46. Reviving despair.
三人称(?)&ソラくん視点
「あーぁ、逃げちゃったね」
木霊す声は冷たく響く。
神はわざとらしくため息をつき、すっかりもぬけの殻となってしまった情報屋内を見回した。
光も消え、完全なる闇と化した部屋の中…
…あたり一面は真っ赤な血が彩っている。
「全部君のせいだからね、アクマ」
手に握る「人の形をしたもの」を軽々と持ち上げ、壁に向かって投げ捨てた。
これが全ての元凶。
それは壁にぶち当たるや否や黒い霧となって霧消した。
これで殺せはできなかったが、しばらくは現れないだろう。
「さて…じゃあ追おうかな」
「同行ハ必要デスカネ?」
「いや、いらない」
「デショウネ。…ジャア帰リマス」
あまりにもあっさりとした答えに呆れると魔物はこれ以上用はないと背を向けた。
が、すぐに首根っこをつかまれ、引き止められた。
「待ってよ、ワタシを暇で殺すつもりなのかい?」
「……ワカリマシタ」
胸中でため息をつきつつ魔物は再び神の横に戻った。
神はこの世界を創り上げた。
そのため、妨害がない限りこの世界で起きることはすべてわかるしどこに誰がいるのかもわかる。
たった四人程度を追うなど容易いことなのだ。
しかし、神は追わない。おそらく機会を狙っているのだろう。
とても面白い展開になる機会を…
魔物を引き戻したのはその間の暇を埋めるためだろう。
とはいえ、魔物である自分に何をしろと言うのか全くわかっていない。
「デ、何ヲスレバイインデスカ?」
「君は指示待ち人間か」
素直に問うと変な単語が出てきたので魔物は首をかしげた。
「ああ、ごめん。君は魔物だから指示待ち魔物が正しいね」
「……ハァ…」
「………いや、そこは「馬鹿にするな!」とかツッコんでよ!」
「事実ヲ言ワレテ反論ナンテ出来ナイ」
「あ、そうだったね」
神は物足りなさ気に俯くと黙り込んでしまった。
仕方なく魔物はついでとばかりに気になっていたことを訊くことにした。
「…主人ヨ、何故アノ女ハ生キテイタ?」
ぴくりと肩が揺れ、神は顔をしかめた。
が、次にはその顔に満面の笑みが現れた。
「知りたい?」
イタズラを楽しむ子どものように無邪気な質問。魔物がなんとなく頷くと神はより一層笑みをました。
「あいつ…どうやらドラゴンと繋がりがあるみたいなんだよね」
「ドラゴン……裏切り者ノ?」
「そうそう。一度殺したのに、あいつの異常なまでの治癒力でしぶとく生きてたみたいだ」
どうりでミカの時、彼女から奴の匂いが強くしたわけだ。
思いもよらず役に立った鼻もさすがやに今や使えなくなりつつある。この体ももう使えないな。
神はそれでも気にせず話を続けた。
「ま、ともかく…ドラゴンって隠れるの得意だったでしょ?だからたぶんあの子を殺した後、私の目をかいくぐって気配遮断をしたんだろうね。だからワタシでもついさっきまで気づくことができなかった」
「ナルホド…」
「なんか怪しいとは思ってたけど、まさかワタシが直々に殺したやつが生きてるなんて思わないよね。まぁ、そこはあの子の特異な体質が功を奏したって感じだけどね」
「魔物ノ体…カ…」
魔物も感じていた。
目から気配から、彼女のあらゆるものから僅かながら魔物の匂いがした。
「…やっぱり興味があるんだね?」
神が覗き込むと魔物は醜き笑みを浮かべていた。
「アル二決マッテイル。ソノ為二協力シテイルノダカラ」
「だよねぇー!…ま、あと少しで完全に飲まれちゃうけどね」
彼らの気配に耳をすませ、ほくそ笑む。
どんな終末にしてあげようか…
考えるだけで胸が踊った。
彼女を利用するのもいい、その他の二人を利用するのだって可能だ。
あらゆるケースを考え、どれが一番面白そうか選ぶ。そんな簡単なことが何故だかとても楽しい。
理由はおそらく彼…ソラくん。
あの子はとても面白いくらい思い通りに動く。しかし、彼自身に神が直接関与しない時にだけ予想もつかない行動をとる。
冒険を始めた時の海賊との出会いがいい例だ。
本当はあそこでソラくんを殺そうとした海賊によってミユキちゃんが殺される設定だったのだが…思わぬ方向に裏切られた。
思い出しただけで神はクックッと笑ってしまう。
───…面白いと久しぶりに思えた。
「そろそろかな…」
島を出始めた彼らの気配を感じ、神は笑みを消した。魔物はその気迫に思わず脂汗をにじませた。
「デハ、今度コソ戻リマス」
「あ、じゃあついでにこいつも連れて行って」
神はそう言って目を閉じるとプツリと意識が途切れたように崩れ落ちてしまった。
しかし、崩れ落ちたのはその身体。
「神」は依然そこに立っていた。まるで幽体離脱したようだった。
床に倒れたのは「シロ」の体。
神の身を隠すための依り代となった者の体だった。
魔物もその気味の悪さに顔をしかめる。
「あ、気持ち悪かった?ごめんごめん。…これはもう使えないから君の奴隷にでもしていいよ」
途端に魔物の瞳に輝きが宿った。
「感謝シマス」
「うんうん、わかったから行った行った!早くしないと機会を逃しちゃうよ」
「デハ、後ホド…」
しっしと手でさっさと去るように促すと魔物は一礼し、あっという間に消えてしまった。
神は一息ついた。
「やっと…一人じゃなくなるんだ」
そして喜びに身を震わせ、笑った。
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「まず、話は私がこの世界に来た時にさかのぼります…」
僕は海賊の部下のやつに部屋に案内してもらった後、こっそりと甲板に戻ってきていた。
なんだか僕にだけ隠し事をされている気がして無性に聞いてみたくなってしまったのだ。
やるなと言われてやってしまうような感じ…人間のサガだ。
幸い部下の人たちがあまりいないので見つかることはまずないだろう。僕は積み上げられた積荷の陰に隠れ、こっそりと話を聞く。
なぜかセイナがいないようだが…まぁいいか。
そう思った時だった…
「あ…」
背後から声がしてとっさに振り向くと、目を見開くセイナがいた。
「ど、どうしてあんたがこんなとこに?!」
「しっ!ボリュームさげろ!」
「あ…ごめん……って話そらすな!」
「逸らしたつもりはないけど」
小声でもやかましい。
だが、ここで話をそらせばますますうるさくなるだろう…しかたない、話すか。
「…あいつらの話が気になっただけだ」
「なんだ、アタシと同じじゃない。…ほらどいて!」
僕を退けるようにしてセイナもその場にしゃがみ込み、聞き耳をたてる。
言及する気にもなれず僕はセイナの後ろに隠れるようにして同じく聞き耳をたてた。
──…話は、ミユキの僕と出会うまでと出会ってからのものだった。
僕が忘れてしまった記憶…その全てが語られた。
「長い質問の果て、わかったことは…まず、神の目的は神にとって都合のいい人間世界を生み出すこと。そのためにこの世界と、そこに今の人類より遥かに神に近い存在である新たな人類…「神人」を生み出した。それが私とソラなの」
僕が…神人?
なんだよそれ……僕は普通の人間だ。変な妄想はやめてくれ。
否定する心とミユキの真剣な声に戸惑う心。
それは、本当に真実なのか?
…そして、告げられる真実はあまりにも辛すぎた。
「それは次にわかった「なぜソラだけを狙うか」に繋がってくる…───」
船長の質問に対してミユキが言う。
しかし、彼女がさも当たり前のように言うその言葉は僕には痛いほどに突き刺さる。
やっぱり……僕が…僕だけが狙われてたのか…
わかっていた。
神は僕にやたらと執着した。
知っていたのだ。だけど…バカな僕はその暖かさに甘えてみんなを巻き込んでいた。
……事実を改めて突きつけられ呆然とする。
……最悪だ…。
……最低だ…。
「──…船長が悪魔だったなんて……って、ソラ?」
セイナの訝しげな声が聞こえた。
「……部屋に戻る」
「? そう…わかった」
バレないように音を立てず立ち上がり、こっそりと船内の先ほど案内された部屋へ戻る。
…………………。
天井を見つめ、呆然と先ほどのミユキの言葉を反芻した。
さっきまで近くに聞こえていた波の音も今や遠い。
「僕が…僕がいたからダビくんも、みんなも神に狙われているんだ…」
『……その通り』
聞こえるはずのない応える声。
しかし、部屋の中には誰もいない。空耳かと思ったが、次に視線を正面に向けると小さな人間が立っていた。
地につくほど長く真っ白な髪が顔を隠しており、性別すらよくわからない。
『はじめまして…だよね?この姿では』
「だ…誰だ?」
『ワタシは…そうだね……君の記憶を戻すために現れた精霊みたいな感じかな?』
彼かも彼女かもわからぬそいつはわけのわからない戯言を口にする。が、「記憶」という単語に僕は思わず食いついた。
「記憶を戻すって…そんなことができるのか?」
『もちろん。簡単だよ』
人の良さそうにニッコリと微笑む。
いくら思い出そうとしても欠片ほども取り戻すことができなかった記憶…
それを簡単に戻せるなんて信じることができなかった。
『信じることができない?ならちょっと記憶を戻してみようか』
まるで心を呼んだかのように言うとあっという間に距離を詰められ、そいつは爪先立ちをして僕の額に手を置いた。
何をやっているのか疑問に思ったのは一瞬…
次の瞬間には、ミユキとの旅の記憶が頭の中に納められていた。
優しいミユキの笑顔、声…
僕を連れ出してくれた恩人…
「…っ!!ミユキ…!」
なぜ忘れていたんだ、こんなこと!
今までのうのうとミユキを忘れて生きていた自分が恥ずかしく、腹立たしかった。
そして同時にそんな僕のそばに正体を伏せてまでいてくれたミユキの気持ちを思い、胸が痛くなった。
『…どぉ?信じてくれた?』
ふと、この声はどこかで聞いたことがある気がした。気のせいだろうか…それともどこかで会ったことがあるのだろうか?
『ふふふっ…じゃあ、次は全部を思い出させてあげるよ』
なんてことのない笑い声。
しかし、それは確実に聞き覚えのあるものだった。
僕は確信した。
「お…お前……っ!神か!?」
妖しい笑みを浮かべる。
『ご名答ぉー!……でも、もう遅いよ?』
──そして、僕の頭の中に記憶が一斉に蘇った。
ミユキやセイナとの旅の思い出。
ミユキとの出会い。
現世での記憶…。
負の記憶も分け隔てなく、その全てが蘇った。
僕は……──絶望していた。
次回はたぶんソラくんの過去話です!
ご指摘などありましたらよろしくお願いします!




