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高野探偵事務所の階下にあるパン屋『不思議な森のパン屋さん』。
そのファンシーな店名に負けず劣らず、店内もファンシーないしファンキーな内装であった。
高野も数度、足を踏み入れたが、まるで御伽話の世界に入り込んだような錯覚さえ抱いた。
店名にもあるように森をモチーフにしているのだろう、クマやウサギ、リスといった様々なぬいぐるみが置かれていた。
その数が尋常ではなく、高野がざっと確認したところ、百は裕に超えていた。
店内に入ると、その溢れかえったぬいぐるみに目が行きがちだが、商品のパンはきちんと存在している。
パンの種類は、アンパン、クリームパン、メロンパンなどごく一般的なものであり、見た目も特に奇抜でもない。
しかし、味に関しては違った。
食の楽しさを見出せることができない高野でさえ、何度も足を運びたくなるような美味さだった。
「私が今まで見てきたパンの中で1、2を争う逸品揃いですね」
自称パンオタクの幽霊少女は、こう述べた。
見ただけでパンの良し悪しが計り知れるものなのかと、いたく感心した高野だが、同時にパンに触れられない少女を不憫に思った。
「私なら並んででも買っちゃいますよ!」少女は言った。
そう、本来なら行列ができても何ら不可思議な状況ではない。
だがしかし、この『不思議な森のパン屋さん』。閑古鳥が鳴り響いていた。
行列どころか、高野は店内で他の客を見かけたことがなかった。
物珍しさから来店する客がいてもいいものの、ゴーストタウンのような立地条件からか、さながら目に見えないゴーストの如くただそこにぽつんと存在している。
高野は、この店の経営状態をまるで他人事のように心配した。
一人で個人経営店を切り盛りしているという共通点に親近感を覚えたのだろうと高野は思った。
店主は若い女性であった。
腰あたりまで伸びている長い艶のある黒髪が似合う、寡黙な佇まい。
いつもレジにぽつんと、微動だにせず座っているのでリアリティのある人形のようである。
実際、初めて入店した高野は声を駆けられるまで人形と思い込んでいた(幽霊少女は悲鳴を上げて驚いていた)。
入店時と退店時にぼそぼそと、微かに聞き取れる挨拶をされるのみで会話は特になかった。
高野自身も階下だからといって、馴れ合おうとはしない。
彼は人付き合いが苦手だった。