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城の外へ飛び出すと城下が一望できた。堀に囲まれた城塞都市から外に繋がる唯一の道は、どうやら正門の先に降ろされた橋だけらしい。
「うわ、もう敵の人たちが……!」
門の外に広がる平原には、既にフォルトレシアに与するプレイヤー達が攻め込んできていた。プラネティスのプレイヤーが魔法などで応戦しているが、このままでは攻め込まれるのも時間の問題だろう。
「早くしないと……!」
正門に向かい、城を頂上にした緩やかな山になっている城下町を駆け下りる。《ヘイスト》のおかげで、まるで風のように駆けることができた。
嘘みたいな速さで流れていく景色。そして砦にたどり着いた頃、防衛戦は更に激化していた。
砦の上空に大量の魔法陣が展開され、火球が一斉に降り注ぐ。大量の火球が雨のように降り注ぐその光景を見るだに、砦の向こうにいたフォルトレシアの最前線は壊滅していることだろう。
(あれが、砦の法撃部隊ってやつかな。……ていうか、あれなら僕なんかいらなかったんじゃ……)
なにはともあれ、外にいる敵がいなくなってくれたなら外にも出やすいだろうと、ナギサは砦の上に駆け上がった。敵を前に完全な防衛体制に入っているのか門は固く閉ざされており、外に出るには次の部隊を外に出撃させるために門が開くのを待つか、砦の上から飛び降りるくらいしかないだろう。もちろん、前者を待つ時間は無い。
(まあいいや、とにかく外へ……)
そう思って砦の端に飛び出そうとした、その瞬間だった。
――砦を、激しい衝撃が襲う。
「うわあああ!?」
立っていられないほどの衝撃。揺れが収まるのを待ち立ち上がって見ると、あろうことか砦の一部が破壊されていた。
「う、嘘でしょ……」
今の攻撃では、おそらく砦の中に居た法撃部隊は壊滅状態だろう。
(あれだけの弾幕を受けながらこんな反撃をしてくるなんて……)
信じられなかった。フォルトレシアの最前線部隊は一筋縄ではいかないらしい。
「って、ぼーっとしてる場合じゃない!」
気づかれないように砦の端から下を伺う。どうやら少数人で砦を攻撃し、あとの人たちは橋の向こう側で待っているようだ。確かにあれだけの少人数ならあの弾幕での被害も少なかっただろう。
全体でざっと十数人。最前線でこちら側に到達したというだけあって、やはりみんな只者では無さそうだ。
(どうしよう……あの中を強引に突破できるか……?)
通過するのを待ってやり過ごすという手もあるかもしれないが、あとからあとから敵の増援が来てもおかしくないだろう。むしろ"十数人しか"いない今、なんとかするべきだ。
「お、おい、君!」
「! な、なんですか?」
辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。振り向くとそこには弓を担いだ男性が立っている。
「ウォーロックだな? 早く第二法撃部隊に加われ、門が破られる!」
(うう、ここでもか……)
《聖騎士団》恐るべしというべきか、ゲームの中だというのにまるで本物の騎士団のような統率っぷりだ。
けれど、ここで手伝っているわけにも行かない。妨害したところで相手を全滅させるのは難しいだろうし、時間もかかるだろう。門を破られれば更に外に出づらくなるだろうし、そもそもあんな破天荒な攻撃をかましてくる相手を前に崩れかけた砦の矢面になんて立ちたくない。
「え、えっと……」
断りづらい雰囲気に目を泳がせていると、向こう側にある柱に何やらレバーが付いているのを見つけた。
(あ、そういえば……)
事前に調べた情報では、橋には一つだけトラップが付いていると聞いた。これを使えば、あるいは……。
「すみません!」
「あ、おい!」
ナギサは柱に向かうと、レバーに手をかける。男性の顔がサーッと青くなるのが見えた。
「ま、待て! そんなトラップの使用は隊長が絶対にゆるさな……!」
「ごめんなさい!」
身勝手な行動を取って迷惑をかけてしまうプラネティス側の人達と、今橋の上にいるフォルトレシア側の人達。双方にまとめて謝って、レバーを引き下ろす。
ガコンという音と共に、橋の外側に大きな穴が開いた。悲鳴とともに、十人近いプレイヤーが堀に落とされる。……確か、別の離れた場所に強制移動されるはずだ。
突然作動したトラップに困惑するフォルトレシアの最前線。なんだか思った以上に混乱しているらしいが、ナギサには好都合だった。
「すみません、僕、行きます!」
真っ青になって唖然としている弓の男性に言い残すと、ナギサは砦の下に飛び降りる。
(ごめんなさい!)
気づかれる前に一気に駆け抜ける。これでなんとか平原までは出てこられた。
(ミア達がいるのは……)
PvPイベントの専用フィールドでは、フォルトレシアとプラネティスの間に平原と森林が広がっている。マップはイベント専用仕様で戦況の概要が表示されており、国境を少し越えた先にプラネティスの勢力が集中しているのがわかった。おそらくこれが前線部隊だろう。……支援装置の効果が切れる前に駆け抜けなければ面倒なことになりそうだ。
(さあ、急ごう!)
平原にいるプレイヤーの数はまばらだ。どちらかと言えばプラネティスのプレイヤーが多く、通過するのに殆ど危険は無かった。
しかし国境地帯はまさに激戦区だった。何も考えずに突っ込んだら、流れ弾を食らってひどいダメージを負うことになるかもしれない。
しかし回り道をしている時間もないだろう。ここから迂回していくとなると、マップの中心に位置する現在地から大きく外れて、マップの端の方にある道へ向かわないといけない。そこならばここよりは手薄かもしれないが……。
(……支援効果が残ってる今なら、まだ行けるはず)
効果時間を表示する。まだあと三分は保つはずだ。それなら、遠回りをするよりここを突っ切ったほうが早い。
「よし……!」
全速力で突っ切る。覚悟を決めて、戦場の中に突っ込んだ。
「っ!」
早速頭上ギリギリを氷の槍が飛んでいく。死角から切りかかってきた剣士の攻撃をヘイストによる加速で強引にかわし、立ちはだかる斧使いの横をすり抜け、岩の壁を飛び越える。かすめた火の玉のダメージは上昇したMENにより軽減され、致命傷を負うことは無い。
カウントダウンは残り二分。これなら行ける。そう思った時だった。
体が、突然ガクンと重くなる。
(え……?)
振り上げた足は至って普通の感覚に戻っている。しかし今までの状態と比べればまるで重力が二倍になったかのようで……。
「うぶっ!」
顔面から転ぶ。顔の痛みにうずくまりそうになり、しかし慌てて身を起こした。そして周囲を見回す。
――戦場の中心。
「ッ!」
飛んできたナイフをガードしながら支援効果を確認する。……支援魔法は消えてしまっていた。
(まだ残ってたはずなのに、どうして……!)
考えかけて、はたと気づく。まさか、支援装置が破壊されたというのか。
(あの人達、もう城の中に!?)
どこからか飛んできた矢を転がってかわす。このままここにいるのは危険だ。
(ここを抜けるなら、一旦退いた方が確実か……)
時間はかかるが、敵の防衛戦を正面突破するよりは現実的だ。ナギサは切れてしまった支援効果を自らの魔法で補い、国境線から退く。
「くそ、結局余計な時間がかかった……!」
足が重い。……しかし、"これでも十分マシ"なのだ。
少しダメージを負いながらも国境線を退き、ナギサは別のルートへ向かう。
◇
時を同じくして、サクラとミアの加わる最前線部隊は敵を確実に制圧しながら前進していた。
「さすが《聖騎士団》の仕切る戦争と言うか、堅実よね」
サクラが感心と呆れを混ぜ込めてつぶやく。しかしミアの反応はなく、心は戦場とは別のところにあるようだった。
「ミア、余所見してたら危ないわよ!」
「……え? あ、ごめん……」
さっきからずっとこの調子だ。いつ討たれてもおかしくない。ここまで生き残っているのが奇跡のようだ。
こんなことなら連れてこないほうが良かっただろうか。そんな後悔までちらつく。
(あーもう、なんでこんな……)
どうしてこんなにも面白く無いのか。理由は明白。それは、あれ以来ミアがずっと抜け殻のようにぼんやりしてしまっているから。
「だとしても、どうしろってのよ……」
頭を抱えたくなったその時、サクラの端末石が小さな音を立てる。何かメッセージを受信した時のシステム音だ。
(何よ、こんな時に……え?)
苛つきながら端末石に触れると、そこにはシステムメッセージが届いていた。……『フレンド:ナギサが同エリアにいます』と。
イベントが始まっても彼は姿を現さなかった。しかし諦めきれず、もしも来たら解るようにと通知設定にしておいたのだ。ナギサはこちらの居場所がわからないため少し行儀の悪い設定だが、致し方なかった。
そして、それが今……。
「ミア!」
「……ふぇ? なに、サクラ?」
ぼーっとしていたミアの手を引っ掴む。そして、きょとんとするミアを引っ張って走りだした。
「ち、ちょっと、サクラ、どこ行くの!?」
「ナギサ君のところよ!」
「え……?」
「今、ここに来てるの!」
それきり脇目もふらず、部隊長の怒号を背に浴びながら戦線を離脱した。
自分がこんなことできた義理ではないかもしれない。関係をこじれさせた一端を担っているのも自分だ。
だけど、だからこそ、
(私がなんとかしてあげないと……。これが私の……)
止まったままの時計の針を動かす。その先に待っているのがどんな結末であろうと、このままずるずると引きずり続けるよりはいい。それがミアのためだ。
(……これが私の、せめてもの償いだから……!)




