第11話「冬を越えるぬくもり」
深い森を覆い尽くした暗い雲から、音もなく白い結晶が舞い降り始めた。
1粒、また1粒と冷たい雪が重なり合い、やがて村全体が分厚い純白の絨毯の下へと静かに沈み込んでいく。
木々の枝は積もった雪の重みで大きくしなり、風が吹くたびに細かい氷の粒が太陽の光を反射して空中で煌めいた。
厳しい冬の到来だった。
しかし、土と枯れ草で分厚く壁を補強されたルヴァの小屋の中は、外の凍てつく寒さが嘘のように温かい空気に満ちていた。
部屋の隅に設えられた囲炉裏では、乾燥させた太い薪が真っ赤な炭となって静かな熱を放ち続けている。
八神は囲炉裏の火にかけた大きな土鍋の前にしゃがみ込み、木の匙でゆっくりと中身をかき混ぜていた。
鍋の中では、秋の間に収穫して地下室にたっぷりと貯蔵しておいた根菜と、燻製にして旨味を凝縮させた獣の肉が、とろみのあるスープの中でふつふつと煮込まれている。
森で採集した香草の爽やかな匂いと、肉の豊かな脂の香りが混ざり合い、胃袋を心地よく刺激する濃厚な匂いが狭い室内に充満していた。
八神が匙ですくったスープの味見をしていると、背後から静かな足音が近づいてきた。
振り返ると、そこには獣の毛皮をゆったりと羽織ったルヴァが立っていた。
彼の胸元にはあの凄惨な戦いで負った深い傷跡が赤く残っているが、肉はすでに完全に塞がり、歩く姿勢にも以前の力強さが戻ってきている。
ルヴァは八神の横に腰を下ろすと、長い腕を伸ばして八神の腰を背後から力強く引き寄せた。
「わっ、ちょっとルヴァ、いま火を使っているんだから危ないですよ」
八神は驚いて声を上げたが、ルヴァは全く気にする様子もなく、八神の肩に自分の顎を乗せて目を細めた。
彼の大きな鼻が八神のうなじのあたりで忙しく動き、そこから微かに漏れ出す甘い豊穣の匂いを満足そうに深く吸い込んでいる。
ルヴァの広い胸板から伝わってくる圧倒的な体温と、鼓動の低い響きが、八神の身体の芯をじんわりと温めていく。
八神は小さくため息をつきながらも、決して彼を引き剥がそうとはしなかった。
***
スープが十分に煮詰まった頃、小屋の分厚い木の扉が外から控えめに叩かれた。
八神がルヴァの腕から抜け出して扉を開けると、そこには冷たい雪を肩に積もらせた村の老婆と、数人の子供たちが立っていた。
彼らの手には、冬の森で採れる貴重な赤い木の実を編んだ小さな籠や、薪にするためのよく乾燥した木の枝が抱えられている。
「ヤガミ、これ、あげる」
子供の1人が、たどたどしい言葉でそう言いながら、木の実の入った籠を八神に向かって両手で差し出した。
老婆もまた、深くしわの刻まれた顔を綻ばせ、八神に向かって深々と頭を下げる。
彼らの瞳には、単なる村の恩人に対する感謝を超えた、神聖な存在に対する深い畏敬と敬愛の念がはっきりと浮かんでいた。
かつてのこの村にとって、冬は死と飢餓に直面する絶望の季節でしかなかった。
しかし今年は違う。
八神の知識と開拓によってもたらされた膨大な量の食糧が村の倉庫を満たし、誰もが毎日温かく栄養のある食事を口にすることができていた。
子供たちの頬には健康的な赤みが差し、老いた者たちも凍えることなく穏やかな時間を過ごしている。
村人たちにとって、この豊かな命の恵みをもたらした八神は、冷たい大地に春を呼び込む豊穣の具現そのものだったのだ。
「ありがとうございます。でも、そんなに気を使わなくてもいいんですよ」
八神は困ったように眉を下げながらも、彼らの温かい気持ちを無下にはできず、感謝を込めて籠と薪を受け取った。
お返しにと、八神が煮上がったばかりの温かいスープを木の器に分けて手渡すと、彼らは皆、目に涙を浮かべるほど喜んで雪の中を帰っていった。
扉を閉めて冷たい風を遮断すると、再び背後からルヴァの腕が八神の身体をすっぽりと包み込んだ。
ルヴァの黄金色の瞳が、手の中の木の実を見つめる八神の横顔を愛おしそうに見下ろしている。
彼は八神の耳元に唇を寄せ、低い声で短く唸るような音を鳴らした。
言葉はなくても、俺のつがいを誰にも奪わせはしないという、アルファとしての強い独占欲と深い愛情が痛いほどに伝わってくる。
『……俺の居場所は、ここなんだな』
八神はルヴァの大きな腕の中に身体を預け、目を閉じて静かに自分の内面と向き合った。
かつての自分は、常に理不尽なトラブルに巻き込まれ、何をやっても裏目に出る不運な人間だと思い込んでいた。
しかし、その不運の連続の果てに開かれた見知らぬ森への扉が、こんなにも温かく、満ち足りた場所へと繋がっていたのだ。
ルヴァという無骨で優しい半身に出会い、自分の知識が誰かの命を繋ぎ、こうして村全体から溢れるほどの愛を受け取っている。
外では容赦ない吹雪が吹き荒れていたが、八神の心の中には、春の陽だまりのような絶対的な安心感と平和がどこまでも広がっていた。
2人は暖かな炎の前で1つの器からスープを分け合い、長い冬の夜を寄り添うようにして静かに越えていった。




