72. The afterlife.
世界は平凡だ。
それは今だからこそ、僕だからこそ言えた。
「………はぁ……」
寝て起きるだけの簡単な日々は、あの世界で長い時を過ごした僕にはどうしても少し虚しいものに感じてしまう。
「…おい、御原、教師がめっちゃ見てきてんぞ…」別に不満だとかそういうものはない。むしろこの平和で安全な世界では死が少し遠ざかり、その他の多くの悩みもなくなってスッキリした気分だ。まぁ、そのかわりまた1つ大きな悩みはできたが…
「おい、やばいって、あれぜってー後で呼び出しくらうやつだって」
あれから僕はまた1人になった。
トウヤもセイナもミユキもいない……孤独な世界に戻ってきたのだ。よく考えてみれば当然のことだ。あの世界では現実での話なんてほとんどしていない。知っているのは名前だけ。住所も年齢も、何も知らない。探すことも叶わぬほどの情報不足だ。少なくとも今、生きているだろうことしかわからない。
……神様はなんともひどいことをしてくれたものだ。
勝手に生き返らせるだけ生き返らせて、僕らのつながりを断ち切ってしまった。…生き返らせる前に少し暗い話をさせてくれたって良かっただろうに…
「運命を信じて生きなさい」なんてことも言っていたが、正直未来も運命もあったものじゃない。あるのは未だ続く不幸だけだ。
「もう俺、知らねえからな。俺、関係ねーからな!」
「なんだよ、さっきからうるさいなぁ」
「………」
「…? おい、聞いてんのか?」
「聞いているのかはこっちのセリフだ」
気づけば教壇の上で教授が僕の方を見ていた。
「…後で俺の部屋に来い、いいな?」
「……………………はい…」
鬼教授にすっかり目をつけられてしまった…
恨みを込めて隣の青年をにらむ。
「俺は何度も声かけたからな」
「………はぁ」
僕の横で渋い顔しているのは有本と言う男だ。同い年で、よく大学の講義で会うので学部は違うものの気づけな仲が良くなっていた。簡単に言えばそれだけの関係である。
……だけど、それだけの関係でも僕にとって彼の存在は僕の変化を表す象徴といってもいいものだ。
ずっと孤独だった僕にとって、初めて自分から作ることができた友人なのだ。そう初めて。現実では初めて……
それもこれも全部…
「…………」
またみんなのことを思い出してしまった。
会いたいと思えば思うほど、辛く感じてしまう。離れてようやくみんながどれほど大切な存在だったのか改めて理解する。気づかなかった想いにも気がついてしまう。
それが途方もなく辛かった。
「……ーい………おい御原、またぼーっとしてるぞ」
「………っ!あぁ…すまん。つい……」
はっと気づけば、目の前には呆れ顔の有本がカレーをほおばっていた。いつの間にか昼になっていたらしく、行きつけの食堂に僕らはいた。
……またぼーっとしてたのか…。
最近、多くなった。
思い出しては皆を思いぼーっとする。そうやって僕はまた現実から目を逸してしまうのだ。
結局、根っこの部分は変わってはいないってことか……。何もかもから目をそらそうとしていた昔の僕と何も変わってなどいないのだ。
生き返ってからというもの、再びそれが習慣となってしまった。こればかりはどうしようもない、どうにもならない…
おかげで、鬼教授の説教も右から左へだ。
このとおり、恐ろしいお叱りでさえも記憶に残らぬほどだ。
「まぁ、あの教授の説教受けてぼーっとしちまうのはわかるけどよ、無反応ってのはいただけねぇよ?」
言いながら有本は次々とカレーを口に運ぶ。少し視線を落とすと僕の前には生姜焼き定食があった。ぼーっとしながらも今食べたいものはしっかりと押さえていたようだ。僕はのそのそと箸を動かした。
「無視ほどひでぇ仕打ちはねぇんだぞ?わかってんのか?」
「……でも、お前の話に関して言えば正直聞く意味はないと思う」
「え、何、お前、いつもそんなこと思いながら俺の話聞いてたの?それ割とひどいよ?無視よりもひどいよ?」
「正直どうでもいい」
「ひっでぇ!それでも友だちかよ、おい!」
カレー付きのスプーンをこちらに向けてきたので、謹んで押し返してやる。
「はいはい、とりあえず黙って食え」
「……ったく、お前は……。せっかくいいこと教えてやろうと思ってたのによ」
「は?なんだそれ?」
興味はないが、一応味噌汁啜る片手間にでも話は聞いておく。これぞ人付き合いだ。
「聞きたいか?」
ニヤニヤとこちらの顔を覗き込んでくる有本は実にうざったるいが……まぁ、人付き合いだ、人付き合い……
「一応、聞いておく」
「ほぅ、成長したもんだなぁ」
まるで我が子を見るような生暖かい視線がイラつく。……そろそろさすがに切れるぞ…
「………話したくないならいい」
「いやいや、話す話す!えっと…………実はな…」
「実は?」
「実は……最近あるアイドルにハマっててさ」
……でたよ、アイドルオタク…。これだから有本の話はどうでもいい認定なのにどうして気づかないのか…。
「是非、お前にも見てもらいたいと思ってな。と、いうことで……」
そそくさとスマホを取り出し、有本は何やら動画を探し始めた。
……自分の趣味を他人にも押し付けようとするのは相変わらずどうかと思う。どうせならもっと有益な情報になりうることを趣味にしてほしいものだ。
そうだな……例えるなら、ミユキたちのこととか……って何を考えてるんだ僕は。
自分の考えにまたしても嫌気がさす。そろそろ現実を受け止めるなり、行動を起こすなりしろよ、僕…。
「あ、ほら!これこれ、この子だ」
ようやく見つけたのか、ディスプレイを僕に向けてくる。まるで自分の子どもであるかのように自慢げだ。これだからこいつの話は聞くに堪えない。
「はいはい、可愛い可愛い」
漬物の食感に浸りながら適当な相槌でもうっておく。当然、有本の表情は不機嫌に変わる。
「んだよ、その反応。見るくらいいいじゃんかよ」
見るも何も、有本の差し出す画面の向きが悪く、光が反射して見えないのだが……
「ほら!」
「…なんで僕が……」
「俺は仲間がほしいんだよっ!」
切実すぎる理由だ。
「わかったらほら!見ろ!」
もはや命令形である上、今度は顔の近くまで近づけられ、むしろ見えない。
「……わかったから、とりあえず自分で見させてくれ」
「わかればいいんだよ」
踏ん反り返る有本はじつに腹立たしいが……とりあえず形だけでも見てやらないとまたムキになるに違いない。
有本からスマホを受け取ると改めて画面の奥に映る少女を見た。
「………………………………………………………え?」
────……時が、止まった気がした。
「な?可愛いだろ?この子、見た目はもちろんだけど、これまた歌がいいんだよ。なんでも、昔の想い人を想って歌ってるらしくてさ。いーよなぁ、このピュアな感じ。こんな子に想ってもらえる野郎が羨ましいのなんの」
「………………歌…?」
「おお、聞いてみるか?」
有本は僕からスマホを取るとイヤホンをつけて再び差し出してきた。
僕はすぐにそれを受け取り、耳に当てた。
『君と会うため私は歌う』
それは紛れもなく、懐かしいあの声。
『忘れられない君のこと』
ずっと忘れられなかった……忘れるわけがなかった。
『二度と会えない?そんなことない』
もう会えない、そう思って諦めかけていた。だけど、やっぱり彼女は諦めてなんかいなかった。
『歌声の目印を今ここに』
ずっと……探していてくれたのか…。信じていてくれたのか……いつかきっと会えるって、きっとまた笑いあえるって。
「……なぁ、この子の名前って…」
「お?興味持ったか!この子はミユキ。沢本美雪だ」
心がざわめき、歓喜する。
名前を聞けただけで、それだけで僕はまるで昔に戻ったような……二人の思い出が鮮明に蘇る。
「おお!笑っちまうほど可愛いか、そうかそうか!」
「違うっての」
「は?違うって……なにが?」
「……いや、なんでも」
あぁ、やっぱり……やっぱり僕は…
『そして伝えよう ……』
『「…君が大好きだ」』
────…世界は平凡だ。
平凡で、退屈で……それでいて幸せだ。
それは今だからこそ、僕だからこそ言えた。
そう。
僕は今、幸せなんだ。
これにて終演でございます。
今までこの作品を読んでくださった方々、感想やレビューをくださった方々、本当にありがとうございました!
なんだか駆け足での終わりでしたが……とりあえず、一つの作品を書き終えるという目標が達成できて満足です!
本当にありがとうございました!!(^o^)/




