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ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第十二話:創り手の彼岸
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Scene X|影の神、顕現

突如、空間が震えた。

足元の床が波打ち、壁の輪郭が歪む。

世界が、まるで古びた書物のページのように裂ける音を立てて軋む。


そこから、黒い霧が零れ──

“もうひとりのロロ”が、ゆっくりと浮かび上がった。


見た目は同じ顔、同じ体格。だが、その瞳の奥にあるのは――

虚無。諦観。そして、深い哀しみ。


「僕は、お前が願った存在だ」


その声は、ロロ自身の声と重なっていた。

震えながらも、祈りながらも、「忘れたい」と願った夜の自分自身――

その祈りが、生み落とした「影」。


「忘れたいと、封じたいと、震えながら祈った時の、お前自身だ」


影ロロのその言葉に、ロロは一歩後ずさる。

まるで鏡に映った、壊れた自分を見ているようだった。


かつて、物語を、仲間を、大切なものを守るために――

ロロはすべてを“箱”にしまい込んだ。


──創作は、痛みだった。

描いた物語が壊され、笑われ、踏みにじられることへの恐怖。


「君が覚えているかは分からないけど……あの日、君はひとりで泣いてた。

“なかったことにしてほしい”って。創った世界が汚されていくのを、耐えきれなかったんだ」


その声は、冷たい牢獄のように、ロロの胸を締めつけた。


影ロロの手が空中に伸びる。

その指先は、まるでロロを抱きしめようとするかのように震えていた。


「壊れるくらいなら、最初からなかったことにしたい。

その祈りが――僕を生んだ」


熱いものが、ロロの瞳に滲む。

胸の奥に込み上げてくるのは、後悔と痛み、そして……決意。


「違う。今の俺は、そんなやり方を選ばない」


拳を握る。

震える手のひらに、かすかなインクの匂いが甦る。


「俺はもう、“壊されることを恐れて書く”ような自分じゃない」


影ロロは言葉を失い、ただ見つめ返す。

その眼差しには、怒りでも拒絶でもない、何か別の――名もなき理解があった。


そのとき、ロロの肩に柔らかな重み。

振り返ると、そこに“リル”がいた。


「君は、君が選んだんだよ、ロロ。

“神”ではなく、“語り部”として生きると」


リルの声は震えながらも確かで、言葉ひとつひとつが、ロロの胸に刻まれていった。


「壊されても、忘れても、失っても……

それでも君が筆を握り続けるなら、物語は続いていく。

そして、どこかで、誰かがそれを“読んでくれる”」


影ロロの瞳がかすかに揺れた。

それは、希望と哀しみが同居した、どこか懐かしい光だった。


「……見届けさせてほしい。君が、“もう一度書く”というなら」


ロロは頷く。

「なら、見ていてくれ」


足元の空間がざわめき、色のない世界に、小さな灯がともる。

それは――物語の“はじまりの火種”。


光と闇が交錯するなか、ロロは影の自分に向かって歩き出した。

一歩、また一歩と。


その歩みは、“神”としてではなく、“語り部”としてのものだった。

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