声を置く場所
お悩み相談のような内容です。
正義の味方や悪の組織なんていません。
声を置く場所
安物のWebカメラが回る。
画角はいつもと同じ。少し低くて、少し近い。
床に座り込んだ中学生くらいの少年。
圭の鎖骨から上だけが画面に収まっている。
背後に映るカーテンの隙間から、夜の闇が覗いていた。
圭は一度、肺に溜まった冷たい空気を吐き出してから、レンズの向こう側を見つめる。
「こんばんは。……今日も、届いたお便りを読みます」
マイクがカサリと紙をめくる音を拾った。
指先がわずかに震えているのが、自分でもわかった。
―――
相談①「止められなかった」
『クラスで、いじめを見ていました。止めることもしませんでした。
正直、怖かった。次は自分かもしれないと思って。
何も言わなかった自分は、いじめた人と同じでしょうか』
圭は視線を落とし、机の角を見つめる。
「……難しいですね。僕も、いまだに答えは出てません」
沈黙が流れる。
視聴者数は、ゆっくりと増え続けていた。
「勇気って……なんか、コンビニで買えるようなもんじゃないから。
声を出すって、自分の居場所とか、明日とか、全部を賭けることになる。
それを他人が『出せよ』なんて、簡単に言えるはずがないんです」
圭は膝を抱え、自分に言い聞かせた。
「……正直に言うと。
僕も、見てしまった側だったことがあります。
その時、何もできなかった。
今でも、自分のことが嫌いになるくらいには、大人になりきれてません」
―――
圭は、湿り気を帯びた二通目の紙を取る。
「……もう一通。これで最後にします」
―――
相談②「逃げたい」
『いじめられています。学校に行くのがつらい。
でも、休んだら負けな気がして。逃げたら、全部終わる気がして。
逃げてもいいんでしょうか。消えたい』
圭は画面から目を逸らした。
レンズの向こうに、かつての自分を見た気がした。
「……いいですよ。逃げて」
絞り出すような声だった。
「逃げるのは、負けじゃないです。……壊れないための選択です。
命を削ってまで守らなきゃいけない場所って、……僕は、今は、思いつかないです」
画面の右端で、チャット欄が淡々と更新されていく。
『学校行かないと詰むぞ』
『そんな場所ない定期』
『今の言葉、刺さった』
圭はそれらの文字に一切反応しない。
視線はレンズの数センチ下、虚空を彷徨っている。
「……でも。ここまで話しておいて。
一つだけ、僕の話をさせてください。綺麗な話じゃないです」
圭は視線を外したまま、膝の上の布地を固く握りしめた。
「昔、僕もいじめられて……自分を守るために、転校しました。
でも、転校先で、クラスメートが同じ目に遭ってるのを見て……
僕は、そいつを殴りました」
喉の奥が熱い。
「その場面だけが切り取られて、SNSに動画が出ました。
ヒーローって言う人もいた。
ただの暴力だって言う人もいた」
その瞬間、チャット欄が加速する。
『はい論破w』
『どの口が言ってんの?暴力加害者の分際で』
『〇〇中の佐藤じゃね?顔似てるわ』
『特定はよ』
『投げ銭したら、その殴った時の感触もっと詳しく話す?w』
圭は、何かを言おうとして口を開けたまま固まった。
マイクが、彼の喉が「ゴクリ」と鳴る、乾いた音を鮮明に拾う。
思考が真っ白に染まっていく。
そこに、追い打ちをかけるような「善意」が流れる。
『圭くん、もうこんな暗いことやめて、もっと前向きな配信しなよ』
『殴った相手に会いに行って謝るのが、本当の勇気じゃないかな?』
「……あ」
掠れた声が漏れる。
正しい。
あまりにも正しい言葉が、圭の逃げ場を塞いでいく。
「……そう、ですね。……それが、できたら」
反射的に、リスナーを肯定する言葉を選んでしまう。
相手の機嫌を損ねないように。嫌われないように。
そんな自分自身への嫌悪感が、胃の底で渦巻いた。
ふっと、圭の肩から力が抜ける。
「……守った側も、けっこう疲れるんですよ。
強くなったわけじゃない。
ただ、ボロボロに消耗しただけ」
画面には『888888』『おつー』といった、意味を持たない記号が滝のように流れていく。
彼の告白も、絶望も、ここでは等しく「暇つぶしの材料」に過ぎない。
「……今日は、ここまでにします。
ここは、解決する場所じゃない。……ただ、声を置く場所です」
「……おやすみなさい」
手が画面の外に伸び、マウスをカチッとクリックした。
配信終了。
一瞬で静まり返る部屋。
暗転したモニターの隅に、
**『最大同時視聴者数 184』**という数字が残っていた。
さっきまで自分を嘲笑っていた数字。
けれど、それが前回の配信より増えていることに、どこか安堵している自分がいた。
傷を切り売りして、身元を特定される恐怖に怯えながら、
それでもこの数字に縋っている。
「……っ、げほっ」
圭は顔を両手で覆い、
込み上げる吐き気をこらえるように、浅い呼吸を繰り返した。
リスナーへの憎しみと、
数字に依存する自分への反吐が出るような自己嫌悪。
暗い部屋の中、パソコンの冷却ファンの音だけが、やけに現実的な音で鳴り続けていた。
一応文章の体をなしていると思います。
夜中にふと思いついてぽちぽちスマホに入力してました。初めての作品です。
なんか修正に修正を重ねてます。すみません。




