表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

かくれんぼ。

作者: Lin x

「ねえ、友美ちゃん。かくれんぼしよう?」


昼休みの教室。本を読んでいた私は、振り向かなくとも分かる声の主たちの顔を思い浮かべ、顔を微かにゆがめた。仕方なく本を机の中にしまって振り向くと、予想通り沙羅と真理奈が私の方を向いていた。


彼女たちは怖い。下手くそな本の朗読みたいに感情のない声と、薄っぺらな笑いの載った"仮面"みたいな顔。二人はよく、そんな声や顔を使う。何を考えているんだか、さっぱり分からない。

 

私はたじろぎつつも、とりあえず生返事した。


「じゃあ、この東廊下と、階段わきの踊り場が範囲ってことで。ちゃんと30秒、数えてね」


沙羅はそういうと"仮面"をとって真理奈に目で合図し、にっと笑った。真理奈も沙羅にウインクして、二人で息の合ったスキップをしながら教室を出て行った。


やっぱり、私が〈鬼〉かぁ。


ふっと、ため息が漏れた。


山岸沙羅がこの学校に転入してきたのは今から一か月前、小六の9月。先生に連れられて教室に入って来るなり、沙羅は真理奈ににっと――そう、さっきみたいに笑った。沙羅に微笑み返す真理奈を横目に見ながら、私は顔のこわばりを隠せなかった。


真理奈が取られる。いつも一緒だった真理奈が、この転校生に取られちゃう。胸の内に一瞬で広がった予

感への不安を打ち消すことなんて出来なかった。


実際、予感は的中した。二人は意気投合し、二人で行動するようになり、二人だけの空間を作るようになった。そこには誰も――むろん私も、入る余地などなかった。


私は寂しかった。真理奈と遊べないことより、沙羅と話すときの真理奈が、今まで私の見たことのない、きらきらしたものだったことが、悔しくて、でもやっぱり、淋しかった。真理奈の気を引こうと休み時間そばに行ったって、沙羅が一言、真理奈に話すだけで、彼女は安心したような顔をして、私から離れて行く。


待って、私も入れて――― 

声にならない声は、二人の背中に、二人の"仮面"に、音もなくはね返されていく。


もう30秒くらい経っただろうか。

重い腰を上げ、東廊下を歩いていく。


てくてくてく…

誰もいない東廊下。そこにあるのは音楽室しかない。一応覗いてみたけれど、やっぱり彼女たちはそこに隠れてなんていなかった。それでも微かな期待を捨て切れずに掃除道具入れの中まで空けた。


てくてくてくてく…

本当は、分かっている。彼女たちの隠れ場所なんて。あの沙羅が、わざわざ私に音楽室から彼女たちを探し出させるためなんかにかくれんぼをさせるわけがない。


「じゃあ、この東廊下と、階段わきの踊り場が範囲ってことで」


どう考えても、あそこしかあり得ない。彼女たちが隠れたがりそうなところ。彼女たちの居場所も、このゲームの本意だって、とうに分かっている。それを認めたくないから、音楽室でさんざん血迷ってたんだ。でも、やっぱり―――


てくてくてくてくてく… てく。


階段脇踊り場のとなりにある、立ち入り禁止の倉庫。


やっぱりここしかないんだろうな、と一人頷く。ドアも少し開いているし、耳を澄ませば中から微かなくすくす声が聞こえてくる気がする。そんなもの、私の幻聴なのかもしれないけど。


ここに入って、見いっけた、と二人を指さしてやりたい。驚きを隠せない二人の前で、どうだ、と胸を張ってやりたい。それが出来たら、どんなにいいだろう。


でも、入れないんだ。


気の弱い私は立ち入り禁止の倉庫などに生えれない。入ろうとすると、さっき歩いてきた廊下から足音が聞こえてくる気がして、足がすくんでしまう。やっぱり、友美ちゃんはいい子だから入れないんだ、と笑う沙羅や真理奈の顔が、怖いほどくっきりと浮かんできても、やっぱり無理。


私、弱いんだろうか。


「友美ちゃん、なんで探してくれなかったのよ~。分かりやすいところに隠れてたのにな」


昼休みが終わって帰って来た沙羅と真理奈がそう私に話しかける"仮面"の後ろで、私をあざ笑っているのを感じた。結局倉庫に入れずに逃げた私を、私が、笑った。


沙羅と真理奈は、女子では学校一の厄介者だ。でも学校の意味不明な規則たちを破っては先生たちと口論する。"仮面"をかぶって平然と言い分を述べる二人は、結構カッコいいのだ。大人たちはあんなのただの口達者なガキだ、というかもしれないけど、彼女たちは強い。大事な校則は守るし、先生との口論でも自分たちが悪いと思ったら即謝る。彼女たちなりの信念を貫いているから、かっこいいんだ。でも、だからって…


私、弱いんだろうか。


放課後、忘れ物を取りに行くふりをして、倉庫に入った。誰もいない学校でも倉庫に入るのに尻込みする私を、私自身が、あざ笑いながら。


昼休み隠れた時に落としたのだろう、山岸沙羅、と書かれた定期入れが落ちていた。学校にこんなもの持ってきて、どうするんだろう、と苦笑しながら中をのぞいて、あ、と気付いた。中には、2枚の写真が入っていた。一枚は、病院で寝たきりのおばあさんと写っている。いつものクールな沙羅と違って、優しくカメラの方を向いて笑っている。みんなが、沙羅はおばあちゃんの看病のために大きな病院が近くにあるここに引っ越してきたんだ、と噂していたのを思い出した。


そして、もう一枚。この前の日曜日の日付のプリクラが貼ってある。真理奈と二人で、満面の笑顔。沙羅は、おばあさんとの写真のように優しい感じでも、いつものクールな感じでもなくて…とっても、輝いていたんだ。確かあの日は一緒に買い物しようと真理奈に電話して、法事があるから、とか体よく断られた気がするんだけどな…


悲しみも、悔しみも、やりきれなさも、もうなかった。もうしょうがないっか、と諦めの笑みを浮かべたら、つうっ、って涙が一筋、頬を伝った。


涙を乾かそうと窓を開けたら、強い風で、桜の花びらが一枚、私の手に載った。一生懸命咲いて、木にへばりつこうとしても、容赦のない風でいつかははらはらと散ってしまう桃色の花びらが、なんだか仲間みたいで、嬉しくなった。しれで、上着の中に紅葉を入れて、ポン、ってたたいたら、もう一筋、涙が出た。


慌てて眼をこすって涙をふくと、校門のところに沙羅が見えた。定期入れをなくしたことに気づいたんだろう、あわててポケットの中をまさぐっている。


よおし、と立ちあがった私は、定期入れを片手に、夕陽を背にして走り始めた。


―――私、きっと弱くなんか、ない。きっと、きっと、弱くなんてないんだ。弱くなんて… ―――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 小学生らしい不安定な感情の描写が上手いと思いました。 小学生だった頃を思い出しながら読ませていただきました。 主人公が抱いている友人たちへの愛憎入り混じった気持ちも良く分かります。 [一言…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ