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ミアと初めてダンジョンを攻略して一週間。ナギサはミアと一緒に毎日のようにリベラルウェイをプレイしていた。
ようやく操作にも慣れてきてダンジョン攻略のコツもわかってきたナギサは、今日もダンジョンに潜っている。
「ミア。これ、どう思う?」
部屋の真ん中にある他の場所と比べて少し浮いている床。これ見よがしに設置された、仕掛けを作動させるスイッチだ。
「うーん……」
ミアは腕を組んでしばし考えこむ。
が。
「よーし、じゃあさっそく踏んでみよー!」
「ストップ、ストーップ!」
わずか二秒。よりによって一番危険な選択をしようとしたミアを、襟首をひっつかんで止める。
「ぐえっ。ナギサ、そんなとこ引っ張んないでよー!」
「だって、さっきの部屋だってそうやってモンスターが大量に出てきたじゃないか! またそうなったらどうするのさ。もっとよく考えようよ」
「んにゃ? よく考えたよ?」
ミアの言う「よく考える」とは、一瞬腕を組んで首を傾げるというだけの動作を指すらしい。
「だってほら、二つ前の部屋ではお宝出てきたし!」
「三つ前では落石、四つ前では水攻めだったと思うんだけど……」
「気にしない気にしない。それっ」
「……て、あー!」
ひょいっとスイッチに飛び乗る。ガコンと音を立てて床が沈んだ。
「…………」
「…………」
シン……と静まり返る、遺跡の一室。
「……何も起こらない?」
「なんだー、つまんないのー」
ぴょんとスイッチから飛び降りる。再び床が浮き上がる様子もない。確かに作動はしたようだが……。
「……あれ?」
とその時、ミアが何かに気づく。ネコミミが何かを聞き取ろうとするようにピンと立った。
「ミア?」
「何か、聞こえない?」
「え……?」
ミアにならって耳を澄ます。確かに、遠くで何か重いものが動くような、硬いものを打ち付けるような音が聞こえるような、それに伴ってなんだか床が揺れているような、しかも段々と近づいているような……。
「……ミア。もしかして、だけど」
「にはは、多分考えてるとおりじゃないかなー」
ズシン、ズシンという音は、まだ開いていない扉の方から聞こえてくるようだ。もう、なんとなくだが予想がついた。
「ナギサ」
「うん」
「横を通って全力で逃げるから、出遅れないでね」
「うん。……って、ええ!?」
どんな物が来るかもわからないのに、横をすり抜けて強行突破なんてそんな無茶な。慌てふためくナギサだったが、覚悟を決める間もなく目の前の扉が破壊された。
分厚い石材の扉が、まるで障子紙でも破るように簡単に砕かれる。防御魔法の盾で石材の破片をガードしつつ、土煙の向こう側を伺った。
「……いや、無理」
即、諦める。
土煙の向こうに居たのは、最初に行ったダンジョンで戦ったような巨大ゴーレムだった。その巨体は通路を塞ぐほど。巨木のような腕同士を激しく打ち付けて力と存在を主張するその仕草は、獣が咆哮を上げている様と似ている気がした。柱のような足で床を踏み鳴らすと、大地震のように足元が揺れる。
「ミ、ミア、これ無理……って、いない!?」
さっきまでミアがいた場所には、彼女の影も形もない。
「ナギサ、出遅れないでって言ったじゃんー!」
「え? ……ええ!?」
ミアの声にあたりを探すと、彼女は既にゴーレムの向こう側に居た。さすがはレベル63のシーフといったところか。
「……て、感心してる場合じゃなくて……。ミ、ミア、僕はどうしたら良いのさ!」
「だからうまいことこっちに来てよ!」
「うまいことって、どうやって!」
「だだだって行って、しゅばっと飛び込んで、すささっと来ればだいじょーぶ!」
「全ッ然大丈夫じゃない!」
めちゃくちゃだ。自分にあんな動きをしろと? なんとか人並みには走ったり跳んだりできるようになってきた自分だが、そんなシーフさながらの動きができるわけがない。そもそもそんなに俊敏に動けるウィザードがいるものか。
「ナギサ、危ないよ!」
「へ? うわわわわっ!」
ゴーレムが床を踏み荒らして近づき、組んだ両手をハンマーのように振り上げた。
「む、無理、絶対無理ッ!」
慌てて逃げようとするが、急な動きをするにはまだ体が慣れていないらしく。
「うぐっ」
顔面から転ぶ。頭上には、巨大なアームハンマーが迫っている。
(……あ、死んだ……)
心の中でそう呟き、その覚悟をした時だった。
「危ない!!」
少女の叫び声。ミアのものではなかった。
「え……?」
見上げると、視界を何かが過ぎった。直後頭上で何かがぶつかり合う音がする。
「あなた、早く逃げなさい!」
「え? え?」
「早く!」
「は、はい!」
這いずるようにして逃げ、ミアのいる方へと駆けていく。そしてまたも顔面からすっ転び、ズシャーっと音を立てて滑り込んだ。
「ナギサ、ナイス顔面スライディング!」
「うう、ぜんぜんよくない……。それより、あれは……?」
顔を上げる。ゴーレムの拳を身の丈ほどもある巨大な片刃の剣で受け止めていたのは、桜色の髪をした少女だった。
少しツリ目がちな空色の目。真剣な眼差しでゴーレムを睨みつける。
「覚悟しなさい……!」
ゴーレムの拳を、なんと押し返し、弾き飛ばす。身の丈ほどもある大剣を振り切り、その勢いを殺さぬまま身を捻って逆袈裟に斬り上げた。
ゴーレムの腕の先が砕かれる。ダメージに怯む、その一瞬。
「よーし、いくわよ!」
振り切った剣の勢いを、地面に叩きつけることで強引に止める。そして続けざまにスキルが発動する。
「はぁあああああ!!」
掛け声とともに遥か高く跳躍。体を縦に回転させ、ゴーレムの頭上から重剣を振り下ろす。それは刃を以て斬り裂くというより、鉄塊を以て「叩き割る」とでも形容すべき、強烈な重撃。
硬い装甲を砕く破砕スキルの一つ、《レイジングバスター》。それが彼女の放った技だった。
頭頂に刃が叩きこまれたその瞬間、重たい音と共に激しい衝撃波が巻き起こる。そのまま地に向かって振り下ろされた少女の重撃は、岩石の巨体を真っ二つに叩き割った。
クリティカルヒット。ダメージは五千強。あまりにも重い一撃は、ゴーレムを物言わぬ石片に変える。
「……すごい……」
ナギサは思わずそう漏らしていた。
大剣を用いた重撃で相手を葬り去る、一撃必殺のヘビーアタッカー。その職業の名は《ブレイカー》。
「ふぅ……」
少女は大剣を背に収めると、一つ息を吐き、こちらに向かってきた。
「あなた、平気? 体力危ないなら回復薬分けるわよ?」
「い、いえ、平気です。その、ありがとうございます」
「いいわよ。ダンジョンの中では助け合いが大事だからね」
ふわりと微笑む少女。思わず、ドキリと胸が高鳴る。
キャラクターの外見は、ナギサより少し年上に見える。背はスラリと高く、大人の女性のような雰囲気を持っていながら、笑顔からは少女のあどけない可愛らしさが感じられる。どうやらプレイヤー自身も外見設定からそれほど離れていないようだ。もっとも、ナギサにとっての印象は「年上のお姉さん」といったところであり、彼女の笑顔に見とれていたのだった。
「……で、そっちは……と」
少女はふいっとミアの方に目を向ける。ナギサに向けた表情と違い、どこか怒っているような、呆れているような、そんな感じだ。
「やっ、サクラ!」
ミアは大剣士の少女を見上げると、片手を大きく上げて挨拶をする。一方、少女の方の返礼はというと……。
「やっ、じゃないでしょ、あんたは!」
「あうあうあういたいいたいいたいやめてーぐりぐりやめてー!」
こめかみを拳で両側から挟んでのグリグリ攻撃だった。ミアが涙目になって悲鳴をあげる。
「え、えっと、え……?」
突然の出来事について行けない。ミアの知り合いなのだろうか。
「あの……」
「また一人で勝手に先に行って! 大体あんたはこの間だって勝手に行っちゃったじゃない!」
「ちゃんと待ってたよー! 来なかったからわたしとナギサで……」
「どこにあるかもわからない落下トラップでしか入れないランダムダンジョンに『現地集合ね!』とだけ伝えられたってわかんないわよ! せめて座標ぐらい教えなさいって!」
「いたいいたいいたいやめてーぐりぐりいやー!」
「あ、あの……」
どうやら彼女のおしおき(?)が終わるまでは、待つしかないようだった。