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「ナギサ、せーので行くよ!」

「う、うん!」

「「せーの!」」

 同時に壁のレバーを下げると、扉が開き、階段が現れた。

「よーし、ここを上がれば……!」

「反対側の、最上層だよね」

 あれからミアと共にダンジョンをめぐって30分ほどが経つ。ナギサはついにミアが最初に指し示した大きな扉の前にたどり着いていた。

 ここに来るまで、戦闘はもちろん、仕掛けもほとんどミア任せだった。今のように二人がかりでないと解けない仕掛けも少なくなかったから、自分の存在は全くの無駄というわけでもなかったが。

 それ以上に、自分が止めるのも聞かずに考えなしに扉を開いたり、怪しいスイッチを押したりするのは勘弁してほしかった。時にはモンスターが落ちてきたり、時には岩が落ちてきたり、時には天井が落ちてきたり……。ダンジョン攻略の経験が豊富なことは確かなようだったが、そうなのだとしたらいつもこんなふうに無謀に探索しているのだろうか。

「ほら、開けるよナギサ!」

「う、うん!」

 何はともあれ、コレで晴れてダンジョン攻略達成だ。ナギサは力を込めて、ミアと同時に扉を押した。

 ……その先にあったのは、今までで一番大きな広間だった。

「……ありゃ?」

「あの、ここが最深部?」

「えっと、違うかなー。この構造は、あれしかないよ、"あれ"……」

「"あれ"?」

 ミアの顔が少しだけ引きつっていた。もしかして、またなにか良からぬことが?

「ナギサ、下がって!」

 ミアの叫び。ナギサは慌てて後ずさった。

 ……しかして、ナギサの予想は的中する。

 円形の巨大な広間。その中心に巨大な岩の塊が落下してくる。

「な、なに、あれ?」

「そりゃもちろん、ダンジョンの最奥に大きな部屋があったら、発生するイベントは一つだよ」

 岩の塊は独りでに蠢き、そして立ち上がる。


 それは、体長5メートルは下らない、巨大な《岩石人形ゴーレム》だった。


 そう。ダンジョン最奥のイベントとは、

「ボス戦だよ! 走ってナギサ!」

「え、ええ!?」

 ミアに手を引かれて駆け出す。岩石人形はその大木のような腕を振り上げ、無造作に振り下ろした。ひどく緩慢に見える仕草。しかし生じた衝撃は想像を絶した。

 着弾と同時、拳の周囲の床が吹き飛ぶ。瓦礫が飛散し、後には深いクレーターが残った。それは隕石の直撃にすら匹敵する一撃必殺のアームハンマー。

「あ、あんなの食らったら死んじゃうんじゃないの!?」

「もちろん即死だよー! 《VIT(生命力)》極振りの騎士だって耐えられるか怪しいよー!」

 ミアの言うことはナギサにはよくわからなかったが、実際の所細かい説明なんて聞くまでもない。

 あんなものが直撃したら命が百個あっても足りない。火を見るより明らかだ。

「ど、どうするのさ!?」

「とにかくやってみる!」

 ミアはナギサの手を離すと、懐からナイフを取り出す。

「くらえ!」

 投擲。三本のナイフが岩石人形に命中する。白い文字で、102、95、110と表示された。

「うわ、びみょー……。やっぱりアタッカーいないと辛いかな」

「勝てるの?」

「やってみなきゃわかんないね!」

 ミアは楽しげに次のナイフを取り出す。彼女にとってはこの難敵の攻略もダンジョン攻略の楽しみの一つらしかった。

 ミアは三本のナイフを片手に持ちつつ、もう片方の手で首に下げた端末石に触れ、ウインドウを呼び出す。それを通して岩石人形を見た。

「な、何してるの?」

「《サーチャー》! これで調べたい相手をタッチすると、ステータスとかわかるの」

 ナギサも見よう見まねでサーチャーとやらを呼び出す。そして半透明の画面に岩石人形を映し、タッチしてみた。

 画面上に、「ギガントゴーレム(70)」と表示され、その下にゲージのようなものと、数字が表示される。ゲージはどうやらほとんど満タンらしく、数字の方は「35173/35480」と表示されている。どうやらこれが相手のHPらしい。

「こ、これ、勝ち目あるの?」

「だいじょーぶ! わたしを信じて!」

 立て続けに攻撃。与えるダメージはやはり100前後だったが、時折「CRITICAL!」という文字と共に赤い字で400くらいダメージを与える事があった。《クリティカルヒット》、いわゆる会心の一撃だ。

 しかし、それでも相手の体力に対して与えるダメージが小さすぎる。

 ギガントゴーレムが再び腕を振り上げる。ミアが俊敏な動作で跳び、ナギサも自ら走って逃げた。

「あぶないけど、ちょっと畳み掛けるかな!」

 次に彼女が両手に握ったのは、投擲用のナイフではなく、もう少し大振りな二本の短刀だった。逆手にそれを握りしめ、ギガントゴーレムに接近する。

「そりゃあああ!」

 掛け声と同時に跳躍、そして体ごとコマのように回転しながら斬り抜けた。

 強襲アサルトスキル《スピンドライブ》。手数もダメージ量もさっきまでより多い。しかしそれでも平均300程度。まだ足りない上に、接近しなければならない分リスクが高すぎる。

 近接攻撃に反応し、邪魔な虫を払うようにゴーレムが腕を振るう。ミアは辛うじてそれをかわして距離をとった。振り切った腕が強い風を起こし、半円を描いたところで一瞬動きを止める。

 ゴーレムを睨みながらバックステップで距離を取るミア。……その先にある床の違和感に、ナギサは気付いた。

「危ない! 下!」

「へ……?」

 ミアが足をついたのは不自然に浮き上がっている石材の真上。彼女が着地した瞬間、床が沈んだ。

「後ろだ!」

「ッ!」

 ナギサの声にミアは足を止めず横に跳ぶ。その直後、背後の壁から太く鋭利な石槍が突き出していた。

「ト、トラップまであるなんて……」

 ナギサの背筋が冷たくなる。自分が気づくことができなければ、ミアはトラップに殺されていたかもしれない。

「だ、大丈夫なの!? こんな危険な場所で、こんな強い相手と……」

 心配して呼びかけるナギサだったが、ミアの表情を見て言葉を止めた。

 彼女は、笑っていたのだ。

「……そっか、そういうことかー」

 まるで新しい遊びを思いついた子供のような、無邪気な笑顔。ミアはその表情のままナギサに呼びかけてくる。

「ナギサ、わかった! こいつの倒し方!」

「え……?」

「わたしの言う通りに動いて、ナギサ! わたしが合わせるから!」

「……うん、わかったよ!」

 ミアの探索は確かに無茶苦茶なところもあった。しかし、彼女が仕掛けを解くことにおいて何か取り返しの付かない間違いを起こしたことも無かった。

 ナギサは彼女の知識と経験を信じ、強く頷き返した。

「ナギサ、さっきみたいに床が浮いてるとこ探して、その近くで待って!」

「わかった!」

 目を走らせる。最初の一つは、すぐ傍にあった。

「あったよ!」

「じゃあ、わたしの合図でそれを踏んで、逃げて!」

「う、うん!」

 トラップを自ら作動させるなんて、ナギサにはその意図が理解できなかった。しかし彼女を信じると決めた以上、それに逆らうわけにはいかない。

「よーし……。とりゃあ!」

 ミアがさっきのようにゴーレムへととびかかり、回転しながら斬撃を与える。斬り抜けたミアを振り払うように、先ほどと同様ゴーレムが腕を振り回す。

「今!」

「了解!」

 その攻撃が終わる瞬間、ナギサは床を踏み、そのまま跳んだ。

 ナギサの背中ギリギリを岩槍がかすめ、そして、

「やった!」

 ミアの声。床に転がりながら振り向くと、ゴーレムの振り切った腕の先に、岩槍が突き刺さっていた。表示されたダメージは、5000以上。

「これって……!」

「ただのトラップじゃない! 上手く使って、こいつを倒すんだよ! ……にふふ、ダンジョンのボス戦はやっぱりこうじゃなくっちゃ。さ、ナギサ、次行くよ!」

 ミアの指示で次のトラップを探し、また同様にゴーレムの腕を貫く。一つが終わるとまた次を探す。

 一撃食らえば即死の状況。しかし二人の連携は確実にゴーレムの腕を砕き、膨大なHPを削り落としていく。

 勝利への活路を見出したミアの動きはより一層鮮やかになった。離れてナイフを投げつけては目にも留まらぬ速さで攻撃をかわし、ナギサがスイッチを見つけるとすぐさま接近して二刀の斬撃を加える。

 岩槍がゴーレムの拳を貫き、やがてその片腕を粉砕する。ゴーレムの体力は残り僅か。

「スイッチあった!」

「よーし、じゃあ行くよ!」

 ミアが斬撃を加え、ナギサがスイッチを踏む。振り切った腕に岩槍が突き刺さり、残った腕を砕いた。

「あとは任せて!」

 着地したミアがすぐさま切り返して、再び跳ぶ。両腕を失ってのけぞっているゴーレムの体を駆け上がり、頭部に達した瞬間、スキルを発動した。

「やあああああ!」

 ミアの体が舞い始める。それは、《シーフ》が持つ上級の必殺フェイタルスキル……《テンペスト》。

 右の刃がゴーレムの頭を斬り裂く。続けて左。返す左刃に右刃が連なり、体ごと捻った刃が振り下ろされる。間髪与えず次の攻撃が続き、両の刃が嵐の如く乱舞する。そして、

「ッ!」

 二つの刃で激しく斬り上げながら、ミアが高くへ舞い上がる。

「これで、とどめ!」

 一斉に投擲したのは、雨の如き無数の短刀。嵐がもたらす豪雨のように、ゴーレムへと降り注ぐ。

 そんな光景を背にミアはしなやかに降り立ち、ニッと笑みを浮かべた。

「はい、おしまいっ」

 ウインクと共にパチンと指を鳴らす。刹那、時が遅れて流れだしたかのように、無数の斬撃がゴーレムを微塵に斬り裂いた。

 数えきれないほどのダメージ数。それは、両腕を失い死に瀕していた巨大な岩石人形に、最期を与える。

 大きな音を立てて崩れ落ちる巨岩の躯体。一瞬の間を置いて、それは光の粒となって消失する。

 それと同時に、二人を祝福するかのようなファンファーレが響いた。経験値の取得によるレベルアップの印。……あのゴーレムを倒した証だった。

「……たおした……?」

 自分のレベルアップもそっちのけで、唖然として虚空を見つめるナギサ。一方ミアは、

「やったよ、やったよナギサー!」

「うわ!?」

 無我夢中でナギサに飛びついてきた。正面からの体当たりを受け止めきれず、ナギサは後ろ向きに倒れてしまう。

「倒したよ、ゴーレム!」

「う、うん。よかった」

「もっと喜ぼうよ! レベル1がレベル70の巨大ボスを倒したんだよ!?」

「いや、だってほとんどミアにやってもらったし……」

「そんなことないよ! ナギサが言ってくれなかったら最初のトラップで死んでたかもだし、そもそもナギサがいなかったらあんな連携できなかったんだから! ナギサのおかげだよ!」

「そ、そうかな……」

「そうなんだよ! にはは、ナギサはもっと素直に喜んでいいんだよ」

 至近距離で笑顔を浮かべるミア。ナギサはなんだか気恥ずかしくなって、顔を赤くして目を逸らした。

「あ、あの、そろそろどいてくれないかな」

「んにゃ? あ、ごめんごめん」

 ぺろっと舌を出しながら、ミアが体をどかす。よく考えたら、女の子にこんなにも密着されたのは生まれてはじめてかもしれなかった。……バーチャルとはいえ。

「行こう、ナギサ。今度こそ攻略達成!」

「う、うん」

 ミアに手を引かれ、ナギサは部屋の奥に向かった。

 そこにはまた長い階段があった。それを並んで登り、その先にある扉を二人で開く。



 瞬間、眩しい光がナギサの視界を照らした。



「……うわ……」

 言葉を失った。

 そこは空の下にある祭壇で、地面がかなり遠くに見える辺り相当な高さにあるらしかった。ダンジョンを歩いている間にこんなにも高い場所に登ってきていたのだ。

 空は鮮やかなオレンジに染まっている。時間の概念のないゲームである以上これは場所限定の特殊効果に過ぎないのだが、それを知らないナギサには、あくまでこれは自然な光景に映る。果てしない荒野が夕陽に照らされる風景は、リアルではそう目にすることのできない絶景だ。

「うーん、いい景色ー! あ、ほらナギサ、見て!」

「…………」

「ナーギーサー?」

「……あ」

 すっかり景色に目を奪われていたナギサは、ミアの声にようやく我に返る。

「ご、ごめん。なんか、見とれちゃって……」

「すごいよねー、これ。ほらナギサ、あっち見て!」

「あっち?」

 ミアの指し示した先にあったのは、巨大な火山。夕陽の光を一身に受けて、その存在を主張していた。

「あれがね、バルカインのシンボル」

「バルカイン……?」

「この国の名前だよ。《砂漠と火山の国バルカイン》。他にもこの世界には三つの国があるんだ」

「へえ……」

 ナギサは改めて彼方にそびえる火山に目をやった。……この世界は、こんなにも広いのだ。

「あの火山だって、まるごと全部ダンジョンなんだよ」

「あ、あの大きな火山が、ダンジョン!?」

「うん! 四つの国にはそれぞれシンボルになるものがあって、それがその国の最難関ダンジョンになってるんだよ。……わたしもいつか行ってみたいなぁ」

 ミアは目を輝かせて火山を見つめた。その目に映る世界は|バーチャル(作り物)でしかないのかもしれないが、彼女の瞳の輝きは、紛れも無い|リアル(本物)だった。

「……すごいな、このゲームって」

「でしょ!」

 ナギサが不意に漏らしたつぶやきに、ミアは満面の笑みで答える。

「果てしない世界! 終わらない冒険! どこまでも続く旅路! それがリベラルウェイ・オンラインの世界だよ!」

 そう語るミアは、今までで一番嬉しそうだった。こんなにも素直に笑う少女を、ナギサはリアルでも見たことがないと思った。それだけこの少女はリベラルウェイの世界に心酔しているのだろう。

「……どこまでも続く旅路」

 今ここから見える広大な風景ですら、この世界全体からしたらごく僅かなものなのだろう。そしてその果てしない世界には、今のようなダンジョンがたくさんあって、たくさんのモンスターもいて、たくさんの冒険があって、たくさんの冒険者がいる。

「あ、ナギサ。ちょっと眼の色変わってるよ?」

「え? そ、そうかな」

 そうかもしれなかった。今のナギサは、この果てしない世界に思いを馳せ、どこまでも続く旅路に夢を描いている。

 だから、もう、

「もう、ゲームやめようなんて思ってないよね?」

「……まさか」

 ナギサは笑って答える。

「こんな楽しい冒険、終わりにするなんてもったいなさすぎるよ」

 いつの間にか、暗い考えなんてどこかに行っていた。

「そっか、良かった。にはは」

 救ってもらったのだ。まるでお日さまみたいににぱっと笑う、この少女に。

 冒険に誘ってくれて良かった。お陰で、こんなにも素晴らしい世界を知ることができた。

「……まだまだ、これからだ」

 きっと自分は、今、ようやく冒険を始めることができたんだ。こんなに大きな世界なら、……きっと自分の願いだって叶えられる。

「じゃあナギサ。行こうか」

 ミアが手を差し伸べる。その向こうには、果てしない、どこまでも続く|世界(旅路)。

「……うん、ミア」

 ナギサはそこに自らの手を重ねた。

 そして、リベラルウェイの世界へと、一歩を踏み出す。


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