閑話
高野探偵事務所内にぽつんとある、革製のソファ。
座り心地と眠り心地を追求するために、幾百もの店舗を歩きまわって探し出した究極の一品であった。
その特等席には、主である高野が腰かけ、ある一点を見つめていた。
傍から見れば、ただ虚空を眺めているようにしか見えないが、高野の目にはしっかりと少女の姿が映っていた。
その少女は、白いワンピースの裾をギュッと掴みながら、俯いていた。
少女の様子を観察しながら高野は様々な推察をしていく。
年齢は十代半ばくらい。容姿は年相応といった感じで、どこにでもいそうな女の子。
これが高野から見た、少女の第一印象であった。
そう、どこにでもいそうな女の子。
空中を浮遊している、ということを除いては。
「質問、いいかな?」
高野は手を上げて少女に尋ねる。
「は、はい! なんなりと!」
少女はパッと顔を上げる。
「君は……俗に言う『幽霊』というやつか?」
なんとも馬鹿馬鹿しい質問だと、高野は思った。
「えっと、はい。多分……ですけど」
「多分?」
高野が訝しげに聞く。
「気が付いたら、こんな身体になってまして。それ以前の記憶も全く思い出せなくて」
そう言って、下唇に人差し指を手を当てる少女。
「全く? 名前もかい?」
「……はい。すみません……」
少女の目に涙が浮かんだのを高野は見逃さなかった。
「ん……。いや、大丈夫さ。気が付いた時は、どこにいた?」
「絵画の前でした。大きな額縁に入った」
「絵画? 美術館にいたのかい?」
「いえ、ショッピングモールにいました。閉店されてて誰もいませんでしたけど」
「ショッピングモール……絵画……」
呟きながら、机の上にあったメモにペンを走らせる。
「その絵画ってのは、こんな感じかな?」
少女に見せたメモには、短時間で書き上げたとは思えないほど精巧な、聖母とそれを囲む天使たちが描かれていた。
「あっはい、まさにこれです」
少女が何度も頷く。
「というか、絵、すごくお上手ですね」
「うん? そうかな。まあ、ありがと」
そう言って、メモをくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に投げ入れる。
「たしか、南町だったかな。その絵画が飾ってあるショッピングモールというのは」
おもむろに立ち上がる。
「早速行ってみようか」
高野の言葉に、少女は力強く頷く。