4、連行
当然といえば当然かもしれないが、司は家に帰してはもらえなかった。
暗い地の底のようなビル内とは違い、車が行きかう適度な雑音がこんなにも心地いい表通りに出た。
「さて、これからどうしようか?」
「本部に行きたいけど、まずはこの方の素性を――」
千雨とリディアはは司そっちのけで話し込んでしまうので、司は二人の話が終わるのを話の最中にチラチラと二人に見られながらおとなしく待った。
「とりあえず……、改めまして。あたしは嘉陽千雨よ」
「私は、リディア・ローレリックです。リディアって呼んでくださいね。千雨ちゃんはこの国の出身ですけど、私は父がフランス人でハーフなんです」
千雨はそっけない挨拶をするが、リディアは友好的に接してくれているみたいだ。
「俺は瀬戸司……。そろそろ俺は家に帰りたいんだが……。だ……、ダメ、だよね?」
「はい。ダメです♪ そんなことよりも、司さんは学生さんですか?」
「……ああ。この近くの学園の二回生だが」
「やっぱり。ということは、千雨ちゃんと同い年で、私は一つ上ということになりますねっ」
「そうなんだ……。リディアさん、俺いつになったら帰れるのかな? それにあいつらは一体――」
「――いやですよ、『リディアさん』だなんて。リディアって呼んでくれないと私、怒っちゃいますよ?」
女の子らしくプリプリと怒るリディアは見ていて可愛いかもしれないが、演技がかったものが感じられる。
「あとぉ、司さん? の、お名前はどういう字を書くのかなって……、私気になっちゃいます」
「ええぇ……。瀬戸内海の瀬戸に、司会や司令の司るって書いて司だけど……」
「なるほどなるほど。最後に最後に、お近づきのしるしに、ハイッ」
<チロチロリン、パシャ>
あれよあれよという間に、司の個人情報が炙り出された。
「はあぁい、ありがとうございますっ」
リディアは司の顔写真を撮った携帯端末を手馴れた様子で操作しだした。
「ええっと……、君達は警察の人、じゃないよね? さっきの通報したほうが……」
困惑する司に対して、携帯端末を使って誰かと連絡を取っているらしいリディアに変わって千雨が答えた。
「無駄ね。警察なんかの手におえないわ。あいつらのやれることといったら、黄色いテープを現場にペタペタ張るくらいよ」
「それでも通報くらいは……」
「っはぁ~~。まったく、これだから素人はっ」
千雨は呆れている様子だが、司にとっては理不尽この上ない。
「警察には無理って……。じゃ……、君達はいったい何者?」
「私達は公安よ。一応ね、肩書きはね。公安外事四課の……、そうね、捜査員とでも思ってくれて結構よ」
「公安って?」
「……分かりやすく言うと、悪いやつをやっつけるのがお仕事なのよ」
「はぁ……」
「……ごめん、今のウソ。正しくは私達にとって都合の悪い相手を――、なんて、こんな事言っても仕方ないわよね」
千雨がこぼした愚痴には彼女のやり切れない思いが込められているようだった。彼女はもうこれ以上はなすことは無いというふうに口を閉ざした。
居心地の悪い空気が二人の間に流れて手持ち無沙汰になってしまったところに、リディアが二人の間をとりなすように会話に入ってきた。
「千雨ちゃん、終わったよ」
「あ、うん。なんて言ってた?」
「変更は無し。司さんをここから一番近い港地区のセーフハウスまで連れて行って、そこでいろいろ聞かせてもらって、ケースの回収もそこでやってくれるらしいよ」
「セーフハウス? 隠れ家的な……? てっきり『署まで同行願おうか』的な感じなるのかと」
「当然でしょ? どこの馬の骨かも分からないやつを、非公開の治安維持組織の拠点にいきなり連れて行けるわけ無いでしょ。まずはあなたの身元が本部で確認が取れるまで、私達のセーフハウスで拘束させてもらうわ」
千雨はリディアが間に入っていても相変わらずツンツンしている。
「わかった、わかりました。了解したよ……。それで、それはどのくらいかかるのかな?」
「司さんにやましいことが無ければすぐに済みますよ。また後日改めてお話を聞かせもらうかもしれませんが……」
「それくらいはかまわないよ」
「よかった。それでは、いきましょうか」
リディアは大胆に司の右腕を取ると、離れないようにしっかりと体に抱きかかえる。
「あ、あの、えぇ!?」
リディアに腕を取られて、手は恋人つなぎの二人の姿は、他の人が見ると睦ましいカップルに見えるかもしれない。だが、司の肘関節は曲がってはいけない方向に曲げられている。
「あ、あの、ちょっと……、い、痛い。うぇえぇ?!」
「もう……。そんなに暴れると上腕骨と尺骨が離ればなれになって、痛いどころではなくなってしまいますよ?」
司は腕をとられて拘束されるのと、しっかりと当たるやわらかい感触を天秤にかけ、素直になることにした。
最寄の駅まで連れられて、切符を渡された。
かわいい女の子に挟まれて電車に揺られる司の心境は見た目に反して芳しくない。
正体不明の二人に付いて来たのも、あんな事があった後なので一人で居るのが怖かったというのがある。命を助けてくれたこの二人は少なくとも敵ではないはずだ。
警察に駆け込むよりはこうやって、絶体絶命の危機を共に生き残ったというと大げさかもしれないが、そんな彼らと行動を共にすることは心強くもあったし、何より自分の身に何が起こったのかを知るカギは、彼女達が握っているような気がしていた。