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(……やればなんとかなるもんだな)

 倒れたナギサは、じっと目を閉じて内心でつぶやいた。

 ストレイドッグとの戦いは、ナギサにとってひとつの「乗り越えなければならないもの」だった。彼を乗り越えることがすなわち、「弱いままの自分」を乗り越えることになると思った。

 そんな本気の努力なんて、思えば今まで一度だってしたことが無かった。そんな自分がこうして、たとえゲームでも、実を結ぶほどの努力をした。

(サクラさん、認めてくれるかな)

 二週間前、自分に厳しい言葉をかけてくれた少女の姿が目に浮かぶ。まだ足りないだろうか。それとも、ゲームでこんなにまじめに努力していた自分を、ストレイドッグのように笑うだろうか。

(……あ、そういえば結局ミアに会えなかった……)

 死んだ自分に示された選択肢は二つ。拠点に帰還するか、イベントを抜けてログアウトするか。今帰還したら、こんどこそ確実に《聖騎士団》の作戦に従うことになるだろう。イベント自体の時間も残り少なく、もう一度ミア達を探しに最前線に向かうのは難しそうだ。

(約束、守れなかったな……。はは、これじゃどのみち怒られちゃうか)

 あんなに嬉しそうに約束してくれたのに、せめてそれだけでも守ろうと頑張ってきたのに、遅刻して会えず終いでは本末転倒だ。

(けど、悪くないかも、なんて……)

 ミアやサクラが自分に失望するのは仕方のない事だろう。あの時の自分の行動を省みれば当然の結果で、それはもちろん寂しいことだ。

(だけど今の僕なら、きっとやり直せる……)

 そう思ってログアウトしようとした、その時だった。

 感覚の無かった体が、突然鮮明な五感を取り戻す。草の生えた地面に倒れていることを、確かに認識した。

「あ……れ……?」

 目をうっすらと開くと、そこはさっき自分が倒れたままの場所。視界には「自動復活まであと30秒」と表示され、カウントダウンが始まっていた。

「こ、これって……?」

 未知の現象に戸惑っていると、ぼやけた視界に誰かの顔が映り、すぐ近くで声が聞こえてきた。

「……ナギサ……。ナギサ……?」

 それは聞き慣れた声であり、この二週間は一度も聞かなかった声。

「っ! ミア!?」

 弾かれたように身を起こす。カウントダウンが消え、そして、

「「あうっ!?」」

 ごつんと、額をぶつけた。目の前にいたのだから当然である。

「いたた……あ」

 額をさすりながら、今度はゆっくりと身を起こす。すると今度はしっかりと、彼女と目が合った。

 自分と同じように額を抑えながら、呆けたような顔で自分を見つめる少女。くりくりと大きな琥珀色の瞳が、じっと自分を見つめてくる。

「……ミア……」

 その少女の名を、確かめるように口にする。

「……ナギサ……」

 彼女もまた、同じように自分の名を呼んだ。

 それから、言いようのない沈黙が訪れてしまう。言いたいことはたくさんあったはずなのに、本人を前にしてしまうと何も頭に浮かばなかった。

「き、来てたんだね、ミア」

「……うん。まあ、ね」

 ミアはふいと目を逸らしてしまう。それがなんとも気まずく、ナギサは必死に何か言葉を続けようとした。

「ち、遅刻してきちゃったけど、やっぱりすごいんだね、《聖騎士団》って。僕も何か部隊に入れられちゃいそうになってさ、あはは」

「……わたしだって、さっきまで最前線部隊にいたよ」

「そ、そうだよね、あは、ははは……」

 乾いた笑い。

 ミアは目を逸らしたままだ。……やっぱり、まだ怒っているのだろうか。

「……ナギサは、さ」

「ははは……え?」

 ミアが不意に口を開き、ナギサの笑いを止める。

「……ナギサは、なんで来たの?」

「な、なんでって……」

 なんでと聞かれても困ってしまう。

 この世界にいる自分を証明するため。成長したことを証明するため。対等な仲間として認めてもらうため。色々と言えることはあった。

 ……ただ、今ここで一番に言うべき答えと言ったら、それはただ一つだろう。

「約束したから、だよ」

「え……?」

「その、ミアは忘れてるかも……っていうか、もうどうでもいいって思ってるかもだけど、ほら、約束したでしょ? 会ってまだ間もない頃に」

「あ…………」

 ミアは驚いたように大きく目を見開いた。

「約束……」

「うん、約束。……ううん、それより先に、言うべきことがあるよね」

 ナギサは居住まいを正すと、地面に膝をついたまま深く頭を下げた。

「え、ナ、ナギサ!?」

「本当に、ごめん」

 ミアが驚き声を上げるが、構わずに謝った。

「二週間前……だけじゃないよね。ずっとずっと、僕はミアの優しさに甘えっぱなしで、無茶ばっかりして、迷惑たくさんかけて……。だから僕、今度こそミアと対等になれるように、ずっとレベル上げてきたんだ。まだ届かないけど、でも、もうあんなふうに迷惑はかけない。だから……」

「ま、まって、ナギサ!」

 ミアに肩を掴まれ、顔を上げる。すぐ近くに彼女の顔があった。

「……ナギサ、怒ってないの?」

「え? なんで僕が怒るの?」

「だってわたし、ナギサにあんな態度取っちゃったし、それで……」

「そりゃ、だって僕が悪いのは事実だったし。むしろミアも、口ではあんな事言ってたけど、やっぱり僕が悪いって思って怒ってたんじゃないの?」

「そ、それは……! ……確かにあの時はちょっとショックだったけど、でも……」

「でも……?」

 ミアは気まずそうに目を逸らすと、ぼそっと続けた。

「…………しだって……」

「え?」

 聞きなおすと、今度は真っ直ぐにナギサの目を見て、答えた。

「……わたしだって、こんなの嫌だった。こんなままじゃ嫌で、でも、ナギサに嫌われてないか怖くて、それで……それでメッセージとか全部ブロックにしちゃって……、だってだって、ナギサに嫌われたらやだし、怖いし、それならこのままなら、これ以上悪くなんなくって、それで、えっと……」

「ミア……?」

 ミアがとりとめのない言葉を続けていると、傍にあった木の陰から溜息が聞こえた。

「はあ……。まったくしょうがない子ね」

「え……? サ、サクラさん?」

 陰から姿を現したのは、サクラだった。少し呆れたような表情でミアに寄り添うと、ぽんぽんと頭を叩く。

「この子、ナギサと仲直りしたかったみたい。けどこの子臆病だから、ナギサ君に嫌われるのが怖くって、……本当のことを知るのが怖くて、全部ブロックして逃げてたのよ」

「サ、サクラ!」

「でも、私はそんなまま終わるの嫌だったしね。だからこうして連れてきたわけ」

「……そうなの、ミア?」

「…………」

 ミアは顔を真っ赤にしてこくりと頷く。

(……ミアが、僕のことを……)

 ナギサのことを嫌いになったわけではなかった。それどころか、仲直りを望んでくれていたのだ。

「……でも、サクラさんは、怒ってたんじゃ……?」

「まあ、あの時はその、……悪かったわよ」

 矛先を向けられたサクラは、バツが悪そうに頬を掻き、目を逸らした。

「でも、こうして約束を守りに来てくれたしね。メッセとか全部ブロックされてたのにこうして来てくれるんだから……まあ、私があなたを怒る理由は、もう無いわ」

「サクラさん……」

「わ、私なんかはどうでもいいのよ。それよりほら!」

「にゃっ!?」

 サクラはぐいっとミアの背中を押し出す。

「ミア。もうあとは自分でやりなさい」

「う……うん」

 サクラはそれきり身を引いて、見守る姿勢に入った。ナギサもミアと目を合わせる。

 ミアは少し気まずそうに人差し指をつき合わせながらも、小さな声で言った。

「……えっと、あんな事言って、勝手にブロックとかして、ごめんなさい。サクラの言うとおり、わたし、ナギサがわたしのこと嫌いになってないか、知るのが怖くて、だからあんなことしちゃって……」

「……ううん。僕も、同じようなこと思ってた。おあいこだよ」

「そ、それでね、ナギサ……」

「うん?」

 ミアは目をつむり、意を決する用に拳をぎゅっと握りしめた。

 それから、まっすぐにナギサを見つめる。その眼差しに、ナギサの胸がドキリと跳ねる。

「……ナギサ、これからもわたしの友達でいてくれる?」

「ミア……」

「わたし、もう逃げないように頑張るから。ナギサの友達でいられるように頑張るから! だから、えっと……」

 一度は張り上げた声は、だんだんと小さくなっていってしまう。

 ……ミアも、不安だったのだ。ちゃんと、友達として認めてくれているかどうか。

 ナギサにとっては、それは要らない心配というものだった。けれどそれは自分も同じ事で、お互い様だった。

(……結局僕たち、お互いすっごい不器用だったってだけなんだな)

 そう思って、ナギサはそっとミアの肩に手を置く。

「僕からもお願いするよ」

「……ふぇ?」

「……ミアも、僕を友達として認めてくれるかな。まだ同じところに立てているかはわからないけど……、でも、僕も、これからもずっと頑張るから」

「ナギサ……」

「だから」

「ナギサ……ナギサぁあああ!」

「え? うわぁっ!?」

 ミアは大声を上げたかと思うと、そのまま体当たりを食らわすかのような勢いで飛びついてきた。

「うわぁああんナギサぁあああ!」

「え、ミ、ミア、泣いてる?」

 訊くまでもなく号泣していた。突然の変化にナギサは目を白黒させる。

「よかった、よかったよぅ、ナギサぁあああうわああああん!」

「う、うん、僕も良かったと思うし、とにかく落ち着いて、ミア」

 ぽんぽんと背中を叩いてなだめる。

「ぐすっ……ナギサ、良かった……ナギサぁ……」

 ミアは、顔も声もぐしゃぐしゃにしていた。彼女は、こんな風にはちきれそうなほどに不安で、そして、自分のことを思ってくれていたのだ。

「……ずっと、ひぐっ、ずっと、友達だよ、ナギサ……」

「……うん。ありがとう、ミア」

 努力が報われた。ミアの言葉に、ようやくそのことを実感する。

 ミアが友達だと認めてくれた。過去の過ちがすべて精算されたわけでは無いのかもしれないが、これでようやく自分はミアと同じ場所に立って、彼女の隣で歩んでいける。

「……ミア、僕は……」

「んっ、おっほん!」

 咳払い。頭上から聞こえてきた。

「……そろそろいいかしら?」

「あ、サクラさん……」

「何よその今の今まで存在ごと忘れてましたーみたいな反応は」

「そ、そんなことないよ! サクラさんのこともちゃんと……」

「良いわよ、別に。ミアも安心したみたいだしね。……ほらミア、いつまでもくっついてたらナギサ君が起きられないわ」

 ミアが抱き起こされる。ローブの胸元が涙と鼻水でぐしょぐしょになっていた。こんなところまでリベラルウェイはリアルだ。

「それにしても、死んだら死んだで助けを呼びなさいよね。来てみたらいきなり死体が転がってるんだから、びっくりしたわよ」

「ごめんなさい……」

「まあいいけど。……ところで、あれ」

「あれ?」

 サクラが目で示した先には、自分と刺し違えて倒れたストレイドッグがいた。

「……もしかしてあんたがやったの? 一人で?」

「あ、はい。結局相打ちだったけど……」

「へぇ。レベル差とか結構あるのに……」

 サクラはふいっとそっぽを向き、ぼそっと呟く。それから、何かを決心するように大きく深呼吸した。

「……その、改めて言うけど……悪かったわ。色々と、言いすぎて」

「ううん。サクラさんが言ってくれなかったら、僕は多分甘えっぱなしだったから。大体、償うにしてもゲームで必死になってただけだしね、僕も。あはは……」

 苦笑するナギサに、サクラは真剣に答える。

「ゲームだからこそ、なかなかできることじゃないわよ。ネトゲの関係なんて、いつでも切れるようなものなのに……」

 それから、ふっと破顔して、

「見直したわ。ナギサ君のこと」

「……ありがとう、サクラさん。……あの、ところで、僕を蘇生してくれたのって……?」

 落ち着いた所で、そのことが気になってくる。このゲームでは、死亡した場合は回復魔法や特別なアイテムを使わない限り復活はできないはずだったが……。

「はい、わたしだよ!」

 そんな疑問に答えたのは、いつの間にかいつものようににぱっと笑顔を浮かべていたミア。その右手にはレアアイテムのアイテムボックスが現れている。

「じゃーん! ユベルの霊薬~!」

「超レアアイテムよ。感謝しなさい。ミアが救援を呼ぶ間も惜しんで蘇生させてくれたんだから」

「え……、ち、超レア!?」

「にはは、気にしない気にしない~」

「気にするよ! 僕のために、そんな……」

「いいの!」

 びしっと手を上げて制される。思わずたじろいでしまった。

「……わたしたち、友達なんだから。だから、気にしなくていいんだよ」

 ミアは下からじっと見上げてくる。それから少し照れくさそうに、にこりと笑った。

 それは初めて見る、ミアの"本物の笑顔"のような気がした。

「にはは……。よーし、じゃ、とりあえず拠点に戻ってみよっか!」

「あ、ちょっと待って!」

 いつものようにナギサの手を引こうとするミアを、少しだけ留める。そして駆け寄った先は、ストレイドッグが倒れている場所。

「ストレイドッグさん」

 傍にしゃがみこんで声をかける。答えは無かったが、そのまま続けた。

「……一言、お礼が言っておきたいんだ」

「ナギサ……?」

 離れた所で、ミアが首を傾げていた。

「……さっきは、本気で戦ってくれてたよね。嘘もつかなかったし、ズルもしなかった。すごく、楽しかったんだよ。初めて本気で戦った相手が、君だったんだ」

「…………」

 ストレイドッグは答えない。けれどここにいるということは、きっと聞いてくれているはず。

「また会おうよ。今は敵同士だけど、君と一緒に冒険もしてみたい。嘘をついたり、酷いことをするだけじゃない、本当の君を知ったから、だから……また会おう」

 伝えたいことを全て伝えきって、ナギサは立ち上がる。ストレイドッグの言葉を聞くことはできなかったが、きっと言葉は届いたのではないかと思えた。

「きっかけはどうあれ、僕に最初に話しかけてくれた人でもあるしね……」

「それって、ナギサをMPKしようとしたってやつ?」

「何よ、思いっきり悪者じゃない」

「かもね。でも、戦って感じたんだ。本当の彼は、それだけじゃないような気がする」

「はぁ……。お人好しなのね、ナギサ君って」

 サクラに呆れられてしまった。しかし直感でしか無いものの、ナギサにはそう信じることができたのだ。

「待たせてごめん。こんどこそ……」

 と、ナギサが言いかけた時、どこからともなく鐘の音が響き渡った。

「あ……」

 はっと気付いたものの、時既に遅し。話している間にイベントは終了時間を迎えていた。三人の目の前に、急にウインドウが表示される。そこにはデカデカと今回の勝敗が刻まれていた。

「まあ結果は見えてるよねー。プラネティスはもちろん敗北っと。……敗北!? え、嘘、負けたの!?」

 ミアが素っ頓狂な声を上げる。

「嘘でしょ、《聖騎士団》でも負ける時ってあるのね……」

 ひどく驚いている様子の二人。ナギサも聖騎士団の噂は聞いていたから驚いていた。

(……まさか、僕が命令無視したせいじゃないよね……?)

 不安が頭を過ぎる。暫くの間、シールブング城周辺には近づかないほうがいいかもしれない。

「あーあ、せっかくナギサと合流できたのになー」

「ご、ごめん、僕が遅刻したせいで……」

「にはは、いいってば。また今度来ればいいよ。……あ、わたしナギサ蘇生させたからたくさんポイント入ってる! ねーねー、ナギサは?」

「え? えっと……。あ、ストレイドッグさんを倒したからかな、ポイント入ってる」

「何よ、私だけなにもしてないみたいじゃない。戦線でもあんまり倒せなかったから全然ポイント入ってないんだけど……」

「にはは、じゃあサクラがビリだ!」

「ちょ、何よ、大体ミアってば戦線ではずっとぼーっとしてたじゃない! ていうかやっぱり遅刻してきたナギサ君が悪いのよ! 何よ、一人だけちゃっかりポイント稼いで!」

「え、え!? そ、そんなこと言われても……」

 それぞれのリザルトを覗き合い、怒ったり、笑ったり。……結局ミアとの約束は、半端に終わってしまった。

 けれどナギサは、ただ一緒にイベントに出るよりもっと大きなものを得られたと思っていたし、きっと二人もそうなのではないかと思っていた。

 そして。

(やっぱり僕は、二人と一緒に歩いて行きたいな)

 改めてそう思い、果てなく広がる空を見上げた。

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