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帰還アイテムを使うとユベリアの広場に転送された。大通りの外れにある場所で、すぐ傍を大河が流れている。
ミアは、大河へ下る階段に座り込んでいた。
「ミア、大丈夫だった?」
サクラが一番に彼女の元へ駆け寄る。
「……僕は…………」
ナギサにはそうすることができない。ただ悔しくて、爪が食い込むほど強く手を握りしめた。
どんな顔をすればいいのかわからない。きっと自分は、ひどく情けない顔をしていることだろう。
「ナギサ君」
サクラがミアに寄り添ったまま、こちらを見る。その眼差しがナギサを静かに責め立てていた。
ナギサは重い足取りで、ミアの傍に行く。
謝らなくてはならないだろう。それなのに、口が言うことを聞かない。頭が真っ白だ。
「……ミア。……えっと……」
やっとのことでそれだけを絞り出す。けれどミアは、顔を上げてはくれなかった。俯いた顔は垂れた髪に隠れていて、耳も尻尾もだらりとしなだれている。
「あの」
「…………れちゃった」
何か声をかけようとすると、ミアがそれを遮った。
「え……?」
聞き取れなかったその言葉を聞き返すと、ミアはただ、何かを包み込むようにしていた両の手のひらを広げる。
「あ……」
そこには砕けた指輪があった。それはミアが大切にしていた、「友情の証」の指輪。
ミアは、一つ深呼吸すると、顔を上げた。
「……にはは。やっぱりこんな低レベルアクセサリ装備してたら壊れちゃうよねー。よりによってブレイク系の攻撃だったみたいだし。にはは」
殊更明るく振る舞うミア。そこにはいつものようなにぱっという笑顔が貼り付いていた。
(そんな、笑って済ませられるはず、……ないじゃないか……)
どんなに大切にしていたか、知っている。二人の仲だって知っている。それなのに、明らかに無理をして取り繕うその笑顔が、怒りよりも、悲しみよりも、強くナギサを責め立てる。
(僕のせいだ。あの時僕を庇ったせいで、指輪は……)
「ごめん……」
ナギサには、それしか言えなかった。しかしこの場において、それはどんなに無意味な言葉だろうか。
「いいよ、謝らないで」
ミアはただ、淡々と答えた。
「わたしだって、調子乗ってたしね。わたしも止めるべきだったんだよ、あんなダンジョンに入るの。それにこんなの装備してたのも、ナギサを急かしたのも……。……わたしが悪いの、わかってるから。ナギサは悪くないよ」
「そんなこと……!」
「だって、ナギサは被害者だもんね。ゲーム始めて、いきなり、さ……」
ミアはナギサの言葉を聞いてくれなかった。
「ミア、悪いのは……!」
「わたしだよ。ぜんぶぜんぶ、わたしが悪いんだ。だからナギサは気にしなくていいの」
ミアは何故かナギサの罪を認めてくれなかった。ナギサの声など聞こえていないかのように、まるで独り言のような言葉を呟きつづける。
それがなおさらナギサを責める。ナギサはもう、謝り続けずにはいられなかった。
「本当にごめん! もう、こんな馬鹿なことしないから!」
「にはは、もういいってば」
「えっと、その、指輪、直すためのお金……僕が出すから!」
「いいよ。……失敗したら消えちゃうし、そんなの怖いし」
「でも、でも……!」
何か、償うチャンスがほしい。贖う手段がほしい。それを求め続けるナギサを、ミアはそっと制した。
「……だから、ナギサは悪くないよ。……ううん、だけどね……」
「……ミア……?」
貼りつけたような笑顔に、嘘みたいな涙が一筋だけ伝った。ミアはハッとして目元を拭い、背を向ける。
「……わたし、落ちるね」
一方的にそう告げられる。
「ミア、僕は、どうしたら……!」
「ごめん、ナギサ。ナギサが悪く無いってわかってるけど、これ以上一緒にいたら、わたし……何か、酷いこと言っちゃうかもしれないから」
背中越しに冷たい言葉が投げかけられる。何も答えられなくなった。
ミアはそれ以上何も言わず、静かにログアウトした。後に残ったのはナギサとサクラの落とす沈黙だけ。
何もさせてくれない。それはある意味で、どんなものよりも重い罰だった。
「……まさかこんなことになるなんて、さすがに思わなかったわ」
沈黙を裂いたのは、まるで氷柱のように冷たい言葉。
「だけど、僕は……」
「ええ、ちゃんと止めなかった私も悪いかもしれないわ。けど、私言ったわよね。裏切らないでって、傷つけないでって言ったわよね?」
「そ、そんなつもりは……!」
「じゃあなんであんな無茶なことしたの? 自覚、無いの?」
「あ……う……」
サクラの怒りは、ここにきてついに心頭に発したようだった。畳み掛けるように、まるでミアの分まで代弁するかのように、ナギサの心を突き刺す。
「私たちにお金を出してもらってさっさと帰る手もあった。それでもいいって、私は確かにそう言った。……ミアが何も言わないから、それ以上は言わないことにしてたけど……。でも、あなたがそれに甘えた結果がこれよね?」
「……ごめんなさい……」
「謝って済むかしら。ミアがあなたのために割いた時間も、傷ついた心も、この世界にいる『ナギサ君』にはどうしたって弁償できないじゃない」
「……それは……」
この世界にある身体は|バーチャル(紛い物)だ。けれど、彼女の時間や心はどうしようもない|リアル(本物)で、そんな失われた本物を、紛い物の「ナギサ」が償えるものか。
「……なんて、一方的に言えた義理でも無いわよね。私だって悪いのに……」
「え……?」
「……なんでもないわ。もうここまでだから」
サクラは、ナギサにアイテムの入った箱を投げつけ、淡々と最終通告を突きつける。
「その中に十万ゴールド入ってる。……テスタへなりどこへなり、さっさと消えなさい。そしてもう、……二度と顔を見せないで」
「あ……」
「じゃあね。さよなら」
呼び止める間もなく、サクラはログアウトした。そしてついに、ナギサは一人取り残される。
サクラは怒っていた。どんな時よりも、怒っていた。その理由はただ、ミアが傷ついたということが全てで……、それだけサクラはミアのことを想っていたのだ。
そんな二人の間に自分が割り込んだ。忠告も聞かないで、ふてぶてしく居座った。そして、二人の大切な友情の証を壊した。
……まだその資格が無いと自覚しているフリをしながら、心の何処かではすっかり友達面をしていた。結局まだ、隣になんて立てていないのに。
「……結局僕は、誰かと同じ所になんて立てないんだ」
リアルに出来ないこともできる体を手に入れたって、結局それは紛い物で、追いつけない。
だから、友達を望むなんて過ぎた願いだったのだ。
「僕はやっぱり、誰かの邪魔をしちゃいけないんだ」
道を降りて、普通の速さで歩ける人に道を譲る。それが、自分の為すべきこと。
自分みたいなのろまが足を引っ張っちゃいけない。道を塞いじゃいけない。だから。
「……終わりにしよう、か」
サクラに貰った大金がずしりと重く感じる。
完全にこの世界から消えてしまっても良かった。だけど、まだ何か……惰性のようなものが、往生際悪く自分をここに縛り付けている。
……だったらせめて、帰ってみることにしよう。
この世界に居座る持て余した惰性を引きずり、ナギサは転送門へと向かう。




