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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔王城で愛を囁いて

作者: 細井雪
掲載日:2026/04/29

ファンタジー男女CPを増やしたいスロットメーカー様で出てきた、

完璧主義な執事とやり手の魔王秘書の女性の『目が覚めたら、あいしてるって言って』

から考えた話です。

勢いで書いたので、軽い気持ちで読んで頂けると嬉しいです。




 私は執事だ。

 優秀で有能で完璧な執事だ。

 完璧すぎて、いま魔王城で執事をしている。

 驚かれるかもしれないが、魔王の秘書から直々にスカウトされたからだ。

 さすが優秀で有能で完璧な私だ。

 人間界に留まらず、魔界までも完璧さが知れ渡っているなど、自分の才能が恐ろしい。

 私の完璧な執事としての仕事ぶりを魔界に住む魔族にも提供しようと思い、スカウトを受けることにした。

 そんなわけで、魔王城で執事をしている。

 している、が……。


「あ~、執事殿が淹れる紅茶は本当に美味しいなぁ。もうちょっと砂糖を入れようかな」


 目の前に座っている人物は、私が淹れた紅茶を飲みながらそう言う。

 完璧な執事である私はワインだけでなく当然紅茶を淹れる腕も一流なので、気温や天気に合わせて茶葉を厳選し、お湯の温度の管理を怠らず、最高の一杯を提供する。

 その紅茶に、目の前の人物は十三個目の角砂糖をぼちゃっと入れた。

 どう考えてもすでに砂糖が溶ける限界を超えている。

 あれは紅茶ではなく砂糖茶だ。

 だが、砂糖を何個いれるかは個人の自由なので別に良い。

 問題はそこじゃない。


「……秘書殿、ティースプーンはカップの中ではなく、ソーサーの上に戻してからお飲みください」

「ん? ああ。そうだった、そうだった」


 なるべく平静を保って指摘すると、秘書は笑いながらカップにいれたままのティースプーンをソーサーの真ん中に置いた。


 ……。

 ……なぜ真ん中に置く!

 真ん中にティースプーンを置いたら、カップはどこに置くつもりなんだ!!

 だが私は優秀だから知っている、カップでティースプーンを押しのけてから置くと。

 ほらやった!!!


「チッ……」

「ん? 何か聞こえたような……」

「鳥の囀りでございましょう」


 秘書はきょろきょろと辺りを見回して「そっか~」と言った。

 私は完璧な執事なので、心の中でどれだけ腸が煮えくり返っていてもそれを口に出したりはしない。

 たとえこのやり取りが八十三回目だとしても、だ。

 そう、魔王城で働き始めて八十三日目にして、このやりとりをもう八十三回もしている。

 毎日だ!

 普通、毎日言えば覚えるだろう!

 しかし目の前の人物は一向に覚える気がない。

 私をスカウトした張本人である、魔王の秘書だ。

 ちなみに女性だ。

 外見は人間と変わらない若い女性だが、人間界では見たこともないような紫色の髪をしている。あと長い角も生えている。

 こちらが何を言ってもただ笑って聞き流すばかりだが、魔界では魔王に次いで二位の権力を持っているらしい。

 ちなみに魔王城へ来て八十三日たつが、私は一度も魔王と会ったことがない。

 何でも魔力が大きすぎるために普段は表に出ないらしい。

 まあ、人間界でも国王はめったに表には出ないので、種族は違えどそういうものなのだろう。

 そのため、この秘書が魔王の代行を担っており、つまり私は実質この秘書の執事をしている。

 この、マナー違反ばかり繰り返す魔族の!

 ついでにいえば性格も雑な魔族だ!


「それにしても、執事殿は部屋の片づけまで完璧で、本当に有能なんだね」


 秘書は呑気にそんなことを言ってくる。

 この秘書がどれくらい雑な性格かといえば、毎日泥棒でも入ったのかと思えるくらい、整理整頓ができない。

 魔王城で働くことになり初めて秘書室に入ったとき、謁見の間と言っても不思議でないくらい広い室内が、まるで墓荒らしにでもあったかのように全てが散乱していて、魔界の治安の悪さに内心恐怖を抱いたが、単に秘書が片づけをしていないだけだと他の魔族から教えられて別の意味で恐怖した。

 私が来るまで、足の踏み場もなかったような秘書室でどうやって仕事をしていたのか、逆に聞きたい。

 むしろ部屋の片づけは執事の仕事なのか?

 最近、自分の職務が分からなくなってきた。


「書棚も整理してくれたんだね。綺麗に並んでいるから探しやすくて助かるよ」


 そんな私の気持ちなどお構いなしに、この私が綺麗に片付けた秘書室を歩き回って、この私が分類別にきちんと分けて本の高さもそろえて並べた美しい書棚を、秘書は感心した様子で眺めた。


「あ、この本、探していたんだよね。なくしたかと思っていたよ」


 そう言いながら本を一冊抜き取り――なぜか全然関係のない本を空いた隙間に差し込んだ。

 だから!

 なぜ分類別に並べた場所に関係のない本を置くんだ!

 そんな雑な片付け方をするから、本一冊探すことができないんだろう!!


 ……見てのとおり、この秘書と私は完全に性格が合わない。

 それはもう、天と地くらい。人間界と魔界くらい。まるっきり正反対だ。

 魔族とはマナーも知らず整理整頓もできない雑な種族なのか?

 違う、魔王城の厨房は毎日隅々まで掃除されて衛生的だし、秘書室に来る魔族たちはみんな書類をきちんとまとめて持ってくる。

 つまり、この秘書だけだ!


 もうこんな職場は耐えられなかった。

 こんなに尽くし甲斐のない雇用主は初めてだ。

 人間界に帰りたい。

 だがすぐに辞めてはまるで私が至らなかったみたいではないか。

 だから、三ヵ月たってから辞めようと思っている。

 魔界の暦ではあと七日で三ヵ月。

 あと七日の辛抱だ……!




***




 と思っていたのに。


「反乱軍が突入してきました! もうすぐ秘書室までやって参ります!!」


 伝令蝙蝠がけたたましい羽音と共に叫びながら、秘書室へと飛び込んできた。

 床が振動で震え、咆哮みたいな声も聞こえてくる。

 突然戦争でも始まったのかと驚いていると、今日もティースプーンをカップに入れたまま紅茶を飲んでいる秘書が、いつものようにのんびりした口調で言った。


「そっか、もう春だね。これが始まると季節が変わった気がするよ」

「意味が分かりませんが!?」

「魔族は血の気が多いから、よく魔王の座を奪おうと襲撃してくるんだよ。特に春は陽気に誘われて反乱の気分が上がるんだよね」

「意味が分かりませんが!?」

「アハハ、さっきも同じことを言っていたよ。執事殿は面白いね」


 全然面白くない。

 春の陽気に誘われてどうやったら反乱の気分になるんだ。

 普通はピクニックにでも行くだろう。

 魔族には余暇という概念がないのか?

 そんなことを思っている内に、秘書室の扉が壊されて魔族たちが突入してきた。

 この秘書室の奥が魔王のいる部屋なので、ここは一番最悪な前線だ。

 いくら私が有能でも戦闘力は皆無な人間だから、魔族の争いに巻き込まれたら死ぬ。

 書棚から一番厚い本を取って頭を守りながら、無駄に高い天井を支える太い柱の影に避難した。

 こんなことなら真面目に三ヵ月待たずに、さっさと辞めておけば良かった!


「ちょうどお腹いっぱいで運動したいところだったんだよね。かかっておいで」


 秘書は壁に飾っていた馬鹿でかい斧のような武器を手に取った。

 ちなみにお腹いっぱいなのは、紅茶と一緒に手作りクッキーを食べていたからだ。

 もちろん何でもできる完璧な執事であるこの私の手作りだ。

 食べたいと言われたから焼いたのに、こんな最後になるなんて裏切りも良いところだ。

 そうこうしている間に、壊された扉から入ってきた魔族たちがこちらへ向かってきた。


「ほらほら、こっちだよ!」


 秘書は馬鹿でかい斧を笑顔で振り上げると、しなくても良いのにわざわざ挑発するようなことを言って、向かってきた魔族たちを叩き切っていった。

 断末魔のような叫び声と共に、叩き切られた魔族たちが炭のように消えていく。

 しかし襲ってくる魔族は尽きず、次々と向かってくるのを秘書は楽しそうに斧を振り回していた。

 入口の扉どころか、壁も天井も破壊されていく。

 何もかもが常識外だ。

 春に反乱の気分が上がる魔族も。笑顔で応戦する秘書も。何もかもが。


 ……よし、逃げよう!


 この騒動の中ならば、人間が一人くらい逃げたって気づかれないだろう。

 私はこんな場所で命を落とすにはもったいない完璧な執事だ。

 故にこれは戦略的撤退ともいえる。

 そう思って壁際を沿って移動していたとき、秘書室に飛び込んできた魔族の一部がよりによって私に気づき、矛先を向けてきた。

 魔族たちは猪突猛進に突っ込んでくるものだから、秘書室の無駄に太い柱にも突撃して、ひびが入った柱がこちらへと倒れてきた。


「執事殿……!」


 秘書の声が聞こえた気がしたが、それどころではなかった。

 死ぬ。こんなところで。

 せめて人間界のベッドの上で穏やかに老衰したかったと思いながら、恐怖のあまり目をつむった。


「……」


 しかし、いつまでたっても痛みはやってこなかった。

 恐る恐る目を開くと、目の前に紫色の髪が見えた。

 こんな髪の色はひとりしか知らない。

 倒れてきた柱を秘書が片腕で押さえて私を庇いながら、もう片方の手で持っていた斧を大きく振り上げた。


「彼に手出しはさせない!!」


 その言葉と共に秘書室内が光り、残っていた魔族たちは光に焼かれるようにして一瞬で消え去った。

 先ほどまでの騒がしさから一転して静寂が広がる。

 その静寂の中で、秘書室の奥にある、魔王の部屋に繋がる大きな扉が音を立てて開いた。


「――騒がしいぞ」


 扉の奥から低い声が聞こえてくる。


「父上、お騒がせして申し訳ございません……」

「父!?」


 扉を開けて現れたその姿は、人間の何十倍もある巨大な体と、羊に似た人間とは異なる顔立ちに――秘書と同じ形の長い角が生えていた。

 魔王だと、一目で分かった。

 人間の目から見ても分かるくらい、纏う気配が違う。

 巨大な体でゆっくりとこちらまで近づいてくると、秘書が押さえていた柱を指先で払って退けた。

 そして巨大な体を屈めて秘書を覗き込む。


「我が娘よ、力を使い切ったのか?」

「はい……。未熟で申し訳ございません……」


 魔王に声をかけられた秘書は弱々しく笑い、地面へと崩れ落ちた。

 驚いてその体を抱き起こす。


「なぜ私を庇ったんですか……!?」


 魔族なのに。

 魔王の秘書で、娘なのに。

 一介の執事を庇うなど、ありえない。

 倒れた秘書を抱き起こして問い詰めると、薄く目を開きながら小さく笑った。


「恩返しをしたかったんだ……」

「は……?」


 意味が分からない。

 身を挺するほどの恩を売ったことなんてなかった。

 そんなことを思っていると、腕の中で秘書が告げた。


「執事殿は覚えていないだろうけど、私たちは一度会ったことがあるんだよ……」


 そんな覚えはない。

 人間界にやってきた秘書にスカウトされるまで、魔族と会ったことなんてなかった。

 基本的に魔族は魔界で、人間は人間界で暮らし、争いを避けるためにも交流は皆無だ。


「私は、魔族と人間のハーフなんだ……」


 秘書の言葉に私は驚いた。

 確かに秘書は人間に近い容姿をしている。

 すぐ側にいる魔王が父らしいが、似ているのは角くらいだ。

 ほかの魔族は全身が青色だったり、背中から巨大な羽や尻尾が生えていたり、空を飛んでいたりしたが、個体差だと思っていた。


「人間だった母は私が幼い頃に死んでしまい、昔は寂しくてよく泣いていた……。母が恋しくて、母と同じ姿が気になって……こっそり人間界に忍び込んだんだ」


 秘書がどこか遠くを見ながらそう言った。


「けど、当然母はいなくて、見知らぬ人間界で迷子になって、結局泣いてばかりだった。そのとき、同じくらいの年頃の人間の男の子と出会ったんだよ……」


 遠くを見ていた目がこちらを向いた。


「泣いていた私に、その男の子はハンカチを差し出してくれたんだ……」


 魔族と会った記憶なんてなかった。

 けれど、子どもの頃に一人で泣いている女の子と出会い、涙を拭くためにハンカチをあげたことは覚えている。

 その子は深くフードを被っていたので、顔も髪も、角があるかないかも見えなかった。


「ずっと返せなくてすまなかったね……」

「それは……」


 魔王が服のポケットの中から取り出したのは、確かにあのとき渡したハンカチだった。

 子どもの頃だから、もう十年以上もたっているのに、綺麗に折りたたまれて汚れひとつない。


「本当はこのハンカチを返そうと思って、三ヵ月前に人間界に行ったんだ。でも久しぶりに会えたら何だか懐かしくて、つい執事にスカウトして、入れてくれる紅茶が美味しくて、一緒に過ごすのが楽しくて……離れたくないと思ったんだ」


 秘書が小さく笑った。

 嘘だろう。

 あれだけ砂糖を入れて紅茶の味も何もなかったのに。

 雑な性格に毎日私を苛々させていたのに。


「多分、執事殿は私の初恋だったんだ……」


 何十年も前の出会いを、ずっと覚えていたなんて。


「けど、魔界にスカウトしたせいで、こんな騒動に巻き込んでしまってすまなかったね……。退職金はきちんと払うから……」

「おい……」

「本当は見送りたいけど、力を使いすぎたから長い眠りが必要みたいだ……ここでお別れだね」

「おい……!」


 執事として常に丁寧な言葉遣いをするよう気を付けていたのに、取り繕えなくなって感情のまま叫んでしまう。

 そんな私を秘書が薄く開いた目で見つめながら笑っていた。


「できればもう一度、執事殿の淹れてくれた紅茶が飲みたかった……」

「いくらでも淹れてやるからしっかりしろ!」

「執事殿は優しいね。もしできたら、このハンカチをもう少し貸してくれないだろうか……」

「ずっと持っていればいい! だから、しっかりしろ!」


 三ヵ月我慢して退職しようと毎日思っていたはずなのに、こんな別れが突然やってきて気持ちが整理できなかった。

 魔族なのに昔のことを覚えていて、人間を庇って力を使いすぎるなんて。

 初対面でないことを先に言ってくれていれば、こちらだってもっと違う対応をしていたのに。

 今ごろ初恋だったなんて教えられて、驚いて落ち着かないこちらの気持ちは、一体どうすれば良いのか。

 返されたハンカチを再び秘書の手に戻せば、弱々しい力で握り返された。


「我儘ついでにもうひとつ良いだろうか……? もし、いつか目が覚めたら、あいしてるって言ってくれないかい……?」

「何でも言ってやるからしっかりしろ……!!」


 そう叫ぶと、秘書は今まで見たことのない笑顔で笑って、ゆっくりと目を閉じた――。



 翌朝、秘書は普通に起きてきた。

 私の涙を返せ。






 そして場の空気に飲まれてうかつなことを約束してしまったばかりに、私は今でも魔王城で愛を囁いている。




【登場人物紹介】

秘書:魔族と人間のハーフ。床に落ちた食べ物は三秒過ぎていても気にせず食べるタイプ。甘党。

執事:人間。ハンカチの四隅がずれているのは許せないタイプ。その後、魔王の娘婿になる。

魔王:秘書の父。動き回って眠くなっただけの娘がそれっぽいことを言ってうまく執事を誘導しているのをずっと後ろで見て、あくどい……と思っていた良識的な魔族。亡き妻一筋。


読んで頂きありがとうございました!

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