37. Distan voice.
「と、いうわけで!第一回、競泳バトルここに開幕!」
「何故に!?」
突然だった。
海の家にシロとミカを連れて戻ってくるや否や何の前触れもなしにトウヤが宣言した。
せっかくかき氷を食べてのんびりしていたのにあまりの驚きにむせ返ってしまったではないか。
…というか、今さっきセイナが溺れていたというのに競泳って…
「…あんたバカじゃないの?」
「泳げないくせに海に飛び込んだ誰かさんよりはまだマシだと思うぜ」
見事にセイナの言葉を切り返し、トウヤは笑った。
これが大人の対応か…
…って、感心している場合じゃない!それより
「なんで競泳をしなければならないの?」
まさに僕が聞きたかったことをミカは口にした。
「ここに来る時、競泳してる奴ら見て俺もやってみたくなったんだよ」
「…え、それだけ?」
「ああ、そうだけど?」
「…………」
うん。まぁ、わかってたよ。
まだ知り合って間もないが、そういうやつだってことぐらいはなんとなくわかるようになってきたよ。
「えぇ…もう泳ぎ疲れたんだけどぉ…」
「自業自得だ」
シロの言葉を一蹴すると、僕らの無言を了承と取ったようで満足気に鼻をならした。
「…ってことで早速やるぞ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
意気込むトウヤに意義を唱えるのはもちろん、セイナだ。
「アタシは泳げないのよ?!」
「おお、そうだった。…じゃあ、審判してくれ」
忘れてたというようにあっけらかんと言った。
おいおい…適当すぎるにもほどがあるだろ…と、つっこみたくなる。
しかし、僕も大人だ…黙って生暖かい目で見るだけしてやる。
「おいソラ。そんなに見つめてもなんもやらねぇぞ」
「………」
どうやらトウヤにとって生暖かい目も好機の目も変わらないもののようだ…
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またしても焼け付く日差しの元へ僕らは舞い戻ってきてしまった…。
あぁ…暑い
「さぁ、お前ら準備しろ!すぐやるぞ」
「げぇー…」
「ほら、シロも一緒に!」
僕の気も知らずトウヤは元気にシロとともに準備運動なんて始めだした。やる気満々か!この野郎!
コースとしては今いる砂浜から海へ飛び込み、真っ直ぐ行ったところに浮いているウキを折り返し、戻ってくる、という案外簡単なものだった。
しかし、油断はならない。なんだかんだ言ってトウヤもミカも自信満々のようだし、実際、僕も彼らは泳ぎはなんとなく速そうだと思う。
…これはマジにならないと恥をかくかもな…
「ソラも準備運動した方がいい」
赤い髪を後ろで小さく束ねながらミカが言った。確かに泳いでる途中で足をつったら大変だ。思い、僕はさっそく体をほぐそうと…
「お!よかったなぁ、水着の美少女に心配してもらえて」
「…黙れ、トウヤ。沈めるぞ」
「へいへーい」
冷やかされた…。
僕はなんだか悔しくて、対抗心からかミカの言うことを無視することを決めた。
「?」
「子供だねぇ…」
ミカは少し悲しそうな顔になり、トウヤはクツクツと可笑しそうに笑を堪えている。
…バカにしやがって…絶対に勝ってやる!
「んじゃ、始めるよ?」
セイナの声が聞こえた途端みんなの顔が引き締まった。なんだかんだ言って、みんなやる気はあるみたいだ。
これは僕も負けてられない…!
「位置について、よーい…」
緊張が走る。
「…どん!」
鼓膜が震えた瞬間、駆け出した。
熱い砂浜からひんやりと心地いい冷たさの海水へ飛び込むと、飛び込んだ勢いでスーッと海底に沿って進む。
周りに木霊していた雑踏の声は途端に消え、静けさが訪れた。
静かで心が落ち着いた…
だが、すぐに息が続かなくなり、海上に出て息を吸い、そのままクロールへと移行する。
泳ぎ方なんてこれくらいしかできない。バタフライとか無理にもほどがあるし、それに、クロールが1番スピードがでるしな。
よくわからない自己完結をしながらふと、視界に派手に水飛沫をあげる「誰か」がうつった。
緑の髪がちらりと見えたのでおそらくトウヤだろうが……なんというか、そんなトウヤを見て僕は思わず泳ぎを中断し、呆気にとられた。
…恐ろしい速さだった。
みるみるうちに距離は開き、すでに折り返し地点ウキにまで到達していた。気づけばミカすらもウキの近くまで来ていた。
これは流石にまずい、と僕は慌てて泳ぎを再開する。
まだシロは少し前にいるぐらいなので抜けないこともない。
せめてこいつだけは抜かしてやろう。そう心に決め、泳ぐ。泳ぐ…
しかし、僕はとことんついていなかった。
「……ってぇ!」
最悪の事態。
足をつった…
痛い…
とっさに泳ぐのをやめてしまったせいで…当たり前だが、僕の体は沈んでいく。
足の痛みに加え、息継ぎをしなければという焦りでパニックになる。
どうしていいかわからなくなる。
「…ぷはっ!たす…けっ……み………!」
届かない。
いつも気にかけてくれて助けてくれるミカが遠い……なんだかんだ頼りになるトウヤも遠い……。
…届かない。
苦しい……………。
「……ソラ…っ!」
──力が抜け、気泡が視界を塞ぐ中に懐かしい声を聞いた気がした…
『…私は…もう……いやなの…』
遠く悲しく響く声…
誰のかも、もうわからない声…
「だからって死のうとするなよ!」
僕の声…
でも、僕は今喋った覚えはない…
誰の声…?
『だって…これ以上生きていたら、もっと人を傷つける…っ!』
「あんたの事情は知らない!ただ、自分のことだけじゃなく、周りのやつにも目を向けろ!」
『周りの……?』
「あんたにも大事に思ってくれる人ぐらいいるだろ?!」
『……っ!………私…』
「世界はあんた一人じゃない。勝手に自分を殺すな!」
『…………優しいんだね…』
「はぁ?あのなぁ、僕は怒ってるんだぞ?」
『ふふっ…』
「……ついに頭がおかしくなったか…?」
『違うよ。嬉しくって』
「…?」
『………ありがとう』
「だ、だから僕は怒ってるって…!」
『ありがとう』
「…も、もういい!」
『あ!ちょっと待って!君の名前は?』
「…知らないやつには教えない」
『え、なにそれ』
「関係ない、ってことだ」
『むぅ……なら…』
『…友だちになろう!』
あぁ…なんでだろう。懐かしい…
でも、どうしてもこれがなんなのかわからない…
これは夢…?
この少女の声は誰…?
…僕の声によく似たこの声は誰…?
「……………」
「おはよぉーございまぁーす。元気ですかぁ?」
ふと気づくと、目の前にはシロの顔があった。
どうやら溺れたのを誰かが助けて、海の家まで運んでくれたらしい。
だがしかし、まず一言言おう。
「すごいな、おかげさまで目覚めはすこぶる最悪だ」
「それはよかったぁ」
いいのかそれで?
ツッコミを抑えつつ、僕はゆっくりと起き上がり、シロはそんな僕の動きに合わせて脇に少し下がった。
「お!起きたな」
「ソラ!大丈夫?」
「まさかアンタも泳げなかったとはね」
途端、一気に賑やかな声が脳に響きだした。
「ミカ、心配しすぎ。セイナもバカにしてんのか?殺すぞ」
「起きて早々辛辣だな…」
トウヤは苦笑いしつつも安心したように笑っていた。
ミカも僕の声でようやく安心したのか目をつむり、口を緩めていた。
「殺すってなによ!アンタなんかができるわけないでしょ?」
セイナもセイナでわずかに青白い顔ながらいつものように見下し発言を口にした。
「いや、できる」
「どうやるってのよ!」
「お化けの巣窟に連れて行く」
「……確かに死ぬわ…」
たしかセイナはお化け嫌いだってミカに話を聞いたので言ってみたが、予想以上に苦手らしい…
「あれ?セイナちゃんってお化けとか苦手なのか?」
もちろんそんなことを知らないトウヤは引きつった笑顔で訊いた。
…何故引きつっている…?
「そうですけど何か問題でも?!」
もはや開き直ったように答えると、トウヤは「あちゃー」とつぶやき声を漏らした。
「どうかしたのか?」
「あー…いや、別に」
なんだか腑に落ちない態度だが…まぁ、今はいいか。
「それより!」と僕が話を切り替えると、トウヤがほっと息をついたのが聞こえた。聞き逃さなかった。
後で問い詰めよう…
「やっぱりミカが僕を助けてくれたのか?」
仮にも救われたので、例の一つくらい言わなければ、と思い、ミカに顔を向ける。
「…え?」
しかし、ミカはなんだか複雑な表情をしていた。
…ミカが助けてくれたのではないのか…?
「あれ?…じゃあトウヤが助けてくれたのか?」
「いや、俺は遠かったから、折り返して来るまで気づかなかった」
「じゃあ…セイナ?」
「アンタ、それわざと言ってる?」
「いや……じゃあ、誰が…?」
首をひねっていると、背後からトントンと方を叩かれた。
振り向くと、満面のドヤ顔で僕を見つめるシロがいた。
「…………!」
「いやいや、存在忘れてたみたいな顔しないでよぉ!」
「あ、すまん…まさかお前とは思わなくって…」
あまりにも意外すぎて驚いたが、確かに、あの状況で最も近くにいたのはシロだった。
なんだか、意外な一面を見たと言うか…反抗期の子どもが少しだけ素直になってくれた、みたいな感動が胸に広がってきた。
「とりあえず、ありがとな。助けてくれて」
「どぉも」
そっけなくシロは応える。
僕は思わず吹き出してしまった。




