Scene 1|いないはずだった席
昨晩──ロロは夢の中で、奇妙な空間に立っていた。
果ての見えない白い廊下。その途中には、いくつもの扉が並んでいた。
その中でも、彼の目を引いたのは「IV」と刻まれた黒い扉。どこかで見たことがあるような、しかし思い出せない違和感。
ふと、その扉がかすかに軋み、勝手に開いた。
覗き込んだ先に広がっていたのは、今通っている教室──だが、どこか違う。
机の並び、空気の匂い、窓の外の風景。すべてが“少しだけ”ずれていた。
(……これが、「四番目の扉」?)
目を覚ましたときには、その記憶は曖昧になっていたが、心のどこかにざらりとした痕跡だけが残っていた。
朝の教室は、まるで何事もなかったかのようにざわめいていた。
誰かの笑い声。椅子を引く音。プリントを配る教師の足音。
ロロは、自分の席に向かう途中で、足を止めた。
──住吉くんの席が、空いている。
その席に置かれていたはずの教科書も、ペンケースもなかった。机の上は、最初から誰も使っていないように、完璧に“空白”だった。
「……おかしい」
確かに昨日、そこに彼はいた。黒髪で、無表情で──そして、鏡を避けるように生きていた。
ロロは思い出そうとする。だが、昨日の記憶が霧のように曖昧だ。
「ロロくん、どうしたの?」
アヤが声をかけてきた。彼女の笑顔は変わらない。
「住吉くん、今日は?」と問いかけると、彼女は首を傾げた。
「……誰?」
その一言で、ロロの中の何かが崩れた。
教室全体を見渡す。誰も、住吉という名前に反応しない。まるで──最初からそんな人物はいなかったかのように。
ロロは震える手でノートを開く。そこには、自分の字で書かれたメモがあった。
『四番目の扉』『欠けた出席番号』『触れるな』
そのすぐ下に、小さな目のマークが描かれていた。
「また……書き換えられてる」
ロロの胸の奥に、じんわりとした不安が広がる。
そしてそのとき、教室のドアが“きぃ”と軋んだ。
ロロだけが、空席の机の上に“なにか”が置かれた音を聞いた。
──それは、白い封筒だった。
誰の手によるものかもわからない。だがその封筒には、こう書かれていた。
『ロロへ』
ロロは恐る恐る、封筒を手に取った。白地に細い黒文字。それだけなのに、手が震えるのを止められなかった。
中身を取り出す前から、そこに“自分しか見てはいけないもの”が入っていると分かっていた。
ふと、周囲の音が遠のいた。まるで教室だけが別の時空に取り残されたかのような静けさ。
封筒を開け、中から一枚の紙を引き出す。
そこには、丁寧な字でこう書かれていた。
『四番目の扉を見たね。ならば、次に進む資格がある』
『ただし、代償は払われる』
そして、その下にあったのは──またしても“目”のマーク。
今までのものとは違い、それはまるで“こちらを見返してくる”ような気配を帯びていた。
ロロは紙を握りしめた。そして気づく。
紙の裏に、薄く、何かが“透けて”いる。
光にかざすと、見えたのは──名簿のようなリスト。出席番号が並んでいる。だが、あるべきはずの「27番」が、滲んで読めない。
(……そこが、住吉くんの番号だったはず)
名簿の名前が一つずつ薄れていく。インクが消えるように、記憶が消されていくように。
「やっぱり……書き換えられてるんだ」
ロロは、まだ“消える前”に、なにかを掴まなければならないと直感した。
彼の目の前で、紙の端がふっと焼け、名簿の文字が一つ、また一つ、煙のように消えていく。
──カラン。
足元に、小さな鍵のようなものが落ちていた。誰が置いたのか分からない。だがそれは、まるで「四番目の扉」を開けるための合図のように見えた。




