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ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第二話『忘却はいつも優しい顔をしている』
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Scene 2|いないはずの生徒

教室の扉を開けた瞬間、ロロは軽い目眩を覚えた。

いつもと変わらない朝の教室。クラスメイトたちはそれぞれの席で談笑している。


だが、その中に──ひとり、見覚えのない顔があった。


黒髪で無表情。痩せ型で姿勢のいい男子生徒。

窓際の席に静かに座るその生徒は、誰とも話さず、ただ教科書を見つめている。


(……誰だ?)


見たことがある気がしない。なのに、誰もその存在を不審に思っていない。


「ロロくん、おはよ」


アヤが笑顔で挨拶してきた。

ロロは彼女に小声で尋ねる。


「あの……窓際のやつ、誰?」


「え? 何言ってんの、ロロくん。あれ、住吉(すみよし)くんでしょ」


「……住吉?」


確かに、出席番号の後ろのほうに“住吉”という名前があった気もする。けれど、その人物の記憶はまったくなかった。


席についたロロは、何度も視線を送る。

住吉と呼ばれた少年は、一度もこちらを見なかった。

ただ、時折、黒板の上──教室の空間の“上”のほうを、じっと見つめていた。


まるでそこに、何かが“ある”かのように。


(昨日までは……いなかった。絶対に)


ロロは、ゆっくりとノートを開く。


そこには、またしても自分の字で書かれた“知らない文章”があった。


『住吉は境目の子』『このクラスには、本来ひとり足りなかった』


ただの妄想か、それとも……?


視界の端に映る住吉の姿が、妙に現実味を欠いて見えた。


気づけば、教室の空気がほんのわずかに冷たくなっている気がした。


指先が、わずかに震えた。


その瞬間、住吉が僅かに動いた。ページをめくるような仕草で手を動かしただけだったが、ロロの心臓は一つ跳ねた。


──見ていた?


そんなはずはない。ロロの位置からは、彼の視線を読み取れるほどの距離ではなかった。 だが、“見られていた”という確かな感覚が背筋を走る。


ふと、前の席にいた別のクラスメイト──堺が、何気ない口調で言った。


「住吉くん、あれで結構頭いいらしいよ。けど、ちょっと変わってるって噂」


「変わってる……?」


ロロが聞き返すと、堺は肩をすくめた。


「よくわかんないけどさ、なんか“鏡”が苦手とか言ってた。ほら、トイレの鏡とか避けてるっぽいし」


その言葉に、ロロの意識が一気に引き戻された。


──また、鏡だ。


アヤの“合わせ鏡”の話から始まったこの異変に、また鏡が関わっている。 偶然だろうか?


ロロはもう一度、住吉の背中を見た。 何かを隠している気配。 言葉ではなく、存在そのものが、まるで“仮面”のように感じられた。


授業が始まっても、ロロの頭からその違和感は消えなかった。ノートにペンを走らせる手は、次第に文字ではない“何か”を描き始めていた。


渦を巻く線。無意識に繰り返される記号。


『目』のようなマーク。


それを描いている自分に気づいたとき、ロロは静かにページを閉じた。


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