7、行き先
こうして追手を振り切った四駆車は、とりあえず彼女達の言っていた支部とやらを目指す、かのように思われた。
千雨は過疎化が進んでいそうな雰囲気の町に入ったところで、何に使われているかもよく分からない広い空き地に車を止めた。
「おぉい、こんな所に車を止めてどうするんだよ?」
「なによ、あんたやっぱり気づいてないのね」
「なにが?」
「この車の状態に、よ」
リディアが車を降りるので、仕方ないので司も一緒に降りた。
そうしてようやく、彼女の言っている意味が分かった。
「こんなボコボコの車でその辺走り回るわけにはいかないでしょ。それにきっと、ナンバープレートも控えられたはずよ」
車体には爆風によって無数の傷が付いており、なにより車の屋根部分はガレージを出る際に付いたと思われる抉れたような跡が残っている。
これに乗って市街地にでも行ったものなら、間違いなくおまわりさんに車を止められるだろう。
「ここから少し戻ったところにバス停があったわ。待っている人も居たから、急いだほうがいいかも。それに乗っていけば電車に……、最悪タクシーくらい拾うことができるはずよ」
リディアがダッフルバックを担いで車から降りてきた。
「それには少々問題があります……。私たち三人の全所持金を確認してみましょう」
何をするにもお金は必要だ。
さらに、この非常事態である。
司はポケットから折りたたみ財布を取り出してお札を数えた。
「俺は千円札が三枚」
あまり入っていなかった。
しかし、これだけあれば自宅に帰るくらいはできるだろう。
一方のリディアは今では珍しいピンの二千円札を顔の前で掲げている。
「私はこれだけです……」
千雨は堂々と腕を組んで、
「財布はセーフハウスに置いてきた」
所持金総額五千三百六十八円也。
見知らぬ土地で三人の旅費と考えるにはかなり少ない。
「何で置いてくるんだよ?!」
「うるさいわね! そんな暇なかったのよ! しかし、リディアがこんなミスするなんて意外ね」
「そうだ。何でも出てきそうなリディアのポケットには携帯は入ってないの?」
リディアは司の期待する眼差しを申し訳なさそうに躱して、
「セーフハウスから逃げる際に、もし私たちが全滅、もしくは捕縛されてもいいように、データーや無線機などの装備は処理、つまり破壊しました。その時に、私のお財布はカード類と一緒に破棄したので現金は……」
「ちなみに、その二千円札は?」
彼女は体を小さくして答える。
「これはダッシュボードの中に隠すように入れてありました……。おそらく非常用に入れていたものだと思われます」
司はどうせならもうちょっと大きいお札を入れておくべきだろうと心の中で突っ込む。
千雨が何かに気づいて司を見た。
「そういえば、あんたは携帯を持ってないの?」
「いやぁ、今は自宅に……」
「なによ。あんたも役に立たないわね」
「俺は半分以上の金を出してるだぞ? 嘉陽さんはゼロじゃないか」
「むぅ!」
ぐうの音も出ない千雨は悔しそうに唸る。
「もうこうなったら、このオンボロ車で……」
千雨は悲壮感漂う目で、乗ってきた車を見るのであった。
ここでリディアが手を胸の前で握り首を少し傾けて、起死回生の一言を司にささやいた。
「司さん。お願いが、あるんです……」
リディアが反則的な上目使いでオネダリするものだから、司は全てを受け入れるつもりだった。
だが、
「えええぇ?! 俺の家に?! むむむむ、無理だよ!」
「そこをどうかお願いします!」
リディアは頭を下げながら続ける。
「私達のセーフハウスは無くなってしまいましたし……、支部に行くだけのお金もありません。。今晩だけでいいんです。ここは私達を助けると思って、お願いします!」
千雨も今度ばかりはうかがうような目で司を見ている。
「ん……。絶対にだめって訳じゃないし……。いいの、かな?」
「本当ですか?! やっぱり司さんはお優しくて素敵な方です! 私好きになっちゃうかもっ」
一転して司の腕を取ってはしゃぐリディアだった。
こうして話がまとまり、司の家に向かうことになった。
「リディア、それ私が持つよ」
千雨はリディアの肩に掛けた重そうなダッフルバックを指して言った。
「いえ、大丈夫ですよ」
彼女は柔らかく否定する。
「それじゃあ、かわりばんこで持とう」
「んん、そういうことでしたら」
リディアがずっと持ちそうな雰囲気だったので、千雨は妥協案を出してリディアからダッフルバックを手放させた。
「まてまて。女の子に重い物持たせて歩けるかよ」
「でも、それけっこう重いですよ?」
「ならばなおのこと。俺に任せてくれないか」
「司さんは紳士さんなんですね」
にぱーっとするリディアに気を良くした司は千雨に腕を伸ばす。
「かっこつけたからには、最後までちゃんと持ちなさいよ」
千雨は肩に掛けたばかりのダッフルバックを司へと渡すが、
「んぐぅぉ。お、重……っ」
「ん~? なんて言ったの?」
千雨は先ほどの仕返しとばかりにイヤラシイ聞き方をしてくる。
「な、なんでもない! ……ね、ねぇリディア。これ何が入ってるの?」
「主に銃器ですが、そのほかには最低限必要な装備が……」
「そ、そうか……」
司は意外と肩にずっしりと来るダッフルバックを担いで、元来た道を歩き出した。
そんな様子を口元をほころばせて後ろから見ている彼女達。
「千雨ちゃん、あのバンだけど……」
リディアは司には聞こえないように千雨に話しかけた。
「ん、どうしたの? ナイスショットだったわよ?」
「いえ……。私は運転席を狙ったのですが、私の撃った弾はバンに一発も当たってない気がするんです」
「……えっ?」
千雨はリディアの言った言葉が一瞬理解できず聞き返した。
「私はバンが完全に正面を向く位置で照準を合わせて撃ったつもりだったのですけど、バンは正面を向く前に
コーナーを外れていってしまって」
「じゃ……、あの車はコーナー性能悪そうだし、ハンドルミスとか?」
千雨の言葉に小さく首を振ってからリディアは答えた。
「あれは……、司さんがやったのではないでしょうか?」
「ま、まさかぁ……」
可能性が無いとも言い切れないが、千雨には冗談にしか聞こえなかった。
「そうでないとするなら、千雨ちゃんの言うとおりハンドル操作を誤ったのか、私の撃った弾が逸れて偶然タイヤに当たってしまったのか……。どちらの確率も低そうです」
「そうね……。あいつもやる時はやるみたいね。偶然だと思うけど。けれど、さすがリディアが目をつけただけはあるってことかな。惚れたの?」
「な、何を言ってるんですか」
リディアは透き通るような頬をわずかに朱に染めて千雨に当たる。
「あんな丁寧に銃の持ち方なんて教えちゃって。ちょっと妬けちゃうな~」
千雨もリディアと二人きりであれば、からかうような冗談も言うらしい。
「そんなんじゃありませんよ。なんていうかその、あの人と同じ感じがしたというか。雰囲気がですね、うまく言えないですけど、何故かやってくれそうな気がしたんです」
「カン?」
「え、えぇまぁ……」
「そっか」
それっきでこの話は終わり、彼女達は司の後姿を追って歩き出した。