうな。男避け」

 あたしの左手をとって薬指にはめると嬉しそうに笑うりっちゃんは、あたしの指にキスした。

 だから初心者になんの拷問か。

「日色が言ったんだぞ。母親が二十歳で結婚したから、自分も二十歳でするって。拷問受けたのはこっちの方だ」

 ずっと待ってたんだぞ。

 待ってた? だってりっちゃんそんな素振りひとつもなかったし。かわいい彼女いたじゃん。

「そこは大人の事情だ」

「うわ、サイテー」

「なんとでも。だから、日色。もう我慢しないから」

 覚悟して? なんの?

「10年分、抱くから。頑張って」

 ………………10年分?

「頑張れませんっ!!」

「いや、無理だから」

「ちょっ、りっちゃ」

 いやあぁぁぁあ!! ケダモノーーーー!!


 愛されました、10年分。

 容赦なく抱き潰されました、初めてなのに。

 旦那さんは独占欲の塊のようです。

 あたしがりっちゃんを好きなのも知ってたそうで。

 オニアクマだと思ったら溺甘でした。

 初めての「愛してる」は抱き潰されて意識を飛ばしてようやく目覚めた時。

 逃げられないことを悟った金澤日色、二十歳。

 溺愛してくれる旦那さんができました。


 世の中もそう悪くないと思います。

「幸せになろうね?」

 ……頑張ります。



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