41. Truth of betrayal.
「シロ…お前……」
まさかそんなはずはない、と疑心暗鬼につぶやく。
「ぼ…ボクは……っ」と僕のつぶやきにシロは必死にしどろもどろになりながらも訴えようとする。
ひどく怯えたように体を震わせるその姿を誰が疑えるものか。
なによりシロがダビくんに怪我を負わせる理由がない。もちろん疑う余地などない、のだが…
しかし、肩を貫いた何かが飛んできた方向にはシロただ一人が立っている。これも事実…
…いや、完結させるのはまだ早い。
シロの背後には外へ通じる扉がある。おそらくこの向こうに誰かがいるはず…そいつが犯人だ。
僕はそう結論づけると、音を立てず速やかにシロの脇をくぐり、扉の前に立った。
「なにやってるのソラ?」
「…………」
未だにシロを疑っているのか、シロから視線を外すことなく問いかけるミカにも答えず、僕は逃げる暇を与えぬよう扉を一気に開いた──っ!
「コンニチハ……皆様」
真っ黒な燕尾服に身を包み、軽くシルクハットを持ち上げお辞儀をする見目麗しき青年が驚いた様子もなく悠々とそこに立っていた。
銀に近い髪は結って背に垂らし、整った顔立ちで薄く微笑む……が、僕にはその笑いが、一挙一動がひどく気持ち悪かった。なんだかその態度がわざとらしく思えてならないのだ。
「お前はなんだ…?」
「…その質問はどういう意味でしょうカ?」
とっさに先ほどまでのトウヤのような質問を口にしてしまった。
初対面の人に対してお前はなんだ、なんて失礼だとは思ったが…その質問によって青年の瞳がほんの一瞬鋭い冷たさを帯びたのを僕は見逃さなかった。
僕はすぐに確信に至った。
……こいつ…魔物だ。
姿を見た瞬間から感じた不気味さがようやく結びついた。
なぜこんなところに…思うことは多々あったが、さすがにそれを面と向かって問いかけることはできない。
僕は無意識にその「青年の姿をした魔物」から離れるように後ろへ二、三歩下がっていた。
が、それがいけなかった。
「アーア、気付カレタカ…」
僕の反応を見るや否や魔物は作られた笑みをひどく冷ややかな笑みへと変え、ほんの一瞬で僕の首を掴み取るとそのまま締め上げ始めた。
「……ぐっ…!?」
圧倒的な力。
片手だというのに締め上げる力は相当なもので、息をするのもままならなかった。…意識が朦朧とする。
「サスガ神ノ秘蔵ッ子ダナァ?洞察力ニ長ケテイル」
「…ゔ……ぐぅっ…」
笑顔のままなおも首は締められ続ける。…耐えきれない。
…魔物の言葉も薄れていく。
…目の前に闇が広がり始める。
死を予感しても不思議と怯えなかった。怯える暇などなかったのだ。
「ソラをハナセ…」
不意に声が聞こえ、気がつくと首が魔物の手から解放されていた。いつ放されたのかわからなかったが、今はそれより逃げなければとまだぼんやりとした意識ながらも魔物からの距離を取り、警戒のため銃を構えた。
まだ首元にはじんわりとした痛みが残る。
「アァーア…殺シ損ネタカ」
「魔物がこんなところに何の用?」
見ると、いつもの優しげな表情を別人のごとく引き締めたミカが魔物の首筋に剣を突きつけ、相対していた。どうやら僕はミカに救われたらしい。
魔物はこてんと首を曲げ、剣の切っ先を見つめてはミカを見据えた。
「何ノ用?知レタコト…我ガ主人ノ呼ビカケニ応エタマデダ」
「主人…?」
ミカが繰り返す。
主人…
目の前の魔物ですら十分脅威だと言うのに、まだその上がいるというのか…?
考えるだけで寒気がした。今更になって体に震えが走りだす。
「…あんたの主人は誰だ?」
「誰二モノヲ訊イテイル…?」
緊張状態の中、満を持してして問いかけるトウヤを魔物は威圧的に睨む。ミカが抑えているので睨むだけにとどまったが、もしミカが抑えていなければ……と冷や汗とともに嫌な考えが浮かぶ。
「人間如キガ勝手に口を利クンジャナイ」
「……っ…」
さすがのトウヤも威圧に怯んで、出かかった言葉を飲み込んだ。賢明な判断だ。
この魔物は少なくとも人と同等ほどの知力を持っている。加えて店にわざわざやってきたということは、僕らに…ただしくは主人にだが…なんらかのようがあると考えることもできる。つまり、無茶をしない限りはおそらく僕らを殺しはしないだろう。仮説でしかないので確証はないが一番可能性がある。
ともあれ、状況が非常にまずいのは変わらない。
せめて非戦闘員であるセイナやシロだけでもここから離脱させなければ危険だ。
とは思うものの、こいつら少しでも動けば何をしでかすかわからない…
「……ダガマァ…イイダロウ。我ガ主人ヲ教エテヤル」
…一人の肩が大きく揺れる。
…一人の瞳が驚愕に見開かれる。
言ったそばからだった。
明らかに不利益だというのに、魔物は主人の身を明かそうと言う。
…本当に魔物というのは何をしでかすかわからない。だからこそ恐しいのだ。
しかし、今回は好機。主人を教えると言うのならば聞かないわけにはいかない。
たとえその主人と戦うことになろうとも、真実を知りたいと思った。
…僕らはじっと次の魔物の言葉を待った。
そして魔物はゆっくりと右手を上げ、ある人物の前になるとピタリと動きを止めては人差し指を立て、指差した。
「我ガ主人ハ其奴ダ……」
その場の全員の視線が注がれる。
その人物は青白い顔を横に振り、カタカタと震えながら否定した。
「…違う……違う!ボクは神なんかじゃないっ!!絶対違う!」
魔物はニヤリと不気味に笑った。
「アア、ソウダッタ……貴様ハ今ハ…──────シロと名乗ッテイルノダッタナ」
その人物はピタリと動きを止める。まるで図星だ、と告げているようだった…。
───…信じていた者が、裏切った。
僕は果たしてどんな表情をしているのだろう。
僕は果たしてどんな心情なのだろう。
僕は果たしてこれからどうするのだろう。
僕はシロのことをどう思うのだろう。
……それらすべてに答えをつけるのはひどく難しい。僕は動揺しているのだ。
───…信じていた者が、裏切った。
その事実が胸に刺さり、ひどく心を落ち込ませた。
…そんなはずがない。
と、僕はなおも目をそらし、耳を塞ぎ、現実から逃亡を図る。
シロは仲間なんだ。敵にまわるなんてことはない…絶対ない!
「……シロ…お前、なんで「ボクは神なんかじゃない」って言ったんだ?」
魔物は「我が主人」と言った。「神」とは一言も言っていない。
……きっと言い間違えたんだ。シロの動揺は半端ではないし、きっとそうだ。
裏ずけさえあれば大丈夫。シロは僕らを裏切ってなんかいない。信じて信じて信じて信じて信じて信じた。
…しかし、シロは黙ったまま何も言わなかった。否定も肯定もしない。
どっち…どっちなんだ?教えろよ!
「…ソラ……」
と、そこにミカの声が入る。難しい顔をして僕を見つめている。
「……ソラ…耐えられる?」
「何を?」
ああ…もう頭が回らない……。
ミカの質問の意図が全くわからない。
にも関わらずミカは無言を肯定ととったようで、そのままシロへと視線を向けた。
…何をするつもりだ……?
ミカは決意を固めたように語り出した。
「私が…あんたが殺し損ねたミユキだとしたら…あんたはどうする?」
…シロの瞳の色が一瞬にして変わった。
……仲間はいつもそばにいて、素直に心を打ち解け合う者たちのこと。
……嘘は、裏切り…
……許されない罪…




