19. Transition.
私は一人、地下室を飛び出すとできるだけ音を立てぬようにそっと地下室から階段を上っていきました。
みんなのためにも…ソラのためにも、私がシロを見つけて助けないと!
そんな使命感に駆られ、私は自然と足を早めて行きます。
シロ…まだバジリスクに見つかってないよね…?
念のためにロビーの方を確認してみると……なんとかいました、バジリスクです。
石と化した人々に巻き付く、体長が6mほどありそうなコブラに似た大きな蛇。広がる背には閉じた瞳のような模様があり、頭部にはまるで王冠のような形のトサカがあります。昔読んだこの世界の古い神話の本に書いてあった通りの外見です。
…ということは、あの背にある瞳に見つめられてしまうと石になってしまうのですね……。今はまだ閉じてるから大丈夫みたいだけど。
冷静に分析しながら私は静かに宿の奥の方へと進んでいきます。
…あの様子だと、まだシロは見つかっていないようですね。それに、さすがのバジリスクもまだ私の存在には気づいていないようです。
……でも、それも時間の問題。
バジリスクが奥の方にやってくる前にシロちゃんを見つけなくっちゃ…!
あらためて決意を固めると、私はとりあえず最奥の部屋から見て回ることにした。
シロは仮にも猫なわけで、嗅覚は人一倍強い。となると、バジリスクの「魔物のにおい」にはかなり敏感なはず!
…と、私は予想したのです。
そして、予想は見事に的中しました!
奥から二番目の部屋の隅にシロちゃんはうずくまっていました。
「シロちゃん…!ここにいたんだね!」
私は嬉しさのあまり叫びそうになりましたが、思い直してちゃんと小声で呼びかけました。
さすがの私も大人になったということですね!
……って、ソラがここにいたら「こんな時に馬鹿か」って言われそうですね…
私の声にシロちゃんも反応し、顔を上げました。猫の姿ではあるものの、その瞳からは不安と驚きの色がうかがえます。
「ミユキさんっ…!なんでぇ!?」
「話は後だよ!とりあえず今はソラたちと合流しよう?」
安心させるように私が手を差しだすと、シロは弾かれたように飛びついてきました。
かわいいです…!
そして、任務完了です!
シロの頭を優しく撫で、思わず私が気を緩めた…その時でした……
「人間ダナ……?」
シューシューと不気味な音を漏らす声。じっとりとして気味が悪い…この声……!
「シロちゃん……私が「行って」って言ったら振り返らず、地下室まで走って。いい?」
「え……ミユキさん…?」
私のささやきにシロは困惑の声を上げます。しかし、今はそれどころじゃない……背後の気配はそんな甘い相手じゃない。
ゆっくりと振り返る。
…チロチロと舌をうごめかせ、私たちを見つめる大蛇が入り口を塞ぐようにしてそこにいた。
「………バジリスク……」
「ナンダ、ソノ獣ハ魔物カ。ツマランナ……」
私はおもわず顔をしかめます。
…吐く息は黒く、その体からは焦げ臭いような生臭いような異様な臭い……。
シロはこの臭いで思わず逃げ出してしまったんですね。
「…用がないのなら私たちを通してくれない?急いでいるの」
少なくとも会話できる程度の知能はあるようなので、私はいつも魔物を説得するときのように語りかけてみました。するとバジリスクはせせら笑い、
「貴様ハ馬鹿カ?ミスミス獲物ヲ逃ガスワケガナイ」
「なら、この化け猫だけでも見逃してくれない?…お願い!」
切に願う。
バジリスクはじっと動きを止めると、目を細めた。背筋に冷たい汗がじっとりと流れます…。
バジリスクの答えを待ち、黙っているとようやくその返事が告げられた。
「イイダロウ、ソノ獣ダケ見逃シテヤル。サッサト行ケ」
やけに素直に認めてくれた…。
疑う気持ちはあるが、とりあえずシロに「行って」と声をかける。シロは渋ったが、一度私を見るとすぐに決心したようにバジリスクの横を通り過ぎていった。
…バジリスクはシロに手を出すことはしなかった。
一先ずの目的は達成できましたね…。
「随分ト俺ヲ疑ウノダナ?」
「………………」
「マアイイ。コレデヨウヤク貴様ト話ガデキル」
やっぱり気づいてる…
イヤだ……聞きたくない。
誰かの口から「それ」を聞きたくない…!
ヤダ……イヤダ…!!
心の叫びもむなしく、「それ」は突きつけられる。
「仲間同士、ユックリト話ヲシヨウジャナイカ……」
否定の言葉は出てこなかった……
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「あーあ、まだ物語は始まったばかりだって言うのに……バジリスクったら急かしすぎだよ…」
壁や床に飛び散る赤をなめるように見回しながら、ため息をつく。
「まあ、でもそれならそれで面白い展開になりそうだし、いっか。……それに、今対処すべき問題は別にあるしね」
地下室へと続く階段を一段一段、音も立てずに降りていく。問題の少年はこの先にいる……。
「…ずいぶんとあの子に依存しちゃって、視野が狭くなっちゃってるんだよなぁ……おかげでまた「終わり」が遠ざかっちゃった」
…ぴたりと足を止める。
「でも、だからって今ワタシが接触するのはさすがにマズいよねぇ……?」
誰に聞くでもなく呟く。扉に刻まれるきれいな装飾をなぞるようにして触れる。
…すぐ近くに旅の目的である者がいるというのに彼らは気づかず、真剣に会話を続けている。
「……ソラ君はちゃんとワタシのとこまでたどり着けるのかな…?」
むしろ、たどり着いてもらわないと困る。そうじゃないと、ワタシの作戦が狂ってしまう。
今までずっと待ち続けたんだ、こんなのところでつまづくわけにはいかない…。
「ちゃんとワタシの思い描く「人間」になってくれるかなぁ?」
こみ上げる笑みをこらえながら、そのままきびすを返す。
今はまず「あの子」の方をどうにかしよう…。
楽しみは後になればなるほど楽しくなるものだしね。
暗がりでも純白に煌めく長い髪をなびかせ、弾む足取りで階段に足をかけた───。
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