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Trinity Bullet -トリニティバレット-  作者: トキシラズ
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3、生還

「両手を上げて、ゆっくりと、こちらを向きなさい。ハーネス!」


 ハーネスと呼ばれた男に対して命令したのは、黒いレザーコートを羽織った女の子。


 油断無くハーネスの後姿を睨みつける黒曜石のような瞳と、それに鋭く添えられた眉からは、凛とした声と同じ強い意志が宿っている。

 氷の結晶のように整った顔立ちにはピンク色に上気した頬がいろどりを添えていた。

 手に持つ拳銃と同じ、銀線のような漆黒の髪は小さく形のよいヒップに届くほどに長い。

 大胆に開け放たれた黒いレザーコートからは見える白いタンクトップと、深緑のショートパンツというシンプルな服装は、彼女のまっすぐな性格を現しているかのようだ。

 攻撃的な彼女にぴったりな黒いコンバットブーツから伸びるしなやかな太ももは、麗しい彼女の魅力をよりいっそう引き立てている。

 拳銃を構える姿も見ていてかっこいい。

 この殺伐とした場にふさわしい凛々しい女の子だった。


 もう一方の女の子が不敵に笑い続けるハーネスに対して、<カチャ>っとわざとらしいくらいに高い金属音を鳴らして撃鉄を起こした。


「まだ、撃ちたくありません。……静かにこちらを向いてください」


 輝く太陽のようなブロンドの髪をした少女は、優しい青の瞳と、穢れを知らない白く無垢な肌を持っていた。

 可憐でやわらかく、見るものを包み込んでくれるような包容力があった。

 フードとお腹にポケットのついた白い無地のパーカーと赤いチェックのフレアスカート。黒のニーソックスを外人特有のスタイルの良さで着こなしている彼女の胸の大きさは、余裕のある上着の下からでも立派に主張していた。

 彼女は戦地に咲く一厘の華のようだった。


 ハーネスは笑うのをピタリと止めて、司に背を向ける。


「なるほど。彼に感じた違和感は……、そうか、君達のものだったんだね」


 司はハーネスと呼ばれた男の呪縛から逃れることができたとはいえ、未だ動くことができない。

 急に現れた二人は味方なのか、それとも……。

 なにはともあれ、二人ともとびきりの美少女ということは確かだ。

 その二人が自分をこの状況から助け出してくれるのであれば、これほどうれしいことは無いだろう。

 大丈夫、まだ走馬灯は一度も見えちゃいない。

 そんなことを考えられるくらい、自分はまだ冷静でいられている。

 司は二人の少女と、一人の男の後姿を見た。


「ケースは私達が回収した。いずれここにも応援が来るわ。あなたを殺人、および銃刀法違反の現行犯で逮捕する」


 黒髪の少女が映画の中で聞くような台詞をハーネスに向ける。


「逮捕? そんなこと、君達なんかにできるのかな?」

「はい。私達にはその権限があります」


 ブロンドの少女が一歩もおくせずに答えた。


「そういう意味じゃないんだけどね。なるほど、君達がね……。聞く限りでは、未だ原石というにはいささか仕上がりすぎている気もするが、が言うからには、そうそうなのだろうね……。それで、君たちが警察の真似事ができるとなると、この国はそちら側になびいてしまったのか。予想できた事だけど……。やれやれ、僕たちの話は少々刺激が強すぎたのかもしれないね」


 ハーネスは肩を下げて、一人納得する。

 この二人と自らの関係、これからの行く末を。


「ちょっとあなたも、ぼけっと突っ立ってないで、こっちに来なさい」

「えっ……、――あ、あぁ」


 司は黒い髪の少女に対して、あいまいな返事をした。


 ハーネスに対して常に正面を向いて、ぎこちないガニ股で大きな円を描くように、さらに部屋のできるだけ端っこ側を通り、入り口側の彼女達までどうにか移動した。


 司は会話を交わして初めて気づいた。

 黒い少女は気丈に振舞ってはいるが、未知のものへと本能的に抱くような恐怖が見え隠れしていた。

 かたわらのブロンドの髪の少女もまた、銃口を突きつけているという圧倒的優位な立場のはずが、ひんやりとしたビル内の空気にも関わらず、額から伝う幾筋の雫から焦りと緊張が見て取れる。


「まず、こちらの質問に答えなさい。……ケースの中身は何?」


 黒い髪の少女の足元にはRockのTシャツを着た男が持ち去ったと思われるアタッシュケースがあった。


「おやおや、君達には知らされていないのかい? それとも、確認しているだけ、なのかな? どっちらにせよ、私にはもう必要ないものだから、君達にあげよう」

「なっ!」


 答えになっていない上に、意外な返事が返ってきた二人の少女は、一瞬の隙を見せてしまう。

 すぐさま我に返り、目の前の男を見据みすえたところで、今の一瞬は致命的な隙になっていたはずだ。


 ハーネスはあわてる様子は微塵みじんもなく、逆に格下の彼女達を手玉に取る余裕さえ見せている。


「次です。あ、あの人は……、何処にいますか?」


 絞り出すような声でブロンドの少女が尋ねる。


「リディア、それはっ!」

「千雨ちゃんは黙って!」


 黒髪の千雨という少女の言葉をさえぎるように、リディアと呼ばれたブロンドの少女はやわらかそうな彼女には似つかわしくない拒絶の言葉を弾き出した。


「おやおや、おやおや? 仲間割れですか。あの人とは、のことですよね? それこそ、私に聞くまでもないはずでしょうに」


 ハーネスはもったいぶるように、たっぷりと間をおいて答えた。

は今、――私たちの同志ですよ」


 わらにもすがるようなわずかな期待は、ハーネスによって踏みにじられた。

 二人は聞きたくなかった現実を聞いて、今この瞬間を否定する。


 ――刹那。


 今度こそ、ハーネスはその隙を黙って見過ごさなかった。


 上げていた両方の手を黒スーツの中に交差させて突っ込み、司に狙いをつける。

 両手に握られたのは、ステンレス製の異様に長い二つの銃身。

 暗がりの中でも銀の輝きを失わないそれらは、ハーネスが突き出した手の中にあっても、ビル内のわずかな光を集めて輝く死神の鎌のよう。

 装弾数六発の回転シリンダーに込められているのは計十二発の死が具現化した必殺の弾丸。


 [S&W M92]、俗に言うマグナムである。


 司は確かに見た。

 自分を捕らえている銀に光る二つの輪の中それぞれにある暗い穴。

 諦める間もなく自分の意識はここで終わるだろうと。

 だって、死の間際だっていうから、こんなにも時間が引き伸ばされた感覚を味わっている。

 できるだけ痛くないようにと願いながら、体の力が抜けていくのを……。


 司は眩暈めまいのようなものを感じ倒れこみそうになるが、ぐっと足をふんばった。

 すると、なぜかハーネスが右腕を振り回してバランスを崩し、盛大に肩から床に倒れこんでしまった。


 これが、まばたききのような一瞬に起こった。


 千雨とリディアはドサリと倒れこむ音を頭で確認した後にようやく、手に持つ拳銃の照準をハーネスへと合わせ直すことができた。

 それほどまでにハーネスの動作は速く正確で、なおかつ、不意をついたとはいえ相手に予備動作を知らせないという完璧なものだった。


「不発、ですか……」


 先ほどの芸術とさえいえるガンアクションを見せたとは思えない格好で床に倒れて動かないハーネスは、この不可解な現象の理由を説明した。


 銃弾が不発になったからといって、撃とうとした本人が吹っ飛ぶ理由にはならない。

 司は未だに自分が助かった理由が分からなかった。

 それでも、一瞬のまたたききが死に繋がる様を味わった彼の口元には自虐的なみが出ていた。


「そうですか。リロード、ですか。彼の死にも、一応の理由があったのですね……。――いいでしょう。そこの少年は見逃してさしあげます」


 今、ハーネスは冷たいコンクリートの上に転がっているだけだ。

 銃を後ろから突き付けられるよりなお悪いこの状況にも関わらず、司達を見逃すと言っているだ。


「ハーネス、あなたこの状況分かって言ってるの?」


 千雨は怒ってはいるが強くは出れないようで、見せ付けるように拳銃を構えなおすのだが、ハーネスは視線すら向けずに続ける。


「君達に私は撃てないでしょう? 実は私にも撃てない理由があります。けれども、君達がどうしてもと言うのであれば、仕方ありません。三人とも死んでいただくことになるかもしれません。二丁対二丁。今私はこの体勢です。案外いい勝負になるかもしれません。しかしながら、そこにいる彼は幸運にも私の興味を掻き立ててしまいました。。私は今非常に気分がいい。そのアタッシュケースと共に今すぐここを離れたほうがいい。――私の気分を損ねてしまう前に」


 静かに最後の言葉を言い終わるハーネスからはあの時と同じように、湧き上がる底知れぬ何か見え隠れする。

 決してうぬぼれでは無い、自らが望む未来を確実に実現できる自信と経験が彼をそうさせている。


「おっ、おい、行こうぜ」


 司はこれ以上こんな場所にいたくなかった。

 一秒でも速くこの場所から去りたかった。

 彼女たちの腕を後ろから遠慮えんりょがちにくいくいと引っ張ってみる。


「――やはり、お待ちになってください」


 ハーネスは床に手を着いてよっこらせと立ち上がった。

 真っ黒なスーツに付いた土ぼこりをパンパンと叩き払って三人を呼び止めた。


 司の顔が青くなる。


「な、何よ。やっぱりやろうっての?!」


 千雨が挑発するように言うので、司はたまらず彼女の陰に隠れる。


「そこの少年。まずはあなたに謝罪しなければなりません。やはり、あの問いに答えなどはありません。どのような答えであったとしても、私はあなたを殺していたでしょう。だが、一度殺そうとした相手を逃がそうとしている。死に行くものには不要ですが、共にこの物語を共に綴る相手に対しては、こうして偽りに対する謝罪を」


 ハーネスはそう言うと、下を向いて腰を軽く曲げた。


 そばに落ちていたシルクハットを頭に載せなおして、促すように言う。


「話は終わりです。さぁ、もう行きなさい」


 まずはリディアが銃を下ろした。

 だが視線だけはハーネスから外すことができないでいた。


 千雨はリディアが銃を下ろすのを確認してから、構えていた拳銃を黒いコートの中へ収めた。

 彼女はハーネスを一瞥した後、アタッシュケースをひょいっと拾い上げて肩にかつぐ。

「リディア、行こう……。ほら、あなたも一緒に来てもらうわよ」


 司は千雨に言われるまま、リディアに連れられて廃ビルを後にした。

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