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 マップの上端、最北に位置するルート。激戦区からは外れているものの国境地帯の一部だ、中央地帯ほどでは無いにしろ混戦に見舞われているとナギサは予想していたが。

「……おかしい」

 最北端ルートはあまりにも静かだった。ナギサも、その位置関係上全くといっていいほど使われないルートと聞いてはいたものの、ここまでとは思わなかったのだ。

「っ!?」

 ナギサは直感的に危機を察知し、スキルを発動した。《ガイアウォール》に一本の矢が突き刺さる。

「あれ、気づかれたか」

 わざとらしい男の声が聞こえる。消滅した岩壁の向こうに、矢を射てきたプレイヤーの姿が見えた。

「見るからに弱そうだと思ったんだが……あん?」

 弓を肩に担いでめんどくさそうにぼやくその男。……ナギサにとっては、これで三回目だった。

「おや? おやおやァ? 誰かと思えばいつぞやのザコじゃねぇの!」

「……お前は」

 《ハンター》の男、ストレイドッグ。まさかこの戦争に参加してくるとは、ナギサも思っていなかった。

「おいテメェ、どうしてこんな所いるんだよ? テメェみたいなザコが出ていいイベントじゃねえぞ?」

 それはストレイドッグの方も同じらしく、予想外の邂逅に少しばかりは驚いているようだった。

 彼の顔を見ると、否が応にも嫌な記憶が蘇ってくる。もしも二週間前の自分なら、尻尾を巻いて逃げていたことだろう。

 しかし、今は違う。……この思いがけない再会に、感謝してすらいた。

「久しぶり。覚えててくれたんだ」

「まあな。クク、だってよォ、あんな無様な姿を二度も見せてくれる奴なんてそうはいねェぜ? 自覚ねえの?」

 ゲラゲラと笑うストレイドッグ。ナギサは以前と違い、彼の挑発的な口調に動じること無く、冷静に答える。

「……けど僕も、あれから変わったよ。せめて僕のレベルを確認してくれないかな。僕だってただここに来たんじゃないんだ」

「ヘェ?」

 ストレイドッグはおどけた仕草で、腕輪型の《端末石》に触れる。そしてサーチャーを使ってナギサを覗きこみ、「ヒュゥ」と口笛を吹く。

「この二週間で上げたってか? なにそれ、チートでもしたのか?」

「インチキなんてしてないよ。これが僕の努力の結果だ」

「努力? ゲームのためにか!?」

 笑いをこらえきれないとばかりに顔を歪めるストレイドッグ。彼から見れば、ナギサの「努力」とやらは滑稽なものなのだろう。

「んじゃ、見せてみろよ、その努力ってやつをよ。俺がぶっ壊してやるぜ、ククッ」

「ああ、いいよ。僕も、一度同じレベルで戦ってみたかったしね」

 弓を構えて戦闘態勢に入るストレイドッグ。ナギサはその挑発に、逃げも隠れもせず乗った。

「ハハッ! オレは今レベル57だぜ!? まだ10も差があるっての。勝てると思ってんのか?」

「勝つよ。……いや、違うな」

 ナギサは小さく首を振って言い直した。

「……負けられないんだ」





「……負けられないんだ」

「アァ?」

「もう退けない。ここで逃げたら、もう僕はやり直せないんだ」

 ナギサが語るのは、彼の決意。しかしストレイドッグは、鼻で笑ってそれを一蹴した。

「ハッ、なぁにマジになってんだよ、カッコ悪い。たかがゲームだぜ?」

 「たかがゲーム」に必死になるその姿を、彼は見下そうとした。ナギサの「努力」とやらを「たかがゲーム」と貶めてやれば、きっとこのお子様は顔を真赤にして怒るだろうと、笑える様を見せてくれるだろう。少なくとも彼はそう思っていた。

 しかし、ナギサは、

「うん。たかがゲーム、かもしれないね」

「……あ?」

 あろうことか、それを肯定した。しかしそれは、言い訳でも無ければ、自虐でもない。ナギサの目は自信に満ちていた。燃え尽きかけた火のような色をしていたはずの瞳が、今は燃え上がっているかのようにすら見えた。

「そうだね、みんな笑うと思う。それでもいいよ。けど、これだけは言える」

 ナギサは自らの手を見下ろした。ただのデータの塊でしかない、作り物の体を。

「僕は、このバーチャルの世界で初めて本気になれた。もう僕はあの時みたいに、いろんなことから逃げたりしない。前に進むんだ。進まなくちゃいけない。……この気持ちは、作りバーチャルじゃないし、この努力だって本物だ。だから……」

 見つめていた手の中にロッドが現れる。そして、

「僕は、今度こそ君を倒すよ。それが、この世界で前に進む『僕』の証明だから!」

 宣告。

 明らかに格下。経験もステータスもすべて下回っている相手のそれに、しかしストレイドッグは、身の毛のよだつような感覚を覚えていた。

「ク、クク、何言ってやがる!」

 こけ脅しだ。どうやら前にあった時ほど不抜けてはいないらしい。だから少し驚いただけだ。自分にそう言い聞かせる。

「レベルが10以上も違う、それも魔法系職が! ソロで!? できるわけねぇだろ!」

 自分のペースを取り戻すべく、更に挑発を重ねる。しかしナギサの瞳は揺らがなかった。

「……やってみせるよ」

 ナギサが頭上に掲げた杖の先に、炎の玉が浮かぶ。

「そして、認めてもらうんだ」

 炎の玉は風船に空気を込めるように膨れ上がり、激しく回転を始め、

「対等な、仲間として!」

 その炎が放たれた瞬間、決戦の火蓋は切って落とされた。





 無詠唱魔法《フレイムボルト》。炎が雷光の如く駆け抜け、ストレイドッグに迫る。

「見え見えだよ、バーカ!」

 しかしストレイドッグは横に飛んでそれをかわす。身軽さは《レンジャー》系職の特徴。シーフほどではないものの、見え切った遠距離魔法をかわすのはたやすかった。

 立て続けに《フレイムボルト》を放つ。そのどれもが、ストレイドッグに掠ることすら無く彼方へ飛んでは消えていく。

「だったら!」

 ナギサは《フレイムボルト》の連射をやめ、別のスキルを発動させる。

 地面に杖を突き立てる。《フレイムボルト》をかわして着地しようとしていた地面に、黄土色の魔法陣が出現する。ストレイドッグがそれを目にした瞬間、魔法陣が強い光を放ち、中心から岩の槍が突き出した。

「うおあ!?」

 無詠唱魔法《ロックランス》。岩槍はストレイドッグに命中し、その体を大きく突き上げる。

(よし、まずは一撃!)

 先手で攻撃を加えられた。ナギサは思わず手を握りしめてガッツポーズを取る。

 ……しかし、その喜びはすぐ、焦燥に変わった。

 空中で受け身を取るストレイドッグ。にやりと嫌な笑みを浮かべる彼の傍に表示されたダメージ。それは、

(たったの241か……!)

 魔法攻撃がグレイズヒットになることはない。ということは、つまり……、

「当たり前だろ! レベルも装備もぜんぜん違うんだよ! ケッ、なんだよそのザコい杖! 推奨レベルいくつだ、アァ?」

 その答えを相手が口にした。そう、つまりステータスの差がまだそれだけ絶大なのだ。一撃当てたくらいでは、かすり傷程度にしかならない。

(やっぱり、まだレベル差が大きいのか。それにこの装備じゃ……)

 ナギサは気持ちを落ち着かせ、冷静に状況を分析する。

(……まだ力に差がある。けど、あの時ほどじゃ……ユベリアに放り出された時ほどの差じゃない)

 頭の中を廻るのは、ユベリアの近くにいた頃の記憶。ミアやサクラと過ごした時の思い出。

 二人が戦い方を教えてくれた。自分のことをあんなふうに思っていたサクラでさえ、圧倒的なレベル差を少しでも埋める戦い方を教えてくれた。

「おら、どうしたんだよ! こっちからもいくぞ!」

「ッ!」

 思考を遮る雄叫び。ナギサは咄嗟にガードをとる。

 確かに防いだはずの攻撃。そこに表示されていたダメージ量は、432。HP最大値の実に10分の1強。

 ただの通常攻撃だったはずだ。いくらウォーロックが物理防御力にすぐれないとはいえ、ガードしてなおこのダメージ。……スキル攻撃をまともに食らったら即死だ。

(近づきすぎちゃだめだ、狙われる。まずは!)

「行け!」

 ナギサの放った《フレイムボルト》がストレイドッグを襲う。ストレイドッグは放ちかけた攻撃を止めてかわす。まだだ。

「はぁあ!」

「チッ、ウゼェな!」

 立て続けに放つ《フレイムボルト》が、少しずつストレイドッグとの距離を引き離す。これで十分。

「クッソ、いい加減に……!?」

 反撃しようとしたストレイドッグは、ナギサの杖を見て目を見開く。

 ナギサの杖の先には、炎の玉が浮かんでいる。それは、《フレイムボルト》とは異なる、もっと大きな球。

 炎球はみるみる膨れ上がる。ストレイドッグは危険を感じたのか、攻撃をやめて防御体制に入った。

 その瞬間、炎球が弾け、無数の火花を拡散させる。

 無詠唱魔法《ファイアワークス》。その名の通り、花火のような弾幕を撒き散らすスキルだった。

(一瞬隙を作って、まずは補助!)

 サクラの教えてくれた強弱の差を埋める秘訣。使える限りの補助魔法を、しかし確実に、今この場で有用なものから使用していく。

 最低限の補助。攻撃力を、防御力を、詠唱速度を高める。そして、

「これで、準備は……!」

 最後に《ヒートフィールド》、状態異常《燃焼》を発生させやすくなる広域魔法フィールドスキルを発動させる。

 準備は整った。防御を解いた直後のストレイドッグに間髪入れず《フレイムボルト》を放つ。

 炎弾は空中で弾ける。宙に矢の残骸が舞っていた。

「焦った……。なんだよ、ちっとも痛くねえじゃねえか」

 飛び道具を撃ち落とす強撃ストライクスキル、《インターセプト》を放ったストレイドッグが苛立たしげに吐き捨てる。それもそのはずだ。《ファイアワークス》は攻撃のためのスキルではない。

「おまけになんだこの範囲魔法。状態異常でちまちま削ろうってか? ケッ、悪あがきは見苦しいってんだよ! お前ごときがこのオレに……」

 またも挑発するストレイドッグ。しかし今のナギサには、言葉をかわす意思はない。ナギサは"本気"なのだ。

 続けて炎弾を放つ。ストレイドッグは挑発を区切って矢を放ち、相殺した。

「テメェ、あんまり調子に……って!」

 ナギサが放ったのは、無詠唱魔法《フレイムクロス》。多くのMP消費と再使用までのクールタイムがある代わり、一度に二発の炎弾を放てる魔法だった。

 撃ち落とされなかった一発がストレイドッグに迫る。彼は慌てて飛び退き、炎弾の直撃をかわした。

(無茶に攻めるだけじゃ無意味。だから、確実に!)

 ストレイドッグの見せたその動きと同時、杖を地面に突き立てる。後ろへステップしたストレイドッグの着地地点に魔法陣が現れ、そして岩槍が突き出した。

「ぎゃああ!」

 不意を突かれたストレイドッグは悲鳴とともに空へ打ち上げられる。

「クク……ハッハァ、おもしれえ!」

 受け身を取ると共に、苛立たしげな様子から一転、楽しげな様子で叫んだ。真剣勝負に彼も高揚しているのかもしれない。

 空中から矢が放たれる。それをかわし、ナギサは短く詠唱をした。

(攻撃の布石は、確実に!)

 落下地点に赤い魔法陣が浮かぶ。

「チッ!」

 受け身と同時に落下地点を変え、魔法陣を避けて着地。魔法陣の光が弱まり消えたと同時、矢を放つ。

 身をひねってかわす。かすめただけの矢が、確実に大きくHPを奪った。

「おらおら、今度はこっちだッ!」

「ッ!」

 立て続けに放たれた矢は、五本。ユベリアで会った時にナギサを一撃で葬った連射スキル、《ラピッド》だ。

(かわすには間に合わない……。だったらこれで……!)

 ナギサはかわすことを諦め、《ガイアウォール》を発動する。矢が立て続けに岩壁に突き刺さった。しかし、

「だめか……!」

 四本の矢を防いだ所で壁が砕かれ、一本が腕に突き刺さる。

 最初にガードした一発。さっきかすめた一発。そして今の一本。ナギサのHPは、すでに半分を下回っていた。

「どうした、もう終わりかよ! 次いくぜ!」

 再び《ラピッド》の構え。同じ手をとっても状況は変わらないだろう。

 全力で逃げ道を探し、スキルツリーを広げる。あるスキルがナギサの目に止まった。

(……そうだ!)

 それは、ウォーロックになる前に習得したスキル。ウォーロックでもウィザードのスキルの一部を使えることを思い出す。

 五本の矢がナギサを射抜こうとした瞬間、ナギサの体がふっと軽くなる。

(動け……!)

 足に力を込める。"大丈夫、動く"。そう強く念じて。

 そしてナギサは、強く地面を蹴る。ナギサの体が空高くへと舞い上がった。

 《ウインドフェザー》、AGIを強化するウィザードの補助魔法だ。城にあった支援施設ほどの効果は得られないものの、今、《ラピッド》を跳んでかわすだけの跳躍力を得るには十分だった。

 ナギサは即座に反撃する。炎の玉が流星の如く空から放たれた。

「おせぇ!」

 《インターセプト》。矢が炎の玉に突き刺さる。

 その瞬間、炎は拡散し、雨のように降り注いだ。

「な、これさっきの……!」

 《ファイアワークス》。攻撃を防ぐどころか悪化させてしまったことに、ストレイドッグは舌打ちする。

「ケッ、こんくらい受けても変わんねぇ。スキだらけなのはテメェの方だ!」

 ストレイドッグは、ガードをしようともせずに矢をつがえる。彼はさっきの使用で《ファイアワークス》にほとんど威力がないことを知っていた。だからもう、さっきと同じように隙を作ることなどできず、ストレイドッグはガードもせずに攻撃しようとしてくる。

 ……そこまで、狙い通り。

 火花の一つが、ストレイドッグの目の前の地面に落ちる。そこは、先程赤い魔法陣が浮いて、消えた場所。

 瞬間、"虚空にダメージが表示される"。ナギサはそれを見てふっと笑った。

 ……無防備なストレイドッグの目の前で、大地が爆ぜる。

「ッ!? うぉあああ!」

 炎に反応して爆発する地雷型魔法《バーンクラッシュ》。それは、命中させるのが難しい代わりに絶大な威力を誇るウォーロックの大技の一つ。与えたダメージは1276。至近距離で爆発したその破壊力は彼我のステータス差を物ともせず、ストレイドッグのHPを大幅に削り落とした。

「まだ終わりじゃない!」

 受け身を取られるより先に《フレイムクロス》の追撃。二つの炎がストレイドッグの体を包み、その一部が体に残った。……状態異常《燃焼》の発生を確認する。

「最後に、コレで!」

 吹き飛ぶストレイドッグの動きに合わせ、《ロックランス》の上位スキル、《ロックストライク》を発動。落下しそうになっていたストレイドッグを岩槍が突き上げ、そして地面を飛び出した岩槍が浮いたストレイドッグを追撃。更に距離を引き離す。

「はぁ……!」

 立て続けのスキル発動に息が切れる。MPもギリギリだ。

「チッ、やってくれるじゃねえかよ、おい!」

 大声を上げながら地面を滑って踏みとどまる。距離は大きく開き、矢の射程を離れていた。

(まだ短い……けど、これで勝負を決める!)

 思ったほど開かなかった距離。絶対とまでは言えない隙。しかしナギサは、この瞬間に勝負を賭ける。

「クッソ、させるか!」

 詠唱で身動きの取れないナギサにトドメを刺すべく、ストレイドッグが再び矢の射程へと迫る。

「間に合え……!」

 詠唱加速の補助魔法はまだ生きている。あとはストレイドッグより先に詠唱が完了することを祈ることしかできない。

 ストレイドッグが矢をつがえる。瞬間、詠唱が完成する。

「これで終わりだ、ナギサ!」

「刺し違えてでも、僕は……!」

 殺到する五本の矢。同時に、ストレイドッグの《燃焼》の炎が大きく膨れ上がっていく。

 詠唱大魔法ハイエンチャント、《イグニッション》。燃焼状態に陥った相手のみに有効な、《バーンクラッシュ》をも上回る大技だった。

 その一瞬を切り取ったような光景が、永遠と紛うほど長く映る。

 顔を引きつらせ、爆発に飲まれていくストレイドッグ。しかし、《ラピッド》も防ぐこともかわすこともできないほど眼前に迫っていて……。

 そのスローモーションがぷつりと終わりを迎えた時。


 ――ストレイドッグは大爆発に飲み込まれ、五連の矢がナギサの胸に突き刺さった。


「っ……ぁあ……!」

 被弾のイメージがいつもよりずっと鮮明に感じられた。

 抵抗もできず受けたダメージは、自身をオーバーキルするほど多大。しかしストレイドッグに与えたダメージもまた、2032と絶大。……彼の残りのHPを奪うには、十分だった。

 全て上手く行ったことに、ナギサは安堵する。それから、自分のHPが0になっていることをどこか他人事のように認識する。

 最後に、遥か遠くで自分と同じようにストレイドッグが倒れる様を見つめて、

「……やったよ……ミア……サクラさん……」

 一瞬の差の勝利に得た経験値。聞き慣れたレベルアップのファンファーレを聞きながら。

 ナギサは、今までないほど清々しい気持ちで、死亡した。

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