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不運なオメガは異世界で愛される〜無口なもふもふ獣人王と始める、美味しいご飯と農業スローライフ〜  作者: 水凪しおん


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第13話「女神の微笑み」

 厳しかった長い冬が完全に過去のものとなり、森全体が爆発的な生命力で満ち溢れる季節がやってきていた。

 どこまでも高く澄み渡った青空から、心地よい暖かさを持った春の陽光が降り注ぎ、村全体を柔らかな黄金色に染め上げている。

 村の中央広場に立つと、かつてのような飢えと絶望に沈んだ暗い空気は微塵も残っていなかった。

 広場を取り囲むように建ち並ぶ家屋は、以前の隙間だらけの粗末な小屋から、丸太を緻密に組み合わせ、土と石で頑丈に基礎を固めた立派なものへと建て替えられていた。

 建物の屋根には、冬の間に村の女たちが編み込んだ水はけの良い厚い草が敷き詰められ、青々とした新しい葉を太陽に向けて広げている。

 広場を行き交う獣人たちの顔には、確かな肉がつき、彼らの瞳はどれも未来への希望に満ちた明るい光を宿していた。

 八神は広場の片隅にある日当たりの良い木陰に座り、膝の上で小さな命の重みを感じていた。

 彼の腕の中にいるのは、つい数日前に生まれたばかりの獣人の赤ん坊だった。

 まだ目も開かない小さな顔には、柔らかな産毛がびっしりと生え揃い、呼吸をするたびに小さな胸が規則正しく上下している。

 八神がそっと指先でそのふっくらとした頬に触れると、赤ん坊は温かいミルクの匂いを漂わせながら、心地よさそうに身をよじった。

 赤ん坊の母親である若いベータの女性が、八神の傍らにひざまずき、畏敬と深い感謝の入り混じった視線を向けていた。


「ヤガミ様がこの村に来てくださってから、土が蘇り、森が恵みを与え、こうして新しい命が次々と産声を上げるようになりました」


 彼女の目からは、とめどなく大粒の涙が溢れ落ち、地面の土を黒く濡らしていった。

 かつてのこの村では、食糧不足による栄養失調が原因で、無事に冬を越えて春に生まれてくる命は奇跡に近いほど稀だったのだ。

 しかし、八神がもたらした農耕の知識と、オメガとして無意識に振りまく豊穣の気配が、この死にかけていた土地を根本から変えてしまった。

 今や村のあちこちから、子供たちの元気な笑い声や、新しい命の力強い産声が絶え間なく響き渡っていた。


「そんな、俺はただ少し手伝っただけで……この子が元気に生まれてきたのは、あなたが冬の間、一生懸命に命を守り抜いたからですよ」


 八神は困ったように眉を下げ、優しく微笑みながら赤ん坊を母親の腕の中へと慎重に返した。

 母親は赤ん坊を胸に抱きしめ、何度も何度も八神に向かって深く頭を下げてから、自分の家へと戻っていった。

 その背中を見送りながら、八神はふと自分の手のひらを見つめた。

 かつての日本では、何をしても空回りばかりで、誰の役にも立てない不運なだけの人生だと自分を卑下していた。

 それが今では、この異世界の村で多くの人々から感謝され、彼らの命を繋ぐ中心に立っている。

 自分の存在が、誰かの明日を創り出す確かな力になっているという事実が、八神の胸の奥を温かいものでいっぱいに満たしていた。

 その時、背後から草を踏みしめる重く力強い足音が近づいてきた。

 振り返らなくても、その深く濃密なアルファの匂いだけで、誰が来たのかはっきりと分かった。

 ルヴァだった。

 彼は村の外周を見回る仕事を終えたのか、少し汗ばんだ顔で八神の背後に立ち、そのまま長い腕を伸ばして八神の肩を背後からすっぽりと包み込んだ。

 ルヴァの厚い胸板が八神の背中に密着し、彼の中から脈打つ力強い鼓動が、衣服越しに直接伝わってくる。


「お疲れ様、ルヴァ。今日も村の周りは静かだった」


 八神が背中の温もりに身体を預けたまま首を傾げて尋ねると、ルヴァは静かに頷き、八神の耳元の髪に顔を埋めた。

 彼の鼻先が八神のうなじのあたりをゆっくりと擦り、そこから漏れ出す豊穣の甘い匂いを確かめるように深く吸い込む。


『ああ、本当にこの人が、俺の半身なんだ』


 ルヴァの吐息が首筋にかかるたびに、八神の身体の奥底で甘い痺れが広がり、オメガとしての本能が嬉しそうに震えるのを感じた。

 ルヴァは無口で、言葉による愛情表現は未だにたどたどしいままだったが、その手から伝わる熱と、独占欲に満ちた視線が、彼の中で八神がどれほど絶対的な存在であるかを雄弁に物語っていた。

 2人はそのまま寄り添い合い、木陰から村の風景を静かに見渡した。

 視線の先には、整然と区画整理された広大な畑が広がり、春の作物が一斉に青々とした芽を吹き出している。

 村の獣人たちが連れ立って畑に向かい、土に触れ、笑い合いながら農作業に汗を流す姿があった。

 太陽の光が全てを黄金色に包み込み、吹き抜ける風が豊かな土の匂いと花々の香りを運んでくる。

 どこを見渡しても、圧倒的な生命の輝きと、争いのない平穏な時間がそこには存在していた。

 八神はルヴァの大きな右手に自分の左手を重ね、その硬く分厚い手のひらの感触を確かめるように指を絡ませた。

 ルヴァもまた、八神の細い指を壊さないように優しく、しかし絶対に離さないという強い意志を込めて握り返してくる。

 この暖かな日差しの下で、愛する伴侶の腕に抱かれながら、自分が育て上げた村の豊かな実りを見つめる。

 胸いっぱいに広がるこの絶対的な幸福感こそが、不運だった過去の全てを帳消しにして余りある、八神が手に入れた最高の奇跡だった。

 八神は空を見上げ、こぼれ落ちそうなほどの満面の笑みを浮かべた。

 それはまさに、大地に命を吹き込み、部族の全てを優しく包み込む豊穣の女神の微笑みそのものだった。

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