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放火魔は我々を呼んでいる  作者: パーカー


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第2章 出動記録

この物語は、ある町の消防団について書かれている。

 消防団とは、火を消すための組織だ。

 守るために動き、被害を最小限に抑え、

 何もなかったことにする役目を負っている。

 だが火は、

 消されたことを忘れない。

 間に合わなかった夜。

 鳴らなかったサイレン。

 記録に残らなかった火事。

 そうしたものは、町のどこかに溜まり続ける。

 本書に描かれる出来事は架空のものであり、

 特定の地域、団体、人物とは一切関係がない。

 しかし、夜のサイレンの音と、

 火事のあとの静けさは、どの町にも存在する。

 もし読み進めるうちに、

 自分の町の夜が少しだけ違って見えたなら、

 それは偶然ではない。

 サイレンは、

 必ずしも誰かを助けるためだけに鳴るとは限らない。

火事の翌朝、町は何事もなかったように動き始めた。

 焼け落ちた家の前には、黄色い立ち入り禁止のテープが張られている。

 だが通勤の車は速度を落とさず、人は視線を向けようともしない。

 火事は、終わったことになる。

 少なくとも、町の表情はそう語っていた。

 私だけが、置いていかれている。

 会社では、同僚が昨日の火事の話をしていた。

 「また空き家だったらしい」

 「人がいなくてよかったな」

 それ以上、話は広がらない。

 火事はニュースにならない限り、噂にもならない。

 その日の夜、私は詰所へ向かった。

 家に帰っても、眠れないのは分かっていた。

 詰所は静かだった。

 蛍光灯の白い光が、無人の机を照らしている。

 棚から古いバインダーを一冊引き抜いた。

 背表紙には、手書きで年号と「出動記録」とある。

 ページをめくる。

 日付。

 出動時刻。

 場所。

 鎮火までの時間。

 淡々とした数字の列。

 そこに感情はない。

 だが、数ページめくったところで、私は気づいた。

 すべて、夜だ。

 夕方以降。

 深夜。

 明け方直前。

 昼間の火災が、ほとんど存在しない。

「……おかしいだろ」

 独り言が、詰所に落ちる。

 偶然と言うには、数が多すぎる。

 意図があると言うには、まだ証拠が足りない。

 さらに奇妙なのは、通報者の欄だった。

 匿名。

 記載なし。

 近隣住民。

 誰も名乗っていない。

 火事を見つけた人間は、本来、恐怖と混乱の中で通報する。

 名前を言い忘れることはあっても、

 ここまで徹底して空白が続くのは不自然だ。

 ページをめくる手が、少し速くなる。

 過去三年分。

 五年分。

 十年分。

 傾向は変わらない。

 火は、夜に起きる。

 消防団が動ける時間に。

 そして、必ず消されている。

 ――消される前提の火。

 その考えが浮かんだ瞬間、

 背中に冷たいものが走った。

 そのとき、詰所の扉が軋んだ。

「……副分団長?」

 山本だった。

 若い団員だ。

 真面目で、どこか遠慮がちな男。

「どうした」

「眠れなくて……。明かりついてたんで」

 私はうなずき、向かいの椅子を示した。

 しばらく、二人とも黙っていた。

 紙をめくる音だけが響く。

 やがて山本が、意を決したように口を開いた。

「俺、あの夜のこと……まだ頭から離れなくて」

 私は、顔を上げなかった。

「火の中に、人がいました」

 はっきりとした声だった。

 迷いがない。

「気のせいだって思おうとしたんです。でも……」

 山本は、喉を鳴らした。

「逃げなかった。助けも求めなかった。

 ただ、立って……こっちを見てた」

 私は、バインダーを閉じた。

 否定できなかった。

 なぜなら、私も見ていたからだ。

「……誰にも言うな」

 それだけ言うと、山本は苦く笑った。

「ですよね」

 数日後、火事が起きた。

 また夜だった。

 現場で、事故があった。

 山本が足場を踏み外し、梁の下敷きになった。

 命に別状はなかった。

 だが、彼はそのまま団を離れた。

 週明け、名簿を見て、私は息を止めた。

 山本の名前が、ない。

 抹消されたように、きれいに。

 最初から、存在しなかったかのように。

 名簿を閉じたとき、

 はっきり分かった。

 これは放火事件じゃない。

 数を揃えようとしている。

 その夜、サイレンが鳴った。

 私は、なぜか確信していた。

 ――次は、もっと近い。

火は、救われなかった数を数える。

 この物語に登場する怪異は、

 復讐のために火をつけているわけではない。

 怒りでも、悪意でもない。

 それはただ、

 そろっていないものを、そろえようとしている。

 消防団は町を守る存在だ。

 だが同時に、

 守れなかった夜を最もよく知る存在でもある。

 行かなかった火事。

 遅れた出動。

 選ばなかった判断。

 それらは正しかったのか。

 あるいは、誰かを置き去りにしただけなのか。

 本作を書きながら、

 「怪異とは何か」を考え続けた。

 その答えは、

 人の外ではなく、人の行為のすぐ隣にあった。

 もしこの本を読み終えたあと、

 夜にサイレンの音を聞いて、

 一瞬だけ立ち止まってしまったなら――

 それで十分だ。

 火は消える。

 だが、呼ばれた数だけ、必ずやって来る。

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