第4章 名簿の数
火は、いつも同じ形では燃えない。
激しく燃える火もあれば、
静かに、待つように燃える火もある。
消防団は、
そのどちらにも向かわなければならない。
間に合う夜も、
間に合わなかった夜も。
けれど町は、
すべての夜を同じように扱う。
記録に残ったものだけが「起きたこと」になり、
残らなかったものは、
最初からなかったことになる。
本書は、
火を消す側の人間が見てしまった、
消えなかったものについての物語である。
もし読み進めるうちに、
人数や名前や記録に
小さな違和感を覚えたなら、
それは物語の外でも、
決して珍しいことではない。
火は消える。
だが、
消された理由までは、消えない。
最初は、数字の違和感だった。
点呼のとき、
名前は滞りなく呼ばれ、返事も返ってくる。
問題はない。
いつも通りだ。
それなのに、終わったあとに残る。
――余っている。
そんな感覚。
ある夜、詰所で一人になったとき、
私は名簿を開いた。
消防団員、十四名。
副分団長として、それは頭に入っている。
入っているはずだ。
だが、ページを眺めていると、
妙な気分になる。
多い。
理由は分からない。
ただ、そう思った。
私は名簿を閉じ、
棚から古いアルバムを引きずり出した。
出初式。
集合写真。
宴会の記念写真。
数え始めて、手が止まった。
十三人しかいない。
別の年も。
さらに別の年も。
写っている人数は、必ず十三人。
それなのに、
今は十四人いる。
――増えた覚えは、ない。
翌日の出動で、
私は意識的に団員一人一人を見た。
顔。
声。
動き。
全員、知っている。
知っている、はずだ。
だが、一人だけ、
視線が滑る。
見ようとすると、
なぜか名前が出てこない。
呼ばれれば返事をする。
話しかければ、普通に会話もする。
それでも、
思い出せない。
家に帰ってからも、
その違和感が消えなかった。
妻に聞いてみる。
「うちの消防団って、何人だっけ」
「十四人じゃないの?」
即答だった。
「前から?」
「前からでしょ」
それ以上、聞けなかった。
詰所の倉庫を整理していたとき、
古い段ボール箱が出てきた。
中には、さらに古い名簿があった。
二十年以上前のものだ。
ページをめくり、
私は息を止めた。
そこにも、十三人しかいない。
だが、最終ページに
手書きのメモが残っていた。
【当日、出動者十三名】
日付は、
例の未出動火災の夜。
出動者十三名。
――出動していない、という記録。
私は、ぞっとした。
出動していないのに、
出動者が十三名。
では、
来るはずだった一人は誰だ。
その夜、サイレンが鳴った。
現場に向かう車内で、
私は確信していた。
火は、無作為に起きているのではない。
選んでいる。
場所も。
時間も。
そして――人も。
鎮火後、焼け跡を見る。
いつもの矢印が、
はっきりと残っていた。
指し示す先は、
詰所。
もう、隠す気はないらしい。
詰所に戻り、
点呼が始まる。
十四人。
揃っている。
そのはずなのに、
胸の奥で、何かが確定した。
この中に、最初からいなかった者がいる。
それは、
誰かではない。
数だ。
火が、
足りない分として数えている存在。
私は名簿を閉じた。
もう、
放火犯を探す話ではなかった。
これは――
揃えられる話だ。
火は、正確だ。
燃えた数を覚え、
来なかった数を覚え、
揃っていないことを忘れない。
人は、
忘れることで町を守る。
記録を整理し、
名簿を書き換え、
何事もなかったように朝を迎える。
消防団とは、
その境界に立つ存在だ。
守る側であり、
同時に、
守れなかった夜を最も多く知る側でもある。
本作に登場する怪異は、
怒ってはいない。
恨んでもいない。
ただ、
足りないものを、足りないままにしない。
それだけだ。
もしこの物語を読み終えたあと、
点呼の人数や、
集合写真の並びに、
一瞬だけ目が留まったなら――
それでいい。
火は消える。
だが、数が揃うまで、
夜は終わらない。




