42. Hand is extended.
あまりの衝撃にとっさに反応ができなかった。
ミカがミユキだと…今確かにそう言ったのか?
そう驚く反面、どこか納得する自分がいるのにも驚いた。
森での質問の意味がようやっと繋がり、確証となる。
こいつがミユキだったのか…
……ズキッ…
ミユキのことを考えた途端、頭の奥に鈍い痛みが走った。一瞬焦るが、記憶喪失の後遺症か何かだろうと結論付け、心を落ち着かせた。
とりあえず、これ以上痛みが増さないよう今はミユキから目をそらしておこう。
「お前っ!何故生きている…?!」
ともあれ、そんな僕の反応とは少し違う反応を示すのがシロだった。なにがシロの怒りに触れたのか先ほどまでのおどおどした態度は何処へやら憤怒に顔を歪めている。
それはまるで別人。
僕の知る「シロ」ではない…
…彼はもはやシロではない。
「…反応したってことはやっぱり神だな」
「……そんな…シロが…」
後ろの2人も各々の反応を示していたが、どうにも驚きが少ないように思えた。僕ですら驚いたのにトウヤはともかくセイナは…一応驚いてはいるが、それは白に対してだけのように見えた。ミユキの件には特に驚く様子がなかったように感じたのだ。
理由として考えられるとすれば…すでに知っていた、とか。
「お前ら…知ってたのか?」
「シロは推測程度だが…なんとなくは予想していた」
「いや…ミユキのこと」
「え?ああ、それはまぁ…知ってた。俺は最初からで、セイナちゃんは最近だけどな」
「なんで僕だけ…?」
「あー…それは……」
あまりにもあっさりと認めるので顔をしかめて不満を表すとトウヤは視線をわずかにずらした。
そして、代弁するかのようにシロ…だった者が口を開いた。
「ワタシが邪魔だったのだろう?」
言われて僕はふと気付いた。
そういえば、シロは監視するがごとくいつも僕のそばにいた…。海の時はそのおかげで助かったが、まさか思惑があっての行動だったとは…。
トウヤたちはそんなシロを初っ端から疑っていたから僕に話すことができなかった……とまぁ、話してくれなかったのはこんな感じな理由だろう。
それならばトウヤたちの判断は正しかったと思う。不満もない。
…でも、一つ疑問はあった
なんでそこまでしてシロは…神は僕を見張っていたんだ?
「それは、君が特別だからさ」
「?! …特別……?」
心を読んだかのような言葉に肩を揺らす。さすが神様ってところか。
神はこてんと首を曲げて笑った。
「君はワタシが思い描く"人類"なんだよ」
訳がわからない。
なんだよそれ…人類?
それならそこらへんにいるじゃないか。
なんで僕なんだ。
僕は自分のことで精一杯なんだ。
変に入り込んでこようとするなよ!
不満、反発、憎悪、怒り…いろんな感情が入り混じって激情となる。笑顔で僕の心を逆なでする神に怒りどころか気持ちの悪さを覚えた。
──…何なんだこいつは…!
「ふむ…やっぱりまだ完全には仕上がってないね…」
またしても神の発言の意味がわからない。
仕上がるって何が?
ちゃんと主語をつけて話してくれよ。
「主人ヨ…ドウスル?」
「…一先ず私と一緒に来てもらおう。この先はワタシがなんとかすればいいしね」
魔物から僕へ向き直ると、ニコリと微笑みを浮かべ神は僕へと手を伸ばす。
その微笑みがなぜかさっきまでともに笑っていたシロのものとだぶって見えて、僕は思わず固まった。
これは僕の知る手ではない…でも、もしかしたら…。
変な妄想に取り付かれ、呆と伸びてくる手を見つめる。その間にも手はどんどんと迫ってくる…
が、それはすぐに弾かれ、気づけば僕の顔に影がさしていた。
「申し訳ないケド、この人を守るのも仕事ダカラ……させないヨ」
ダビくんが、僕を守るようにそこに立っていた。肩口からはまだ赤い血が絶え間なく溢れているというのにその声はとても力強い。
「だ…ダビくん……?」
「ソラ!今のうちに逃げるよ!」
いつの間にか背後では皆、裏口へと走っており、ミカが僕に手を伸ばしていた。逃走を図るつもりようだ。
「ダビくんは?」
「彼は大丈夫だから!今は逃げるの!」
「でも…」
「早くっ!!」
異常なまでの焦りが伝わり、僕は弾けるようにミカの手を取り、共に走った。
しかし、それを神が見逃すはずもない。
「待ってよソラくん。…ミユキちゃん」
その無機質な声にミカの繋いだ手が震える。思わず振り向こうとするが「ダメ!」とミカに止められ、そのまま真っ直ぐ前を見つめて走った。
店の裏から外へ出ると緊急用の梯子を伝って降り、トウヤとセイナの背中を追ってひたすら、ただひたすら走った。
だがやはりダビくんのことが気にかかり、僕は口を開いた。
「ダビくん…本当に大丈夫なのか?!」
「大丈夫!だって、悪魔は不死身だから…何されても死ぬことはないよ!」
「そうだ。だから、今はとにかく走れ!」
その言葉で、僕は気持ちをようやく切り替える。皆が大丈夫だと言うのならば大丈夫なのだろう。
こうなったらダビくんのためにもなんとしても逃げなければならない。
なぜ会って間もない僕らを助けるのか。
ミカの味方とはどういう意味なのか。
なぜ魔物たちの主人である神に牙を剥くのか。
…聞きたいことは山ほどあるが、今まさに命を張ってくれている最中にそんなことを思うほど僕は恩知らずではない。
息が切れて足が痛くなってきても僕らは動きを止めなかった。
やがて僕らは森を抜け、港へとたどり着いた。
できるだけ早くこの島を離れるため船を探すが、どれもまだ出発までに時間がかかるようだった。こんな時に…と思わず舌打ちをする。
「どうしよう…このままじゃ神が追ってくる…」
「何かあるはずだ…何か…」
セイナが顔色悪くその場にうずくまり、トウヤが指を噛みながら必死に策を考える。
…が、一方ミカだけは少し違う行動を取っていた。
「みんな、あの人集り…なんだろう」
ミカは港の側にできた人集りに目を向けると首を傾げていた。今はそんなこと関係ないのに、何を考えているんだと怒りをぶつけたくなる。
しかし、僕が怒りの声を上げる前に別の声が上がった。
「…ちょっと待って……あれは…っ!」
驚きに目を見開くのはセイナだった。
セイナは一瞬動きを止めると、突如思い切ったように人集りへと駆け込んで行った。あちこちから不満の声が聞こえるが、最後に聞こえたのはとてつもなくデカイ男の声だった。
「おぉっ!セイナじゃないか!久しぶりだなぁ!!」
僕らは顔を見合わせると、急いで人垣をかき分けてセイナの元へ向かった。
人が集まる中心にはたくさんの宝石や珍しい道具などが広げられており、そしてそこにセイナと共にいたのは商人とは思えないやたら豪華な装飾品を身につけ、見た所トウヤとそう年が変わらないくらいの男だった。
見覚えは当然のごとくない。…セイナの知り合いだろうか。
「おっ!ソラも久しぶり!元気してたか?そういえばミユキちゃんはどこだ?あの子もいるんだろう?しばらく会ってなかったから心配してたんだぞ?でも、無事ミゲン大陸も抜けられてたみたいでよかった。実はな、俺の船の奴らもそれはそれは心配しててな。やっぱり後を追っていったほうがよかったんじゃないかって揉めてよ。まぁ、結局そんな風に揉めてる間にかなり時間経っちゃって諦めたんだけどよ…でももしかしたら大陸抜けたらここに来るかもってこの島に来てたんだが、やっぱり俺の勘はあってたな!いやぁーやっぱりさすが俺だな!というか、後ろの男は誰だ?新しい仲間か?なら自己紹介しなきゃな。俺は……」
「船長!それより話を聞いてっ!!」
「おお、すまん」
ようやく男の長話が途切れ、僕は息を吸い込む。まったく…よくそんな息をする暇すらないぐらいペラペラと話せるものだ。
とは言えどうやら彼は僕とも知り合いみたいだし、うまく話を合わせとかなきゃ。
構えつつ僕は二人の会話に耳を傾ける。
「…で、なんだったっけ?」
「あたしたちを今すぐ船に乗せてください!!」
「……は?いやいや、俺たちはさっきここに来たばっかで…てか商売中だし…」
「お願いします船長!追われてるんですっ!」
「……………」
随分と無茶なお願いをするな…と呆れる。さすがにそんな頼みが聞いてもらえるはずない。
……というか…ん?船長…?
「……仕方ない。元とはいえ仲間の頼みなら断るわけにもいかないしな」
「っ!ありがとうございますっ!」
嬉しげな声が耳を震わせ、僕もわずかながら安堵する。そして同時に「ああ、なるほど」と納得する。
彼は会話を聞くところによるとどうやらセイナが元々所属していた海賊団の船長のようだ。…なるほど、こんな無茶が通るわけだ。
「追われてんならできるだけ早いほうがいいな…よし!お前たち、行くぞ」
「「はい!」」
船長の掛け声とともに周りにいた雑踏の人々の半数が応える。
…なんと客のフリをして潜り込んでたらしい…いわゆる桜だな。
「せこ…」
「これが俺のやり方だ、文句言うな。…それより、急ぐんだろ?船まで走るぞ!」
商品を手早く片付けると船長は前触れもなしに駆け出した。
「あ、ああ!」
「はい!」
「恩にきる」
「ありがとう!」
僕らは船長たち海賊団に続き、再び休む間も無く走り出すのだった。




