44. Crimson memory.
───私はこの世界が…神がきらいだった。
火事で家族全員を失って、このわけのわからない世界にやってきてから…苦しいことしかなかった。
私だけがまだ生きているということへの怒り。
私はもう現実には戻れないと知っていながら身勝手にこの世界に縛り付けた神への憎しみ。
憎しみを晴らすため神に反する「逆神会」に属し、毎日戦いに明け暮れ、荒む心…。
その全てが重く背中にのしかかって体がだるく、この体が自分のものなのかすらわからなくなっていた。
…そうやって神への憎しみを糧にまるで亡者のようにただただ「生きて」いた。
皮肉なことに憎しみだけが私の道を照らす光だった。
しかし、追い打ちをかけるように事は起きた。
神を探してやってきた洞窟の奥深く…私の率いる隊は思わぬ強敵…ドラゴンと接触してしまい、戦いを強いられていた。
その圧倒的な力を前に、仲間のほとんどが死に絶え、私と数名の隊員たちがようやく立っているような状況だった。私はリーダーとして生き残った彼らだけでも生かす義務がある…。
私は、決死の覚悟で隙を見てはドラゴンの懐へ飛び込み、弱点であるはずの心臓へと確かな感触とともに二本の剣を突き立てた。
傷口からは大量の赤い飛沫がほとばしっては私の身体中を濡らし、鉄臭い匂いに包まれた。
「汝…我ガ血ヲ以ッテ呪ヲ受ケヨ。其ノ定メハ、ヤガテ汝ノ血ヲ肉ヲ蝕ミ魔ノ者ト化スダロウ…」
ドラゴンは最後に低く響くその声でそう告げると、力尽きたように体を横たえた。
…なんとか倒せたようだった。
「や、やったぞ…」
「助かったんだ…!」
勝利に歓声を上げる隊員たちの声が洞窟内に響くが…
「……………」
私だけは素直に勝利を喜ぶことができなかった。
…ドラゴンの最後に残した言葉のせいだろう。言葉の意味は上手く理解出来なかったが…嫌な予感がしてならなかった。
……そして、その予感は的中した。
身体中に浴びたドラゴンの血は髪の先の方だけ洗い流すことができず、まるで呪いのようにこびりついていた。
私は特に支障はないのでそのままにしていたのだが…その日から、私の身体に異変が起き始めた。
毎日襲う奇妙な喉の渇きに脳が強く揺さぶられるような酷い頭痛、突然現れた人間離れした異常で強大な力…そして極め付けは、魔物がなぜか私を襲わなくなったこと……。
…まるで、私を仲間と…同じ魔物と認識しているようだった。
初めは、ドラゴンの血により力を得たのだと周りも囃し立てていたが、あまりにも異常な私の体に気味悪がる者たちが多出した。
私自身もそのうちの一人で、どんどんと自分の体に恐怖を覚えていた。
やがて、危機を覚えたのか人々は私から武器を奪い、逆神会から除名させ、邪魔者を排除するように入った者は出られないという噂の孤島へと送った。
…私の大嫌いな神は無慈悲にも、私の生きがいだった「戦い」すらも私から奪ったのだ。
私は、この時、初めて純粋な絶望に心を飲まれた。
絶望は身体中を支配し、私の意志なく勝手に動き出し、そして…
「……ん?見ない顔だねぇ…あんた、この島に流れ着いてでもきたのかい?大変だったろう?家においで、ご馳走を作ってあげる…………って…あ……あんた…な、何をっ…?!」
──…いつの間にか手にしていた大きなガラスの破片を、出会うもの全てに振り下ろした…。
私の体は暴走し、人、動物、魔物…生きる全てを殺していった。
真っ赤な血やまだピクピクと動いてる誰かの臓器、髪の毛がこびりついた生々しい肉片、肉の切り口から覗く白い骨、ボロリとこぼれ落ちた白濁している目玉……地面も私の身体中もなにもかもがあの時のように真っ赤に染まり…泣きたくなるほどひどい惨状だった……。
…今の私はまさに「魔物」のようだった……いや、もうすでに私は魔物なのかもしれない…。
私はようやく知ったのだ。
ドラゴンの血は力を与えてくれたのではない……私を魔物にする呪いをかけたのだ、と。
『汝…我ガ血ヲ以ッテ呪ヲ受ケヨ。其ノ定メハ、ヤガテ汝ノ血ヲ肉ヲ蝕ミ魔ノ者ト化スダロウ…』
ドラゴンの残した言葉が今になって思い出され、私はあの時の自分の考えの甘さを嘆いた。
もうやめて…殺さないで…傷つけないで…誰かを巻き込まないで…!!
願っても、その声は闇に飲まれるばかり……
もう私は…
嘆きさえも誰に届くことなく心の奥深くで響くだけ…。
が…私の体が獲物を探して森の中へ入った時、突如、体が私の声に耳を傾け始めた。
私は、このチャンスを逃すまいと早々に…自らの死を選択した。
…もっと早くに気付いていればよかった……これが一番楽で簡単に解放される方法じゃないか…。
………もう誰も傷つかなくてすむ。
そう思うと、なぜか心は安らかになれた。
…私は絶望に体が支配される前に、そのまま持っていたガラスの破片を振り下ろした……
はずだった……。
──絶望する私にようやく、救いの手が差し伸べられたのだ…
見ると、私の手は見知らぬ少年によって止められていた。
…それこそが、ソラだった。
せっかく…楽になれると思ったのに…。
その時死ぬことばかり考えていた私はひどく落胆し、ソラに怒りを覚えた。
「……………離して……」
「いやだ」
「………離せ…」
「いやだ」
断固としてソラは私が死ぬことを許してはくれなかった。
握られた彼の手が温かい……もう私にはない温もりだ…。
それが私の心の引き金となった。
「………離せ…はなせ……ハなせ…ハナセ、ハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセッ!!離してよぉおっ!!!」
「いやだ!」
言葉にならない黒い感情が爆発し、怒鳴り散らす。が、ソラはそんな私を見ても変わらず手を緩めなかった。それどころか、私の手からガラスの破片を奪い去り、遠くへと投げ捨ててしまった。
…また……苦しまなければならないの…?
…また…人を、命を…殺してしまうの…?
「…私は…もう……いやなの…」
感情が溢れて、涙となり、湿った地面へとこぼれ落ちた。
「だからって死のうとするなよ!」
ソラの声は怒っていた。
「だって…これ以上生きていたら、もっと人を傷つける…っ!」
「あんたの事情は知らない!ただ、自分のことだけじゃなく、周りのやつにも目を向けろ!」
ふっと顔を上げ、ソラの顔を見つめる。片目が髪に隠れていて少し表情が読みづらかった。
「周りの……?」
「あんたにも大事に思ってくれる人ぐらいいるだろ?!」
ソラの言葉で思い浮かんだのは、まだこの世界に来て間もない時、私にいろんなことを教えてくれた情報屋のバールさん。「困ったときはいつでもおいで」とまるで実の娘のように優しくしてくれた。
……そうだよ…なんで忘れてたんだろう…生きる意味がなくても大切なものならあるじゃないか。
「……っ!………私…」
「世界はあんた一人じゃない。勝手に自分を殺すな!」
ソラはバカみたいに優しかった。
そして、そんな彼のせいで私もバカみたいに涙があふれた。
「…………優しいんだね…」
久しぶりの笑顔を浮かべて言うと、私の突然の変わり様にソラは困惑したようにまばたきを繰り返した。
「はぁ?あのなぁ、僕は怒ってるんだぞ?」
「ふふっ…」
ソラの反応がとても面白くて、声を漏らして笑った。
「……ついに頭がおかしくなったか…?」
「違うよ。嬉しくって」
「…?」
私に優しくしてくれた人はバールさん以来なので、ソラの優しさは想像以上に嬉しいものだった。
それに人とこうやって親しげに話すのも久しぶりだ。
「………ありがとう」
たくさんの思いを込めて感謝を言う。
「だ、だから僕は怒ってるって…!」
「ありがとう」
「…も、もういい!」
一度じゃたりなくて二度言うと、ソラは顔を真っ赤にして私に背を向けた。
…私は一気にとてつもない不安を覚えた。
……どこかへ行ってしまうの…?
「あ!ちょっと待って!君の名前は?」
ワガママだけど、少しでもこのまま一緒にいたくて…私は名を聞くことを言い訳に引き留めた。
……また私が私じゃなくなるかもしれない…という不安も少しあった。
「…知らないやつには教えない」
「え、なにそれ」
「関係ない、ってことだ」
「関係無い」。
それはさっきまで私がソラに対して思っていたこと。なのに、ソラに言われるとなぜかひどく傷ついた。
「むぅ……なら…」
必死にソラの「関係無くない」人になりたくて考える。
そして、私は言った。
「…友だちになろう!」
───いつの間にか、私の髪は元の色を取り戻していた…。
次も過去話になります




