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page18

 二週間後の攻城戦イベント当日。《叡智の塔》と呼ばれるダンジョンの最上階に、ナギサはいた。

 吹き荒れる砂嵐すら眼下に見下ろすどこまでも高い塔。そこは、ウィザードにとっては特別な意味を持つダンジョンだった。

「よくぞ試練を乗り越えた」

 入口近くで待つパーティーメンバーに見守られる中、ナギサが向かい合っているのは、枯れ草色のローブに身を包み長い髭を伸ばした老人。イベントNPCである。

「試練の中で汝が選んだ紅き宝珠。それは、焔と大地を象徴する《力》の紅玉。猛き紅玉に宿る焔と大地の精霊が、汝に新たなる力を与えてくれよう。しかし紅玉の加護を受ければ、相反する力を得ることは生涯に渡り決してできまい。……汝にその覚悟はあるか?」

 とてもプログラムとは思えない真に迫る言葉。しかしナギサは気圧されることもなく、小さく頷き返した。

「よかろう。なれば今ここに、汝へ新たな力を宿す儀式を執り行わん!」

 肯定の意を受けた老人が、背後にあった祭壇に紅玉を捧げ、老木の杖で床を叩く。

 その瞬間、ナギサの足元に巨大な紅い魔法陣が現れ、幾重にも広がってナギサを包み込んだ。眩い赤光が体を包み込んでいく。今まで着ていたローブが紅に染まっていく。

 光が消えた時、ナギサの体は燃えるように熱く火照っていた。老人曰く、それが焔と大地の精霊の力。

「……力は無事、汝に宿ったようじゃ。その力、決して使い方を間違ってはならぬぞ」

 その言葉を最後に、老人は光に包まれて姿を消す。ナギサはその光の残滓を見送り、それから自分の姿を見下ろした。

「……これが、《ウォーロック》」

 猛火のように鮮やかな紅蓮のローブ。紅い水晶のついたロッド。見た目だけでなく、体の感覚も違っている気がした。ステータスが大きく変化しているようだ。

 《ウィザード》からクラスチェンジすることができる三つの上級職の一つ、炎と大地を司る《ウォーロック》。それがナギサの選択だった。

「……お疲れ様。無事、終わったみたいね」

 クラスチェンジが終わったのを見て、入口近くで待機していた《プリースト》の女性が声をかけてくる。

 プリーストは回復魔法を特異とする《クレリック》から派生する職業だが、彼女は過去にウィザードも経験したことがあるらしく、クエストを手伝ってもらったのだった。……ちなみにセカンドキャラを作るにはリアルマネーで高額なチケットを購入する必要が有るため、そうまでして二体以上のキャラを持つ彼女はそれなりのヘビーユーザーであると言える。

「あ、お疲れ様です。お陰でなんとか終わりました」

 ナギサがお礼を言うと、彼女はこくりと頷く。

「……何事もなくて良かった」

「はい。……って、何事もって?」

「もし、覚悟ができてないとか答えたら、ボス戦が始まってた。めっちゃ強いの」

「へえ……って、ええ!? な、なんで言ってくれないんですか!」

「……それはそれでオモシロイと思って」

 聖職者とは思えない酷い人だった。お礼を取り消して抗議しようかと思わないでもないナギサだったが、ふと思い出してメニューを開き、今の時間を確認する。

「って、もうこんな時間だ! 早く戻らないと!」

 時間は既に攻城戦イベント開始の五分前。さすがにクラスチェンジクエストをこなすにはギリギリ過ぎたらしい。

「……多少遅刻しても出られるから、急がなくても問題ない」

「そ、そうなんですか……? で、でも、あんまりもたもたもしてられないし、やっぱり急がないと!」

 慌てて《帰還の札》を取り出すと、プリーストの女性もこくりと頷き、帰還アイテムを手にした。




 《アリアン》の転送門にたどり着いた頃には、既にイベント開始時刻を過ぎていた。ここから更にプラネティスの首都《シールブング城》に飛ばなくてはならない。

「……《紅》の戦い方は、ここまでで教えた通り。きみのレベルなら十分やれるはず。ガンバ、少年」

「あ、ありがとうございました! じゃあ……」

 ナギサはグッと親指を立てるプリーストの女性にもう一度お礼を言い、接続された転送門に飛び込もうとした。

 ……しかし、その直前で足が止まってしまう。

「……どうしたの?」

「…………」

 ナギサの脳裏を過ぎったのは、ミアやサクラのこと。いざその時を前にすると、どうしても足が竦んでしまう。

 あれ以来二人とは一度も会っていない。メッセージが来ることもなく、ブロックされているのかこちらから送ったメッセージが届くこともなかった。もしかしたら、今から謝りに行った所で手遅れなのではないか。そんな疑心が心を覆う。

「……友達と仲直りって言ったっけ」

「は、はい。……けど、どうしても勇気が出ないというか」

 ユベリアの転送門に飛び込んだ時にあった勢いは、流石に二週間ずっとそのまま保ち続けることはできなかった。メッセージのやり取りも出来なかったとなればなおさらである。冷静になればなるほど、これからやろうとしていることが不毛で無謀なことであるように思えてならない。

「……じゃあ、やめとく?」

「いや、そういうわけにも行かないですし……」

 ここまで来たのだから、こんなところで引くのも嫌だ。しかし実際に行くには勇気が足りない。……こうしている間にも、時間は刻々と過ぎていく。

 そんな風にウジウジしていると、プリーストの女性は小さく溜息を吐いた。

「……あたしが後悔することの一つは、神イベントをスルーしちゃったとき」

「へ?」

「神イベント。たまに、イベントに集まった人みんながお祭り状態になってすっごい盛り上がる。そんなの」

「は、はあ……」

 この人はいきなり何を言い出すのだろうかと首を傾げてしまう。しかし彼女は構わず続けた。

「ぶっちゃけ行かないとわからない。行ったらぐだぐだのクソイベントだったりする。でも行かないと神イベントだったりする。そういうこと」

「ど、どういうこと……?」

「つまり」

 彼女はとことことナギサの後ろに立つと、

「つべこべ言わずに行ってこい」

「へ……うわああああ!?」

 その背中を容赦なくド突く。ナギサはそのまま転送門に吸い込まれた。

『ぐっどらっくb おやすーノシ』

 視界が暗転する直前、そんな謎のメッセージが送られてきて、パーティーは一方的に解消された。

(な、なんだったんだあの人!?)

 わけのわからないままナギサの視界は真っ暗になり、転送独特の浮遊感に包み込まれた。


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