67. Trying to protect the promise.
赤黒い液体が垂れる数十もの細く骨ばった腕はあらゆるところから伸び、奇妙に凸凹と隆起した体は炭で煤けたように黒く変色、髪はもとの白い美しさを無くし、ボサボサと振り乱れている。遠目にでもわかるそのおぞましさは場の空気を凍りつかせた。
嫌でもその姿は目に焼きつき、強い恐怖として脳裏にこびりついた。
「トウヤ……あ、あれ…あれ……」
「……………」
セイナは怯え、震え、トウヤは沈黙した。ともに顔には色がなくなり、嫌な汗が止まらなかった。
こんなものに立ち向かおうとしていた自分たちがバカみたいに思えてくる。
「…………セイナちゃん、やっぱり…」
セイナは言いかけてやめた。自らの身さえ守れない自分が弱音を吐いてはいけない。
「……………」
「…? トウヤ?大丈夫?」
「え?…あ、ああ。大丈夫だ」
取り繕ってトウヤは再び黙した。
まさかセイナに心配されるとは思っていなかった。ともあれ、これ以上心配させるわけにはいかない。こうしている間にも軋みと共に大樹から化け物が出てこようとしている。背後にはまだ避難ができていない者たちもいる。どうにか化け物が出てくるのだけでも防ぐことができればいいのだが、こういう時に限って何の策も浮かばない。
「くそっ……どうすれば…」
「お困りのようだな」
そんな切羽詰まった状況の中、実にあっけらかんとした声が響いた。セイナたちは驚く……面倒なことに巻き込まれたもんだな、お前らも…俺も」
声が頭上からしているのに気がつき、見上げると、やはりそこには……
「せ、船長!?」
船長がいた。
とはいえその背にはなかったはずの黒い翼があり、セイナですら一瞬認識が遅れた。
「よう、やっと気づいてくれたな」
「なんでここにあんたが……」
船長は地上にふわりと降り立つと、指を鳴らして翼を消し去った。
「ふーっ、…久々に翼を使って肩こりが…」
「話聞いてるか?」
のんきに肩を揉み始める船長にトウヤは少しばかり苛立つ。
「聞いてるとも。どうしてここにいるのか、だろ?さすがの俺でも元主人から召集がかかったんじゃ従う他ねぇだろ」
「元主人…って、ドラゴンのことか?」
「ご名答。とは言え正直説明もなく呼ばれたから状況把握がいまいちなんだが…とりあえず俺はお仲間の尻拭いをすればいいみたいだな」
「…どういうことですか?」
船長は島の中心…ではなくその周りに並ぶ十字架を見つめていた。
「…俺たち悪魔は常に周囲に負の力を撒き散らして生きてる」
語りだしたのは悪魔についてだった。
悪魔は元は人の負の感情から生まれた物だ。しかし、「負」というものはもともと形を持たぬもの、それを一定の形にとどめるには限度がある。そのため、悪魔はその力である程度の体の形成はできるが、やはりその力が及ばず「負」があふれ出してしまう。故に悪魔は常に人の負の感情食って生きなければならないのだ。
「だけの対照的に神様ってのは負を一切持ち合わせない。いわゆる神聖な存在って言うやつだったわけだ。だから負に対する抵抗が全くない」
「えっと……つまりどういうことですか?」
困ったように聞くセイナに代わってトウヤが答えた。
「つまり神は負の力に干渉されやすいってことだ」
「そういうことだ。そこで思い出して欲しいのは、あの神様の下には勝手にうちの海賊から抜け出した悪魔が僕についていたってことだ。わかるか?簡単な話、原因はあいつなわけだ。加えて、これまたあいつのせいで目をつけられた悪魔たちはご覧の通り。磔にされドラゴンを呼び出す贄とされ、そしてそれは結果として神は自ら悪魔に囲まれる状況を生み出した」
「なんてこった…それはあんな化け物にもなるわな」
「…そういうことだ」
目の前でいつの間にか会話が進んでしまい、セイナは未だ理解が追いつかなかった。
「…えっと…簡単に言うと?」
小さくなりながら問い掛けた。なんだか申し訳ない気分でいっぱいになった。
「ああ…そうだな…つまり、悪魔の持病に神様がかかったってとこかな」
「なるほど!」
「変な例え方をするな!正しく言うなら…」
と、その時、船長の声を掻き消さんばかりの叫びが上がった。見ると神が既に体の半分以上が姿を現していた。
「おっと…これ以上は待ってられないらしいな」
「原因がわかったところで、あれをどうにかできなきゃ意味ないな」
「それが問題だよ。どうすれば…」
「ったく、何のためにこの島から遠ざけたかわかんなくなるな。元主人の努力はなんだったんだか……とりあえず、あいつは俺が何とかする。お前の後の奴らの避難を急げ」
「え……でも船長」
セイナにとって船長はこの世界で自分を拾ってくれた初めてできた本当の親のような存在。何よりもをしないたくない人だ。しかし、渋るセイナに船長は明るく笑った。
「心配ない。あいつが出てこないように抑えるだけだ。さすがに他の仲間を置いて死んだりするヘマはしねーよ。…あ、フラグじゃねえからな、これ」
いつも通りの優しい言葉にセイナは泣きたくなった。
「あ、じゃぁお守りにお前のナイフくれよ。それなら安心だろ?」
「ナイフを…?」
「そう、それはお前の大切な獲物だろ?ちゃんと返しに来るさ、約束だ」
「……そっちの方がフラグっぽいですよ」
「勝手にフラグにするな。俺を殺すつもりか」
「いやいや、すんません」
気づけばセイナの顔にも笑顔が戻っていた。トウヤはすっかり感心した。さすがは船長だ。
「それじゃあこれ…約束です」
「…ああ、約束だ」
腰から外し、差し出すと船長は丁寧に受け取り、そしてそのままトウヤを見た。その目はうってかわって真剣だ。
「…なんですか」
「……頼んだぞ」
「!!」
たった一言。しかし、トウヤの胸には強く響いた。
「…もちろん」
トウヤの答えを聞くと共に悪魔は地を蹴った。
その手に握るナイフを大事に抱えたまま、悪魔はついに神に抗うのだ。
大切な仲間のために…




