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page15

 ナギサはふらふらとユベリアを歩く。思えば、一人でリベラルウェイの世界を歩くのは初めてだったかもしれない。

「十万ゴールド、か……」

 自分が必死になって、ようやく半分まで集めた目標。その全額を、こうも簡単に渡してくれた。

 もっとも、サクラにとってはそれほど大金ではないのかもしれない。けれどナギサにとっては大金で、テスタに行くには十分すぎるほどで、……つまりはそれだけ、自分にいなくなって欲しいという意味も込められているのかもしれない。

 ならば、いつまでも無意味にふらついているわけにはいかない。

 ナギサはマップを片手に転送門へと行き着いた。

「二回目、か……」

 最初に騙されて連れて来られた時以来だった。

 広場の中心にぽつんと立つ石造りの門。表面の、青い水面のような膜。脇に立つ門番風のNPC。思い返されるのは嫌な思い出で、これからまたもう一つ、嫌な思い出を増やすことになる。

「はは……まあ今回は、自分が悪いわけだけど……」

 転送門を見上げる。……ここをくぐればテスタに帰れる。

「……さて、とりあえず帰ってみるか」

 もっと、自分の身の丈に合う場所で。……ミアみたいに誰かが話しかけてくれないと、友達なんてもう二度とできないかもしれないけれど。

 「二度と」と考えて、ナギサは自嘲気味に笑う。

 ミアには、その優しさに甘えていただけだ。……友達と呼んで良いような関係ではなかった。

「……ミア……」

 もちろんできることなら、この先も彼女と一緒に遊びたかった。どうしてかわからないが、「ミアとなら」と思っている自分がいた。

「どうしてこんなことになってるんだろうな……」

 なんだか虚しくなってくる。……この世界で変わりたかったはずなのに。こんなことをするつもりなんて無かったのに。

「……もう、忘れよう」

 強く首を振って、未練を振り払う。……往生際が悪い。自分の罪を自覚しろ。

「…………忘れるんだ」

 そう自分に言い聞かせて、門番のNPCに声をかけようとする。

 声が聞こえたのは、その時だった。

「オヤァ? どっかで見たツラかと思えば、やっぱりあん時のザコじゃねえか」

 聞き覚えのある声に、ナギサは弾かれたように顔をあげる。

 革のジャケットにジーンズ。大量のアクセサリ。それはあの日から変わらない姿。

 ストレイドッグ。忘れようもない男が、そこに立っていた。

「まーだこんなところにいたのか。ハハ、よくやってられたなァ! どうだ、また何か教えてやろうか?」

 汚く笑いながら、ここぞとばかりに下劣に罵ってくる。

「……この、諸悪の根源が」

「あぁ? 聞こえねーなー。ほら、何か言ってみろよ。あー、怖くてチビリそうで何も言えねぇってか。ギャハハ!」

 うつむいてしまっていたナギサには、ストレイドッグの声なんてろくに聞こえていなかった。ただただ耳障りで、それから、彼と出会った時の嫌な記憶も思い返されてきて、とにかく不愉快で、

「……うるさい」

 その苛立ちが口を突いて出る。ストレイドッグは笑うのを止め、不愉快そうな顔をした。

「あ? なんだよザコ」

 ナギサは顔を上げると、正面からストレイドッグを睨みつけた。

「ミアのことも、サクラさんのことも、関係ない。もう何もかも、どうでもいい」

 それは強がりなんかではなく、本心だった。なぜなら、それはもう終わった話。

 けれど。

「……お前のせいだ」

「は? なんだ、聞こえねえよ」

 ナギサの怒りを感じてか、ストレイドッグは面白そうに挑発してくる。

「お前のせいだって言った。お前に会わなければ、僕は普通にこのゲームで遊んでいられたんだ。お前に会わなければ、ミアやサクラさんにも会わずに済んだ。そうすれば、あんなケンカをすることだってなかったんだ。お前が、全ての元凶なんだ……」

 それは、あるいはちょうどいい責任転嫁の対象だった。

 今となっては、所詮八つ当たりに過ぎない。こうなった原因は結局ナギサにあるのだから。

 「全ての元凶」。それは全ての責任を目の前の男になすりつけるための言葉遊びにすぎない。しかしストレイドッグはむしろ愉快そうに、笑ってその言葉を受け入れる。

「なんだよ、人のせいにすんのか? なんか知らねえけど、お前が悪いんじゃねえの?」

「うるさい……。うるさい、うるさいうるさい!」

 ナギサの手にロッドが現れる。

「ハッハハ、おもしれぇ! 八つ当たりか!? いいぜ来いよ! ほら!」

 誘うように、ストレイドッグが《PKモード》になる。

「お前のせいだ! 全部全部、お前のせいなんだ!」

 そして衝動に駆り立てられるまま、《ファイアボール》を放つ。その攻撃がストレイドッグに直撃し、炎の炸裂が決闘開始の合図となった。

「おい、PKだ!」

「逃げろ、巻き込まれるぞー!」

 突然のPKの発生に、周囲を歩いていた人々が逃げ去っていく。……しかし、そんな行動など取るまでもなかったと、彼らは即座に理解した。

「うわああああ!!」

 悲鳴のような叫びとともに次の炎を放とうとした、その瞬間。

 ナギサのスキル始動より早く、ナギサの胸に五本の矢が突き刺さっていた。

「……え…………」

 何が起こったのかもわからない。ただ、自分が立て続けに、とてつもないダメージを受けて、HPがあっという間に空になったことだけは理解していた。

 力なく崩れ落ちるナギサ。その目の前で、ストレイドッグが矢を放った姿勢のままニィっと口端を歪めている。

「バーカ。敵うと思ったかよ、ザコが」

 その一言で、ナギサは全てを悟った。

「くそ……くそ……!」

 どんなに力を込めようと、HPを失った体が立ち上がることはない。

 目の前に「拠点へ帰還する」、「ログアウト」の二択が表示される。視界の端には、デスペナルティによる経験値と所持金の減少、装備破損のメッセージ。システムの示す無機質な反応が、冷然とナギサの「死亡」を告げる。

「よお、どんな気分だよ? あ? 聞こえてるか、ザコ」

 ストレイドッグが腹に蹴りを入れてくる。

 死亡している体が痛みを感じることはない。感じるのは心理的な痛み、屈辱のみ。

 何もかもうまくいかない。全部全部、ぶち壊しにされたのだ。

 それも全部この男のせいだ。……死してなお、ナギサは全ての責任を他者に求める。

「悔しいだろうなぁ。ヘッ、たまんねぇな、テメェみたいなザコが悔しがる表情……。なあ、この後どうするんだ? 逃げんのか? もうこんなゲームやだ、やめる~ってか? ギャハハ!」

 全部言われているとおりだった。悔しくてたまらないし、もうこんなゲームやめてしまいたい。これ以上、この男のそんな言葉を聞いていたら、怒りで我を忘れてしまいそうだった。

 ナギサはこれ以上怒りを燃やされるより先に、ログアウトを選ぼうとする。

 ……まさかこの直後、この憎き男の言葉のためにゲームのリタイアを"思いとどまる"ことになるとは、思いもよらなかったのだ。

「あーあ、意気地なしだな。"どうせリアルでもそんななんだろ"? ほんっとにどうしようもねえクズだな!」

 それは、ストレイドッグにとってはなんのつもりもない罵倒の一つだったのだろう。……しかしその言葉は、ナギサを引き止めることになる。

 挑発されて憤慨したわけではない。気が付いたのだ。

(『どうせリアルでも』……? ……そうだ、そのとおりだ)

 確かに「僕」は、リアルでも意気地なしで、すぐになんでも諦めてきた。

 けれど、それは今ここにいる自分も同じか?

 ……「ナギサ」も、そんなに簡単に諦めてしまうのか?

(違うだろ……。何のためにこのゲームを始めたんだ。何のために、もう一人の僕になったんだよ……!)

 ストレイドッグの言葉は、不本意にも自分の間違いを気づかせてくれた。

 ここにいる「ナギサ」は、「僕」であって「僕」じゃない。

 「僕」はすぐに諦める弱虫かもしれない。けれど、「ナギサ」に諦める理由はない。

 なぜなら、リベラルウェイここではリアルでどんなハンデを持っていようと関係ないのだから。

 確かに「ナギサ」はバーチャルでできた紛い物かもしれない。しかし「僕」の心は本物で、この意志もまた本物だ。

 その意志を宿す「ナギサ」は、ただの紛い物じゃない。命を宿した、もう一人の「僕」だ。「ナギサ」としての「僕」が、ここにいる。

(……なんでもっと早く気づかないかなぁ、僕は)

 頭上では、ナギサの変化に気づくはずもないストレイドッグが、相変わらずナギサを罵り続けていた。さっきまでは彼を憎むことしかできなかったのに、今では不思議とそんな気持ちはなくなっている。

 彼に罪をなすりつけるのではなく、自分が悪いのだと素直に認めることができたからだろうか。或いは、自分の本当に為すべきことを見つけられたからだろうか。

 ……そして、今からそれを、自分に示しうる絶対の全力を以て正すのだと、決意したからだろうか。

 ログアウトを選びかけていたナギサは、迷うこと無く拠点への帰還を選択する。ストレイドッグの罵声が聞こえなくなり、周囲の雑踏も消え、一瞬の視界の暗転の後、ナギサはユベリアの復活ポイントに立っていた。

「レベル、一つ下がっちゃったか……。サクラさんにもらったお金も減ってる……」

 それでも十分だ。サクラには悪いと思いつつ、その金を他の使い道で使わせてもらうことを決める。

 再び、転送門へと駆ける。ストレイドッグは姿を消したナギサのことを暫くの間探し回っていたようだが、やがて諦めたのか舌打ち混じりにどこかへ立ち去っていった。

(レベル20でやれる所……。《オアシス都市アリアン》、適正レベル30。まだ厳しいけど、ここでなら……)

 それは残った金で転送できる、一番自分のレベルに近い場所。

(ごめん、ミア、サクラさん。やっぱり僕が間違ってたよ)

 ナギサはNPCに声をかける。そして、《アリアン》へと転送門を接続してもらった。

(これで償いになるかはわからないけど、僕、頑張ってみるよ。それまで会うことはできないけど、でも……)

 門の表面に波紋が生じる。まるで水面が風景を映し出すように、アリアンの景色がそこに映った。

「……約束は、絶対に守るからね。ミア」

 そしてナギサは、転送門へ飛び込む。ミアの隣に立てる存在になるために。もう一度、今度こそミアの友達になるために。

 別のエリアに転送される感覚。視界が暗転し、体が浮遊感に包まれる。

 ……「約束」までのタイムリミットは、あと二週間。

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