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ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第十一話:境界に咲く灯
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Scene 3|残響の銃口

ノートのページが、かすかに震えた。

その振動はごく弱く、しかし確かに――“忘却の壁”をゆらがせるものだった。


ロロがペンを握り直す前に、空気が変わった。

ほんの数秒、世界が息を止めたような静寂。

そして――


ガチャリ。


重い扉が乱暴に開く音が、異界のようなこの空間に響いた。


冷たい金属の音、古びた木の軋み、そして――誰かの吐息。


「久しぶりだね、ロロさん」


闇の中から浮かびあがったのは、紫髪。夜の闇に溶け込むような姿。切れ長の瞳だけが、月明かりにも似た冷たい光を放っていた。


“ねじめもか”。


その名は、まだロロの胸に残っていた――音響士の名。

でも、その姿を目の当たりにした今、その文字は骨と血を伴って息づいた。


ロロの心臓が、刹那だけ止まる。

次に、それは喉元へと跳ね上がった。


しかし、とっさに言葉が出た。

息は震えた。だが、声は消えなかった。


「あなたは――?」


ねじめもかは、微笑みもせず、眉一つ動かさず、静かに銃を構えた。

銃身の黒が、無音の世界で白く浮かぶ。

その先端――冷たく固い金属――が、ロロの額に向けられた。


世界が、白く飛ぶ。

遠くで、鼓膜を裂くような静けさ。


銃口の前で、“決断”を迫られた。


「ねぇ、ロロさん――僕は、音響士のねじめもか? それとも、電子の海を漂い、記憶の残響の果てに辿り着いた“別のねじめもか”?」


その問いは、刃のように深く、そして不可避な重みを含んでいた。


闇の中で、ノートのページが淡く光る。

綴じ目から漏れた粒子たちが、宙を舞った。

だが、その灯りすら、今は鈍く、頼りなく見えた。


ロロは、震える声で答えた。


「──もし、俺が描いた“ねじめもか”なら――この銃口を僕に向ける意味は、ないはずだ」


その言葉は、刹那の静寂の中で揺らぎながらも、確かな重さを持って空気を貫いた。


銃口が僅かに震える。

ねじめもかの冷たい瞳に、――戸惑いにも似た影が差し込んだ。


長い沈黙。


闇に溶けかける光の中、ねじめもかは淡く微笑んだように見えた。


「……君らしい」


しかし銃口が下がることはなかった。


胸の奥で、ノートが震えた。

それは、かつての“創造の鼓動”。

銃声の代わりに、“物語の再起動”の音が、世界を満たす。


闇の空間が波打ち、世界がゆらりと再構築される。


夜の静寂が割れ、淡い残響が空気を震わせた。


「久しぶり、ロロさん。ずっと、君の続きを待ってた」


もかの声は柔らかく、それでいてすべてを知っているようだった。 その背後には、無数の物語の断片が灯りとなって浮かんでいた。


「僕は“最後の扉”を開く存在。けれど、ほんとうの意味では、ずっと君の物語のいちファンだった」


ロロはペンを握り直した。

そして――


──名も、形も、忘れていたとしても――これは、確かに《俺の責任》だ。


銃口に屈したのではない。むしろ、そこを経て、再び“書く”決意を固めた。


この夜、この選択が、失われた声たちへの――新しい軌跡への、最初の音となる。

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