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page9

 その後ダンジョンを三つほど攻略し、ナギサたちはユベリアに戻ってきた。町の傍を流れている大河のほとりで、今日の成果を確認しあう。

「いやー、今日もいっぱい冒険したねー!」

「そうね。あんたが例によって大量にトラップ作動させるから、無駄にたくさん冒険したわ」

「にはは、やっぱりダンジョンはあえてトラップにはまった方が楽しいよねー」

「……私は皮肉で言ったんだけど」

「あ、そうだ。ナギサ、今日一日でいくらぐらいになった?」

「こら、聞きなさい!」

 サクラの小言を無視して、ミアが声をかけてくる。しかしナギサはぼーっとして、何も答えない。

「……ナギサ?」

「……え?」

「大丈夫? 疲れた?」

「あ、ううん、ごめん。今確認する」

「効率高めなダンジョンに絞って攻略したからねー。結構稼げたはず!」

 ミアに覗き込まれる中、端末石からメニューを呼び出す。そして、所持アイテムや所持金が表示されるページを開き……。

「……5392ゴールド」

 頑張った割には実に寂しい数字を目にした。

「あー……」

「やっぱりレベル補正、かしら……」

 二人も、先ほど見た時からあまりにも動きのない数値に目を点にした。

 今日一日で稼げたのはわずか二千ゴールド弱。目標の十万ゴールドまでの道のりからすれば、ほんの一歩にもならない歩みだ。

「レベルも一しか上がってないし、牛歩どころの話じゃないぞこれ……」

「で、でもほら、段々レベルも上がるし、そしたらレベル補正も軽くなっていくから! いつまでもこのペースじゃないよ、だから元気だそ、ねっ」

 金稼ぎの歩みまでのろまな自分にげんなりしていると、ミアが精一杯のフォローを入れてくれた。涙目で頷き返す。……本当にこのままのペースで行ったら、毎日プレイしてもあと二ヶ月近くはかかるところだ。

「まあ、ナギサ君が帰れるまでは面倒見てあげるから、元気だしなさい」

「サクラさん……」

 ひとまずこれ以上この画面を見ていると絶望のあまり泣けてしまいそうなので、メニューを閉じる。

「なんというか、やっぱりこの先すごい迷惑かけちゃいそうだな、僕……」

「だいじょーぶだよ、わたしとサクラがついてるんだから!」

 励ましつつ、にぱっと笑ってサクラに抱きつくミア。サクラは苦笑して彼女の頭をぽんぽんと撫でていた。今日一日で幾度と無く見せつけられた光景である。

「……本当に仲が良いね、二人は」

「だって一番の友達だもん」

 ミアがあたりまえのように即答する。

「わかってるから、そんな年中くっつかないでって。暑苦しいでしょ?」

「いいじゃん。サクラあったかいしやわらかいし。ふにふに~」

「ちょ、こら、そんなところ……!」

 サクラの豊満な胸にむにむにと顔をうずめるミア。……非常に目のやり場に困る光景で、ナギサは思わず体ごと目を背けた。

 ミアのセクハラはさておき、仲が良いという印象を今日一日で何度も抱いたのは事実だった。それは仲間であり、戦友であり、姉妹のようでもあり、親子のようでもある。……二人が言うように、お互いが「一番の友達」だった。

(僕が入る余地なんて無いような……)

 少しばかり不安になった。どこか疎外感を感じるというか、自分が場違いな存在であるような。

 もちろん、昨日の今日で親しくなれるとは思っていない。しかしそれにしたところで、二人の見せる仲の良さは少なからずナギサを気後れさせた。サクラにはあんなことを言われたが、裏切るも何も、本当にミアは自分のことを友達だと思っているのだろうか。

「? どしたの、ナギサ?」

「え……?」

 ミアに声をかけられて、ハッと我に返る。

「ナギサ君、ぼーっとしてたわよ?」

「あ、えっと……」

「大丈夫? ……あ、もしかしてナギサもサクラに抱きつきたいの? おっぱい触る?」

「ナギサ君、あなたって……」

「ち、違う、誤解! ちょっと考え事しちゃってただけで、だからそんな道端のゴミを見るような目で見ないでサクラさん!」

「ふふ、冗談よ。でもレベルに合わないダンジョンで無理して疲れたのなら、今日はもう落ちて休んだほうがいいわ」

「そ、そうします……」

 確かにサクラの言う通り、少し疲れているかもしれない。暗い考えになりかけていたのもきっとそのせいだろう。

「じゃ、また今度ね。私たちはちょっと市場を見てから終わりにするわ」

「はい。また今度」

 手を振って二人を見送る。二人はやはり仲良く手を繋いで、町の中央にある市場への方へと向かっていく。

 ……と、その途中で、ミアがサクラに何か言い残してこちらに走って戻ってきた。

「? どうしたの、ミア?」

「ううん、ちょっとだけお話ししたいことがあって」

「話?」

「うん。えっとねー」

 自分で切り出しておきながら、ミアは指先を口に当てて少しだけ考えこむような素振りを見せる。

 しかし、それも例によってわずか二秒。ミアは即座に行動に出た。

「それっ」

「え? わ、わわ!」

 あろうことか、ミアは突然ナギサに抱きついてきた。女の子と密着したことなんてないナギサは目を回しそうになってしまう。思えばこの前もボスを倒した後抱きつかれたが、あの時とは状況が違う。

 ボスを倒して放心状態だったあの時とは違い、今の自分はいたって平常で、常識的で、つまりこの状況の異常を正確に認識できるわけで、何が言いたいかというと、要するに何もかもわけがわからない。

「ミ、ミア、きききき、きゅうに、なな、何を!?」

「んー、こうすれば伝わるかなーって」

「つ、つたっ、て、な、なに、が!?」

「にはは、ナギサなんかおもしろいー♪」

「も、もう、からかわないでよ!」

 少し強引に引き剥がす。遠目に、サクラがこちらをじとっと睨んでいるのが見えた。「誤解だ」と両の手のひらを振って伝えようとすると、サクラはふいっとそっぽを向いてしまった。……間違いなく怒ってる。

「い、いきなり何するの、ミア!」

「んー、別になんでも」

 いつもの朗らかな笑顔でしれっと答えるミア。ますますわけがわからない。

「いや、なんでもないのに抱きつくわけないよね!?」

「でもサクラには何もなくても抱きつくよ?」

「いや、だってそれは……」

「それとおんなじってこと」

「は……?」

 ミアは少し離れてナギサを見上げ、照れくさそうに笑う。

「サクラは、リアルでも一番の親友……ううん、それ以上の存在。昔からずっと一緒で、だから、確かにサクラは特別。だけどね、ナギサだってわたしの大事な友達なんだよ?」

「え……」

 いつものおどけた調子とは少し違う、ミアの真剣な言葉。……ミアではない。この小さな少女の向こう側にいる、「ミアのプレイヤー」の言葉だ。そんな風に感じられた。

 気づいていたのだろうか。自分が彼女たち二人を見て感じていた疎外感に。

「確かにナギサとは先週会ったばかりだけど、なんとなくわかるんだ。わたしはナギサを、大事な友達だって信じてる。迷惑だとか、そんなこと全然ないから」

「ミア……」

「だから、えっと……それだけ。うん。なんか改まって言うと照れくさいね。にはは」

 いつの間にか、彼女は「ミア」に戻っていた。そして一方的に「じゃあね」と別れを告げられ、ミアはサクラのいる方へと走って戻っていく。

「……大事な友達、か」

 どうやら自分が陰気なばかりに、気を遣わせてしまったようだ。

「ミアは、優しいな」

 迷惑なんてことはない。そう言う言葉に嘘や気遣いは感じられなかった。ミアは優しい。だから本当に、心から言ってくれているのだろう。

 ……だからこそ、このままではいけない。

「……まだ友達じゃないよ、僕等は」

 この関係は対等じゃない。自分はミアに、一方的に助けられている。

 このゲームで……この世界で、対等な、隣に並び立てるような友達が作りたい。それこそが、この世界に足を踏み入れた理由なのだ。

 裏切るだとか裏切らないだとか、それ以前の問題。ミアが友達だと思ってくれているのなら、自分も胸を張ってミアの友達を自称できるように、同じ所に立てるようになりたい。……そういう意味で「裏切る」ような真似なら、何が何でもしたくはなかった。

 ミアが遠くから手を振っている。ナギサはそれに手を振り返した。

(……レベルとか、そういうことだけじゃない。この世界でなら、僕はきっと……)

 決意を新たに、しかし今日はひとまずログアウトすることにする。

 端末石に触れてゲームからログアウトする。ゲームが終了し、目の前からリベラルウェイの世界が消えていく。

 この世界で、新しい自分になる。ナギサは今一度胸に誓った。

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