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page14

 帰還アイテムを使うとユベリアの広場に転送された。大通りの外れにある場所で、すぐ傍を大河が流れている。

 ミアは、大河へ下る階段に座り込んでいた。

「ミア、大丈夫だった?」

 サクラが一番に彼女の元へ駆け寄る。

「……僕は…………」

 ナギサにはそうすることができない。ただ悔しくて、爪が食い込むほど強く手を握りしめた。

 どんな顔をすればいいのかわからない。きっと自分は、ひどく情けない顔をしていることだろう。

「ナギサ君」

 サクラがミアに寄り添ったまま、こちらを見る。その眼差しがナギサを静かに責め立てていた。

 ナギサは重い足取りで、ミアの傍に行く。

 謝らなくてはならないだろう。それなのに、口が言うことを聞かない。頭が真っ白だ。

「……ミア。……えっと……」

 やっとのことでそれだけを絞り出す。けれどミアは、顔を上げてはくれなかった。俯いた顔は垂れた髪に隠れていて、耳も尻尾もだらりとしなだれている。

「あの」

「…………れちゃった」

 何か声をかけようとすると、ミアがそれを遮った。

「え……?」

 聞き取れなかったその言葉を聞き返すと、ミアはただ、何かを包み込むようにしていた両の手のひらを広げる。

「あ……」

 そこには砕けた指輪があった。それはミアが大切にしていた、「友情の証」の指輪。

 ミアは、一つ深呼吸すると、顔を上げた。

「……にはは。やっぱりこんな低レベルアクセサリ装備してたら壊れちゃうよねー。よりによってブレイク系の攻撃だったみたいだし。にはは」

 殊更明るく振る舞うミア。そこにはいつものようなにぱっという笑顔が貼り付いていた。

(そんな、笑って済ませられるはず、……ないじゃないか……)

 どんなに大切にしていたか、知っている。二人の仲だって知っている。それなのに、明らかに無理をして取り繕うその笑顔が、怒りよりも、悲しみよりも、強くナギサを責め立てる。

(僕のせいだ。あの時僕を庇ったせいで、指輪は……)

「ごめん……」

 ナギサには、それしか言えなかった。しかしこの場において、それはどんなに無意味な言葉だろうか。

「いいよ、謝らないで」

 ミアはただ、淡々と答えた。

「わたしだって、調子乗ってたしね。わたしも止めるべきだったんだよ、あんなダンジョンに入るの。それにこんなの装備してたのも、ナギサを急かしたのも……。……わたしが悪いの、わかってるから。ナギサは悪くないよ」

「そんなこと……!」

「だって、ナギサは被害者だもんね。ゲーム始めて、いきなり、さ……」

 ミアはナギサの言葉を聞いてくれなかった。

「ミア、悪いのは……!」

「わたしだよ。ぜんぶぜんぶ、わたしが悪いんだ。だからナギサは気にしなくていいの」

 ミアは何故かナギサの罪を認めてくれなかった。ナギサの声など聞こえていないかのように、まるで独り言のような言葉を呟きつづける。

 それがなおさらナギサを責める。ナギサはもう、謝り続けずにはいられなかった。

「本当にごめん! もう、こんな馬鹿なことしないから!」

「にはは、もういいってば」

「えっと、その、指輪、直すためのお金……僕が出すから!」

「いいよ。……失敗したら消えちゃうし、そんなの怖いし」

「でも、でも……!」

 何か、償うチャンスがほしい。贖う手段がほしい。それを求め続けるナギサを、ミアはそっと制した。

「……だから、ナギサは悪くないよ。……ううん、だけどね……」

「……ミア……?」

 貼りつけたような笑顔に、嘘みたいな涙が一筋だけ伝った。ミアはハッとして目元を拭い、背を向ける。

「……わたし、落ちるね」

 一方的にそう告げられる。

「ミア、僕は、どうしたら……!」

「ごめん、ナギサ。ナギサが悪く無いってわかってるけど、これ以上一緒にいたら、わたし……何か、酷いこと言っちゃうかもしれないから」

 背中越しに冷たい言葉が投げかけられる。何も答えられなくなった。

 ミアはそれ以上何も言わず、静かにログアウトした。後に残ったのはナギサとサクラの落とす沈黙だけ。

 何もさせてくれない。それはある意味で、どんなものよりも重い罰だった。

「……まさかこんなことになるなんて、さすがに思わなかったわ」

 沈黙を裂いたのは、まるで氷柱のように冷たい言葉。

「だけど、僕は……」

「ええ、ちゃんと止めなかった私も悪いかもしれないわ。けど、私言ったわよね。裏切らないでって、傷つけないでって言ったわよね?」

「そ、そんなつもりは……!」

「じゃあなんであんな無茶なことしたの? 自覚、無いの?」

「あ……う……」

 サクラの怒りは、ここにきてついに心頭に発したようだった。畳み掛けるように、まるでミアの分まで代弁するかのように、ナギサの心を突き刺す。

「私たちにお金を出してもらってさっさと帰る手もあった。それでもいいって、私は確かにそう言った。……ミアが何も言わないから、それ以上は言わないことにしてたけど……。でも、あなたがそれに甘えた結果がこれよね?」

「……ごめんなさい……」

「謝って済むかしら。ミアがあなたのために割いた時間も、傷ついた心も、この世界にいる『ナギサ君』にはどうしたって弁償できないじゃない」

「……それは……」

 この世界にある身体は|バーチャル(紛い物)だ。けれど、彼女の時間や心はどうしようもない|リアル(本物)で、そんな失われた本物を、紛い物の「ナギサ」が償えるものか。

「……なんて、一方的に言えた義理でも無いわよね。私だって悪いのに……」

「え……?」

「……なんでもないわ。もうここまでだから」

 サクラは、ナギサにアイテムの入った箱を投げつけ、淡々と最終通告を突きつける。

「その中に十万ゴールド入ってる。……テスタへなりどこへなり、さっさと消えなさい。そしてもう、……二度と顔を見せないで」

「あ……」

「じゃあね。さよなら」

 呼び止める間もなく、サクラはログアウトした。そしてついに、ナギサは一人取り残される。

 サクラは怒っていた。どんな時よりも、怒っていた。その理由はただ、ミアが傷ついたということが全てで……、それだけサクラはミアのことを想っていたのだ。

 そんな二人の間に自分が割り込んだ。忠告も聞かないで、ふてぶてしく居座った。そして、二人の大切な友情の証を壊した。

 ……まだその資格が無いと自覚しているフリをしながら、心の何処かではすっかり友達面をしていた。結局まだ、隣になんて立てていないのに。

「……結局僕は、誰かと同じ所になんて立てないんだ」

 リアルに出来ないこともできる体を手に入れたって、結局それは紛い物で、追いつけない。

 だから、友達を望むなんて過ぎた願いだったのだ。

「僕はやっぱり、誰かの邪魔をしちゃいけないんだ」

 道を降りて、普通の速さで歩ける人に道を譲る。それが、自分の為すべきこと。

 自分みたいなのろまが足を引っ張っちゃいけない。道を塞いじゃいけない。だから。

「……終わりにしよう、か」

 サクラに貰った大金がずしりと重く感じる。

 完全にこの世界から消えてしまっても良かった。だけど、まだ何か……惰性のようなものが、往生際悪く自分をここに縛り付けている。

 ……だったらせめて、帰ってみることにしよう。

 この世界に居座る持て余した惰性を引きずり、ナギサは転送門へと向かう。

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